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最適解では生きられない ――正しさを捨てられない君と、選び続ける僕の話  作者: 希主果
第二章 全員敵対プロトコル

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第十六話 関わるな

 「ちょっと、アイリさん。いくらなんでも飲み過ぎですよ。」


 いつもの賑わいを見せる店内のその奥。

 顔を真っ赤にしたアイリがテーブルに突っ伏している。


 「これが、呑まずにいられますかっての。」


 あの後、ターバン男からそれ以上の話を聞くことは出来なかった。

 ――『あいつらには関わるな。』


 結局、聞き出せたのはそれだけだ。アイリが不機嫌になるのも無理はない。


 「まぁ、仕方ないさ。ナンナが心配するからほどほどにしとけよ……って、」


 「そう言えば、アイリ。君はいくつだ?」


 「なにぃ!女の子に年を聞くなんて、失礼ね。」


 うわぁ、目が据わっている……。


 「いや、そうなんだろうけど……。アイリ、どう見ても未成年だよな。」


 「悪いぃ!」


 「良かった、自覚はあるんだな。」


 僕は大きな溜息を一つ、ついた。

 ここは現実世界じゃない。 PKみたいな真似でもしない限り、誰かに咎められることもない。

 それでも今の姿は別の意味でアウトな気がする。


 「なんだい?痴話喧嘩かい?それなら他所でやっとくれ。」


 ニヤニヤと笑いながら料理を運んできたのは、酒場『斧と杯』の看板娘リッカだ。


 「今日は新作だよ。」


 リッカが胸を張って差し出した皿には、こんがり焼き上げられたうさぎ肉と、鮮やかな赤紫色のソースが添えられていた。


 「うさぎ肉のグリル、ベリーソース添えってとこかな。」


 「うわぁ!」


 ベリーソースを見つめるアイリの目は、さっきまでとは別人みたいにキラキラと輝いていた。


 「でっ、なんでそこのお嬢さんはそんなにご機嫌ななめなんだい?」


 関心なんてないと言いたげな態度のくせに、リッカは僕たちのことをよく見ている。

 妹しかいなかった僕には、そういう距離感が少し新鮮だった。


 「あっ!アイリさん。ダメですよ、ちゃんと『いただきます』しないと――」


 口の周りにベリーソースをつけながら、頬張るアイリとそれを『仕方ないなぁ』とお世話するナンナ。

 これまで互いのことをあまり話したことはなかったが、例えるならナンナは『ちょっとおませな妹キャラ』


 じゃあ、アイリは――


 「それにしても、お前たちはいつ見ても飽きないなぁ。」


 突然、テーブルに陰が落ち、頭上から野太い声が降り注いだ。


 「アルクさん、こんばんは。」


 フルプレートに身を包んだ大男。初めて出会った頃より、随分と柔らかくなった印象だ。

 今日はお供の三人と一緒ではないようだが、それでもこの威圧感は健在だ。


 僕たちはこの古参プレイヤー二人にさっきあった出来事を話した。

 当然、アイリについても――。


 「ほぉ、それが奴らの剣……、てことか。」


 「アルクもレグナスを知っているのか?」


 「当たり前だ。この街でレグナスを知らねぇ奴はいねぇ。」


 「私……、知らない……。」


 アイリが小さく口を挟んだ。

 だが、誰一人として気に留めなかった。


 「今度の遠征も、元を辿れば奴の発案だ。」


 あのアルクがいつにも増して饒舌だ。


 (レグナスって男は余程なのか……。)


 「それに、すっげぇよな。現時点で唯一のユニークアイテムホルダーって言うんだからよ。」


 「待て。」


 「ユニーク?」


 初めて聞いた。

 この厨二病を擽る響きには、男のロマンが詰まっている。僕は思わず身を乗り出してしまった。


 「この世界に一本しか存在しねぇ特別な装備のことさ。」


 「レグナスが持ってる《勝利の剣》もその一つだ。なんでも、女神の加護を受けた剣で、この世に斬れない物はないって話だぜ。」


 「黄昏の航路はそれにあやかってレプリカを持つようになったのさ。」


 「じゃあ、この剣も?」


 「ああ。」


 「ふん。」


 リッカが鼻で笑った。

 先ほどまで見せていた長女のような穏やかな表情はない。


 「一度も戦場に立ったことも無いくせに救世主気取りか。」


 「笑わせる。」


 リッカはそう吐き捨てるとさっさと厨房へ引っ込んでしまった。


 「何かあったんですか?」


 ナンナは心配そうにリッカの背中を追いながらアルクに話し掛けた。


 「まぁ、昔の話だ。」


 アルクは小さく溜息を吐いた。


 「リッカにも色々あんだよ。」


 それ以上を語る気はないらしい。

  どうやら僕の知らないところで、何かあったようだ。


 「あっ!?」


 突然、ナンナが声を上げた。


 「アイリさん、こんなところで寝ちゃダメですよ。」


 やけに静かだと思ったら、アイリはテーブルに突っ伏したまま寝息を立てていた。


 「アイリさん、アイリさん。」


 ナンナは心配そうに身体を揺するが、まったく起きる気配はない。


 一体、いつから寝ていたのだろう。


 「まぁ、良いじゃねぇか。こんなにいい気候だ、風邪なんてひかねぇよ。」


 「良くありません!女の子の尊厳に関わります。」


 それでも当の本人は、


 「すぅ……。」


 気持ち良さそうな寝息を立てるばかりだった。


 翌日――


 僕たちの朝はアイリの後悔から始まった。


 「うぅ~。頭痛い。」


 「大丈夫ですか?お水ありますよ、飲めますか?」

 

 ナンナはアイリの隣を歩きながら、手持ちの水筒を差し出した。


 「あ、ありがとぉ。ナンナは本当に気が利くね。」


 早朝、僕たちはアルクが教えてくれたレグナスの拠点を目指していた。

 中央広場の噴水から北へ伸びる石畳を進んだその先、北門近くに《黄昏の航路》の拠点なるものがあるらしい。

 酒場からは意外と距離があるようで、まだ朝靄の残るうちから出発する羽目になってしまったというわけだ。


 アイリが予想外に早く寝落ちしてくれたおかげで、昨夜は思いのほか早いお開きとなった。

 おかげで僕たちは十分に休むことができたのだが、当の本人はそうもいかなかった。


 僕の斜め後ろを歩くアイリは元々色白ではあったが、今は青磁の陶器のような顔色をしている。

 血の気が引いたその姿からは、昨夜の勢いなど見る影もない。


 「全く。呑むなとは言わないけど、程々にな。」


 「はい、私も迂闊でした。まさか、一口であんな風になるなんて……。」


 ナンナは申し訳なさそうに肩を落とした。


 「いや、ナンナのせいじゃ……、うっぷ。」


 「面目ない……。」

 

 (……一口でこれじゃ、アイリに毒の耐性は期待できないな。)


 それでも、こうして僕たちの後をついて来ようというのだから、やっぱり憎めない。


 「さっ、行こうか。アイリ、しんどいなら置いてくぞ。」


 「えっ、おに〜!ちょっと待ってよぉ。」


 青ざめた顔のまま慌てて追いかけるアイリを見て、ナンナが思わず吹き出した。


 北門へと伸びる石畳の道。 その両脇には切妻屋根の建物が整然と立ち並んでいる。 統一感のある街並みは流石の一言に尽きた。

 だが、ここには威勢の良い掛け声も、くだらないことで笑い合う声もない。

 すれ違うプレイヤーたちは皆、引き締まった表情を浮かべ、凛とした眼差しで前を見据えていた。


 「ユマくん!」


 突然、アイリが切羽詰まった声を上げた。

 振り返るとそこには真剣な目をしたアイリがいた。


 流石はアイリ。彼女の《勘》スキルは瞬時にこの異変を感じ取ったのだろう。


 「ヤ、ヤバい。吐きそう……。」


 「えっ?」


 アイリはその場で口元を押さえ、しゃがみ込んでしまった。

 ……どうやら街の空気に当てられたわけではなかったらしい。


 この後は悲惨だった。

 なんとか最悪の事態だけは免れることが出来たが、それでもうずくまり動けなくなったアイリの背中をナンナは必死でさすっている。


 その様子に好奇の視線を向ける群衆。

 そして、その周りで狼狽える僕……。


 《黄昏の航路》の拠点に着く頃にはすっかり日も昇っていた。


 「さぁ、気を取り直して行こっか。」


 アイリはぐっと両腕を伸ばし、大きく背伸びをする。

 さっきまで死にそうな顔をしていたとは思えないほど、晴れやかな笑顔だった。

 

 ……つい数十分前まで道端でうずくまっていた人物とは思えない。

 それでも、やはりバツの悪そうに何度も瞬きをするあたり反省はしているようだ。

 ――学習したかどうかは別の話だが。


 「ユマークさん、アイリさん。」


 ナンナが二人を呼び止めた。


 「あの人たち、やっぱりみんな同じ剣を……レプリカを持ってます。」


 ナンナの視線を追って、僕は北へ向かうプレイヤーたちに目を向けた。

 肩に担ぐ者、腰に提げる者、その持ち方は様々だ。だが、その誰もが同じ意匠の剣を身に着けている。


 昨夜見たレプリカとよく似ている。


 「アルクの言ってた話はやっぱり本当だったみたいだな。」


 ここまで来た苦労が無駄にならなかったことに安堵するより先に、僕はその異様な光景に目を奪われていた。


 まるで一つの騎士団だ。 同じ剣を帯びた者たちが、同じ場所へ吸い寄せられていく。


 「じゃあ、これからはあの人たちに道案内をお願いしましょうか。そのレプリカを持ってたら怪しまれることもないだろうしね。」


 アイリはそう言うと、何の躊躇いもなく人の流れへ紛れ込んでいった。

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