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最適解では生きられない ――正しさを捨てられない君と、選び続ける僕の話  作者: 希主果
第二章 全員敵対プロトコル

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第十五話 剣の行方

 「ねぇ、ユマくん。本気なの?」


 「そうですよ、それは流石に危険です。」


 アイリとナンナが心配そうに僕に話しかける。

 だが、こればっかりは譲れない。そう、男のプライドにかけて……。


 ――それは、昨日の夜まで遡る。


 「なんで、自分の相棒を無くしちまうかなぁ。」


 呆れ顔のアルクと連れの三人組は揃って溜息を零した。


 「面目ない……。」


 あの場ではそれが最適解だったとしても、これからのことを考えるとやっぱり軽率だった。


 「仕方ないなぁ、ほら。」


 アルクが取り出した一振りの剣。

小振りだが、よく研がれた刃には幾つもの細かな傷が刻まれており、使い込まれた武器特有の重みがある。


 「そんな、悪いよ。」


 「勘違いすんな、貸すだけだ。」


 アルクはチラリと僕の隣に目をやった。


 「それに……、丸腰で逃げ回ってるだけじゃ、いつか愛想つかされるぜ、なぁ。」


 僕は軽く息をついて、その剣を受け取り構えてみた。


 (……思ったより近い。)


 手にピタリと馴染む感覚はさすがだ。

 でも……、それがイコール信頼できるかと言えば話は別だ。


 剣先が妙に近い。

 短槍の絶妙な距離感。あれは攻めるだけでなく、避ける時にも活かされる。

 謂わば――死なないための武器。


 だが、剣は違う。

 相手を斬るために、一歩踏み込まなければならない。


 勝つための武器。


 僕にはちょっと……。


 「もしかして……、ユマくん。怖い?」


 アイリの《勘》は容赦ない。


 「……怖くない。」


 「その間が怪しいんだけど。」


 「うるさい。」


 ◇


 結局、慣れない剣は一度置いた。

 だが、今握っているのは――黒麦酒の短剣。

 ……どうしてこうなった。


 「ユマくん!そっち行ったよ。」

 

 「もっと詰めてください、ユマークさん。」


 二人から次々と寄せられる無理難題。取り回しが利く分、二人の要求も自然と多い。

 ……だが、意外と悪くない。


 呼吸は乱れて、膝が軋む。


 それでも一歩前に出られているのは、この前の経験によるところが大きい。


 死への恐怖、死なせる恐怖。


 これまでは何処か他人事だったが、そのどれもが今は僕の一部になっている。

 ――僕はこの世界を受け入れている。


 「待って下さい……、ユマークさん。」


 ナンナは声を潜め、遙か先を指差した。

 彼女の《遠視スキル》が、何かを捉えた。


 「あっちに何かある。」


 ――既視感のある光景。

 この前は、ここから全てが崩れ始めたんだ。

 

 「任せ……、」


 僕はアイリが言い終わるよりも先に彼女の腕を掴んだ。


 「ちょっと、どうしたの?」


 僕はアイリの言葉を制す。

 口元に指を当てたまま、視線をナンナへ戻した。


 「ゴブリンが三匹。……他には、いないと思います。」


 ナンナの報告に、アイリの目が鋭さを増す。

 僕の《危険探知》も、微かに反応するのみ。

 ――危険は、ない。


 僕はナンナに降りるよう手招きした。


 指差した方角とその角度から、おおよその位置は絞り込めている。

 ――それほど遠くない。


 息を殺す。

 慎重に、だが迅速に。


 茂みの奥には報告通り。

 ――まだこちらの接近には気付いていない。


 それはほんの一瞬だった。

 一匹目、風切音と共に眉間を射抜かれる。

 二匹目、構える暇もなく斬撃に吹き飛ばされる。

 三匹目、何が起こったのか理解できぬまま、喉元をかき斬られた。


 これで終わりだった。

 

 次の瞬間、三匹のゴブリンは無数の光片へと変わり、乾いた破裂音と共に四散した。

 

 「手応えなかったわね。」


 少し物足りなさげなアイリ、その後ろではナンナが驚いた表情を見せていた。


 僕もナンナに同感だ。

 この前はあれ程手こずった相手を一瞬で、しかも連携だけで制圧してしまったのだから。


 「ユマークさん、あれ?」


 ナンナが指差した先――僕が仕留めた三匹目のゴブリンは、鈍く光る剣を握っていた。


 「こいつ、漁りか?」


《漁り》

 プレイヤーを襲い、装備を奪ったゴブリンの俗称だ。

  一度でも人間を獲物にした個体は、その味を覚えたように執拗にプレイヤーを狙う傾向にある。

 黒麦酒事件以降、ゴブリンの中では特に警戒すべき個体として知られている。


 不意打ちだったとは言え、あの《漁り》を僕が仕留めた……。


 「手応えなかったわね。」


 「不意打ちみたいなものだったからね。次も上手くいくとは限らないさ。」


 僕はこの世界に遺された剣へ、そっと手を合わせた。二人も後に続いた。

 信心深いわけでもないし、柄にもない。 それでも、何となくそうせずにはいられなかった。


 だが、アイリもナンナも黙って後に続いてくれたのは、少しだけホッとした。


 ◇


 いつもの石畳をを抜けると、僕たちの目の前には賑やかな掛け声が飛び交っていた。


 《蚤の市》

 ここは引退組が開くマルシェ、この前来た時よりも更に店の数は増えている。

 いつものラビットミートを酒場に卸す前に、どうしてもやっておきたいことがあった。

 

 「ねぇ、ほんとに売らないの?きっと良い値がつきますぜ、旦那。」


 隣で手をすり合わせながら詰め寄るアイリ、その後ろでナンナは呆れたような溜息を零した。


 「仕方ないですよ、アイリさん。ユマークさんは一度言ったら聞きませんから。」


 僕の手に握られた一振りの剣、ここへはこの持ち主を探すために来た。


 遠征隊の結成が現実味を帯びる中、こういった武器の需要は高い。アイリの言っていることは間違いじゃないのだろうが、これを見ると僕にはどうしてもそれが出来なかった。


 刀身の根元に刻まれた奇妙な刻印。

 アルファベットのRにも見えるが、どこか違う。

 その意味までは分からなかったが、きっと大事な物であるのは分かる。

 ――だから、持ち主の元に返してやりたい。


 たとえ彼はもうこの世にいなくても、この剣だけは誰かへ託されようとしている。

  そんな気がした。


 「なぁ、これに見覚えはないか?」


 『どこで買ったんだ?そのターバン。』

 と思わずツッコミたくなるような装いで、如何にもなショートパイプを燻らせる男。

 胡散臭い――はずなのに妙にその仕草が何故かしっくりくる。


 僕は思わず話し掛けてしまっていた。


 だが、男はすぐに答えなかった。

 白煙を吐き出し、ほどけた煙が輪になって、宙に浮かんでいる。


 「ねぇ、この人大丈夫?ぼったくられたりしない?」


 心配そうに覗き込むアイリ。

 視線が男の顔と僕の手元を行ったり来たり。

 ――なんでそうなる。


 そもそも売りに来たんじゃない。

 

「あの……、ご存知ありませんか?私たち、お返ししたいだけなんです。その人にとって、大切な物だと思うので……。」


 そう言うと、ナンナは小さく息を整えた。その横でアイリは、どこか納得のいかない顔で男を見ていた。


「あいつは、そんな殊勝な奴じゃない……。」


 ターバン男はボソリと呟いた。


 「ちょっと、それはどういうこと?」


 ナンナより先にアイリが身を乗り出した。


 「えっ……、」


 アイリは一瞬だけ言葉を失い、それから続けるように唇を開いた。


 「私たちが苦労して回収したっていうのに。それじゃ、タダ働きに……。」


 (結局、それか。)


 ターバン男は一息ついて、話し始めた。


 「やつの名はレグナス。ここらじゃ、ちょっとは名の知れた冒険者だ。」


 「ふぅ~ん、知らない。」


 アイリの即答に流石のナンナも溜息が漏れる。


「ゴホン、それで……、これがそのレグナスの剣ってことか。」


 ターバン男は剣に視線を落とし、わずかに首を振る。


 「いや、違うな。」


 一拍置いて、白煙をゆっくり吐き出した。


 「レグナス本人の物じゃない。」


 「じゃあ誰のよ?」


 アイリが即座に食いつく。

 男は答えず、指先で剣の鍔を軽く弾いた。


「おそらく……、《黄昏の航路》の連中の一本だろうな。」


 男の視線が鋭く突き刺す。


「悪いことは言わん。彼奴等には関わるな。」

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