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最適解では生きられない ――正しさを捨てられない君と、選び続ける僕の話  作者: 希主果
第二章 全員敵対プロトコル

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第十七話 沈黙の招待

 「ここぉ?」


 北門の程近く、芝生の広場に建つ礼拝堂。

 先ほどのプレイヤーたちが吸い込まれるように中へ入っていく。


 アイリが驚いた表情でそれを見上げた。

 切り出した石を高く積み上げただけの礼拝堂。その大きさこそ目を引くが、思ったより華美な装飾は見られない。どちらかと言うと、拍子抜けするほど質素だった。


 あれだけの装備を揃え、ユグドラシルでも噂になるほどの集団だ。

 アイリもさぞかし立派な拠点なのだろうと思っていたに違いない。


 「ふぅ〜ん。」


 アイリは礼拝堂を見上げ、息を漏らす。

 

 (もしかして、品定めでもしているのか?)


 「まっ、いっか。さぁ、行こう。」


 ひとまず、自分なりに納得したらしいアイリは、躊躇うことなく礼拝堂に向かって歩き出した。

 

 『黄昏の拠点』――礼拝堂。

 遠目ではただの石造りの建造物だったが、近くで見ると積まれた石は驚くほど精巧で継ぎ目もほとんど目立たない。雨風に晒されてところどころ傷ついてはいるが崩れそうな様子もなく、寧ろ長い年月を経た風格すら感じる。

 この街に来て久しいが、これほどの石造建築はそう見たことがない。

 

 「これ、拾ったんですけど――」


 礼拝堂の前に立っていた男にアイリは声を掛けた。


 『返しに来た』とは言わないのが実に彼女らしい。


 (やっぱり……、諦めてなかったんだ。)


 訝しげな表情で振り向くその男。その態度はお世辞にも気持ちの良いものではなかった。

 当然、彼女に敵対するつもりはない。飛び切りの笑顔を見せてはいたが、相手からすれば見知らぬ三人組。

 しかも、一人は仮面で顔を覆っている。

 ――怪しくないはずがない。


 だが、彼女の持つ剣を見るなりその態度は一変した。

 

 「それをどこで!」


 男は叫ぶなり、アイリが握る剣に向かって手を伸ばした。


 その反応だけで十分だった。

 ――ここで間違いはない。


 だが、こちらとて、黙って奪われてやるわけにもいかない。


 アイリはひらりと身を翻すと、続いてユマークがすぐさま間合いを詰めて足元を払った。

 行き場を失い、放り出された男の身体はそのまま宙を舞い、地面に叩きつけられることになった。


 「よいしょっと。ダメですよ。女の子には優しくしなきゃ……ですよ。」


ナンナは地面に転がった男の上へちょこんと腰を下ろし、にこやかに微笑んだ。


 背後から聞こえるもう一人の男の声。


 「何事ですか? そんなに騒いで――!?」


 声の主はそこで言葉を切った。


 地面に転がる仲間。

 その上にちょこんと腰掛ける少女。


 男は一度だけ目を瞬かせる。


 「……状況の説明をお願いできますか?」


 「はい、もちろんです。でも、ここでは何ですので……。中に入れていただけますか?」


 ◇


 室内に一歩踏み入れると、外の暖気と喧騒は嘘のように消えた。


 広い空間――


 高い天井を支える石柱と左右に並ぶ長椅子が連なり、その間を赤いカーペットが祭壇まで伸びる。

 重厚感と格式を漂わせる室内は華美な装飾がなくとも十分な存在感を放っていた。


 なかでもひときわ目を引くのは、最奥に鎮座する白い祭壇だった。

 天窓から差し込む陽光を浴びた祭壇は柔らかな輝きを放っていた。


 「ふぅ~ん。」


 アイリは再び、息を漏らす。

 だが、今回は明らかに声が弾んでいた。口元も自然と笑みが浮かんでいた。

 そんな様子につられた僕も、少し嬉しくなってしまった。

 だが、それでもナンナだけは意外と冷静に周囲を見渡していた。


 「こちらです。」


 先ほどの男が声を掛ける。

 僕たちは促されるがまま、祭壇の方へ歩き出した。


 柔らかな光を帯びた祭壇。

 その正体は、乳白色の石英を削り出して作られた祭壇そのものにあった。

 案内役の男によれば、これほど大きな石英を一塊のまま加工するのは、仮想世界だからこそ可能な技術らしい。


 「こちらでお待ちいただけますか?」


 男は祭壇の手前で足を止めると、その脇にある木扉へ僕たちを案内した。


 「こちらは?」


 ナンナはいつもと変わらぬ柔和な笑顔で話しかけるが、男に向ける視線は鋭い。


 「ご安心下さい。こちらは司祭室のようなのですが、普段は待合室として使っております。」

 

 男はナンナの視線を受けても表情を崩さない。


 「『……のようなのですが』とはどういう意味でしょうか?」


 ナンナも一歩も引かない。


 「先ほどから疑問だったのですが、こちらは礼拝堂のはずなのに、なぜあなた以外の人の気配がないのでしょうか?」


 「…… ……。」


 ナンナは畳み掛けるように問い質した。

 だが、男は微笑を浮かべたまま沈黙を貫く。その笑顔が、かえって不気味に思えた。


 「ナンナ、ありがとう。後は僕に任せて。」


 僕は膠着した二人の間を割って入った。


 「この人は少なくとも、今は僕たちに危害を加えたりしない。そうですよね、レグナス。」


 男の貼り付けたような笑みが初めて揺らいだ。


 「なぜ……、君はそう思うんだい?」


 男の表情から笑みが消えた。


 「勘ですかね。」


 僕は肩を竦めた。


 「まあ、最初はそう見えたかもしれません。」


 「でも、それだけじゃありませんよ。」


 「一つ目。あのアイリが、あなたの仲間に話し掛けた時から今まで、一度も警戒をしていない。」


 アイリはキョトンとした表情でこちらを見ている。


 「二つ目。もし敵なら、最も効率がいいのは入口です。そこを外している時点で、最初から襲う意図が薄い。」


 「三つ目。この礼拝堂には人の気配がある。」


 「僕たち以外にも複数いるはずです。」


 僕は礼拝堂を見渡した。

祭壇の光に落ちる影の中に、いくつもの輪郭が浮かんでいる。


 「でも、その誰からも敵意が感じられない。」


 僕は少し間を置いた。


 「それに、彼女が体調を崩していた時も同じでした。」


 「何人も見かけましたが、誰も警戒していなかった。」


 「そして、今もそれは変わりません。」


 僕は自分の胸元に軽く触れた。


 「僕の《危機探知》は、この場の誰にも反応していません。」


 「これはつまり、“敵がいない”というより――」


 「“敵意を持っている人間がいない”という状態です。」


 僕は男を真っ直ぐ見た。

 その瞬間、空気がわずかに変わる。


 「……出てこい。」


 レグナスの低い声が落ちた。

 それに呼応するように、周囲に潜んでいた気配が姿を現す。


 「そう、つまり……。」


 「あなたたちは最初から僕たちを襲うつもりなんてなかった。」


 「むしろ――」


 「僕たちを試していた。違いますか?」


 「……見事だ! 正直、そこまで読まれるとは思っていなかったよ。」


 「どうしてこんなことを……。」


 僕の問いに、レグナスはすぐには答えなかった。


 少しだけ間を置いてから、肩を竦める。


 「せっかくだから、この続きはカルダモンロールでも食べながらというのはどうだろう?」


 レグナスは不敵な笑みを浮かべた。


 「ああ、そうそう。」


 「ここは礼拝堂だからね。流石にエールは用意できないけど……。」


 彼は視線をわずかにアイリへ向ける。


 「許してもらえるかな、お嬢さん?」

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