第二十一話 きっとそうする
礼拝堂からの帰り道。
三人は、冒険者を引退した者たちが開く蚤の市に足を運んでいた。
《僕に合う武器が見つからない》
そんな話から、アイリに半ば引きずられるようにここまで来たのだが――
「なんか、しっくりこないんだよな……。」
鈍く光る長剣や片手斧、いかにも高そうな長槍。
藁を編んだ敷物の上に、武器が雑多に並べられている。中には見覚えのある短剣まで混じっていた。
手に取ってみると、どれも意外と悪くはない。
悪くはないのだが、そのどれもが、どうも馴染まない。
命を預けるのだ、妥協なんて出来ない。
前に使っていた短槍は特に珍しいものではない、いわゆる初期装備だ。
だが、指に引っかる感触や手のひらに吸い付く感じはもはや僕の一部になっていた。
このままじゃ、遠征隊に志願なんて到底出来やしない。
「……ふぁぁ」
隣で大きな欠伸をしているアイリには、この気持ちなんて分からないだろう。
「おい……、おいユマーク。毎度の冷やかしなら、とっとと失せな。」
ぶっきらぼうで仏頂面。客商売には到底不向きなその態度。ターバン男が声を掛けてきた。
今日のターバンは目が覚めるようなスカイブルー。
この前、ナンナに褒められて以来、ますます色選びに力が入っている。
「……名前、覚えてくれたんだ。」
なんか気恥ずかしい――
「ブラックリストに載っているだけだ。」
名前を覚えていたことに少し感動した僕が馬鹿だった。
「もう、止めないんだな。」
僕はボソリと呟いた。遠征に向かうと決めたレグナスの顔が脳裏をよぎる。
「無駄なんだろ、だったら好きにしな。」
そう言うと、男は追い払うように手を振り、砥石を手に取った。
僕もそれ以上は何も言えなかった。
◇
結局、一日中垂れ込めていた雲は晴れなかった。
それでも僕たちが酒場に戻る頃には、夕日だけは雲の底を茜色に染めていた。
「たっだいまー。」
弾けるような声が酒場中に響く。
それに驚いたナンナがビクンと揺れる。
振り返ると、そこにはアイリのくしゃくしゃな笑顔。
ようやく、僕たちの日常が戻った――そんな気がした。
セルフサービスの水を三人分。
コップになみなみと注いだ僕は、いつもの席でいつものように壁に掛かったメニュー札へ視線を向けた。
しまった!手持ちが……ない。
最近、狩り場に出向く機会もめっきり減って、こないだのカルダモンロールで、財布は底をついた。
武器もない……。 金もない……。
「あ、お金ないんだ。」
アイリの無慈悲な一言。
感傷に浸る暇もなく、現実を突きつけられた。 その横でナンナが零した溜息が、傷口に塩を塗り込んでいく。
三人の間に沈黙が落ちる……。
顔を見合わせていたら、なんだかおかしくなって、三人は腹を抱えて笑ってしまった。
「世話の焼ける子たちだねぇ、全く。」
鼻から漏れた溜息と呆れた声が頭上から降り注ぐ。それと同時に、目の前へ湯気を立てる大皿が差し出される。
「うわぁぁ。」
ナンナから感嘆の溜息が漏れる。
木皿の上には、こんがり焼いた肉団子と茹でたじゃがいも。脇には赤いベリーソースが添えられていた。
ナンナの顔はぱっと華やぎ、アイリのお腹はぐぅ~と鳴った。
その鮮やかなコンビネーションに僕は思わず、吹き出してしまった。
「昼の残りだ、とっとと食べな。」
リッカはそれだけ言うと、さっさと厨房へ消えていった。
香ばしい肉汁の香りに、甘酸っぱいベリーの風味が重なる。空腹には大した破壊力だ。
「せっかくだから頂きましょう。」
「そうだな、あとでお礼しとこう。」
僕とナンナは横目で厨房を見ながら、手を合わせた。
「あっ、その前に――」
肉団子へ伸ばしかけた手を止め、アイリは一呼吸おいた。
「……私、遠征隊に参加する。」
アイリの凛とした眼差しにはもう迷いはない。
三人の間に短い沈黙が落ちる。
だが、アイリの決意に驚きはなかった。
きっと、彼女ならそうする――
それは僕もナンナも分かっていた。
「そうですか。」
「止めても無駄そうだな。」
「うん。」
僕たちもついていく――
喉まで出かけたその言葉。それを最後まで伝えることはしなかった。
それは彼女を困らせる言葉だと知っていたから……。
遠征隊に同行するには、ナンナは平原を駆け回るには非力すぎる。
僕だって、まともな武器すら見つかっていない。
それに……、
「君は、生き残るために生きる人間だ。」
レグナスの言った言葉がリフレインする。
今なら、彼の言った言葉も少し分かる気がする。
きっと、そういうことなんだ――
少しだけ沈黙が落ちる。
「アイリさん。」
「ん?」
「その肉団子、私のです。」
「あ。」
フォークの先には、最後の一個。
「なに勝手に食べてんだぁ!」
僕の怒声に、アイリは口の周りについたベリーソースをぺろりと舐めて肩をすぼめた。
《モグモグ……、》
気づけば、ナンナは残っていたじゃがいもを全て平らげてしまっていた。
「だって、お腹空いてたもので……。」
大皿は綺麗さっぱり空になっていた。




