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最適解では生きられない ――正しさを捨てられない君と、選び続ける僕の話  作者: 希主果
第一章 ラビットハンター

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第十一話 赤い双眸

 「ところで、ナンナはなんであんなところに行ったんだ。」


 その日の夕食を終えた後、僕たちはナンナの買ってきてくれた焼き菓子を摘まんでいた。


 ――別に怒るつもりは無い。

 だが、結果として二人を心配させてしまったのは事実だ。ここは年長者として、きちんと締めておく必要がある。


 「バルドさんの……、」


 「あっ、これ美味しい。なっ、ユマークも食べてみぃ。」


 アイリは手に持っていた焼き菓子を、ぐいっとこちらへ差し出してきた。


 「いや、ちょっと。今、ナンナから話を――」


 ナンナは困ったようにアイリを見たあと、おずおずと続きを口にした。


 「バルドさんのところで買い物した後、張り紙のことを思い出して……。近くだなぁって思ったら、つい……。」


 俯いて話すナンナの表情に笑顔は無い。

 申し訳なく思っていることは十分伝わってくる。


 「君は賢いから分かってると思うけど――」


 「うまっ、このカルダモンロール最高! やるなぁ、あのノッポくん。グッジョブ、ナンナ。」


 「ゴホン。それで……。」


 「西門でゴブリンを見つけて、怖くなって……。私、動けなくなったんだけど、あいつも動かないから……。」


 そこで、ナンナは言葉を止めた。


 「……動かない?」


 思わず聞き返す。


 「う、うん。ただ、ずっとこっち見てて……。」


 曇った表情から、その時の恐怖が手に取るように伝わってきた。これ以上思い出させるのは、少し酷かもしれない。


 (動かないゴブリンか……。)


 「ちょっと、アイリ。お前さっきから食べてばっか――あっ、それ僕の分だろ。」


 気付けば、最後に食べようと残しておいた焼き菓子まで、アイリの口へと消えていった。


 

 ◇


 いつ振りだろうか。

 ――この柔らかな感触。

 ――身体をまるごと包み込む温もり。

 まともな寝台で眠るなんて、もう随分前のことに思える。


 窓の外では、朝を告げる喧騒が少しずつ広がり始めていた。


 あの後、アイリはナンナを誘って一緒に寝ることになった。おかげで僕も、久し振りにまともな寝床へ身体を預けられたというわけだ。


 「どうしよぉ、最近顎の周りにお肉がついたみたいなんだけど……。」


 「そ、そんな事ないですよ。アイリさん、いつもと変わらずお綺麗です。」


 揃って寝坊癖のある二人が、今日はやけに早起きしたらしく、僕はこの楽しげな話し声で目を覚ました。


 「またまた〜、ナンナは本当にいい子だねぇ。結婚しよ。」


 「あっ、だめですよアイリさん。きゃ、はははっ。」


 背後から聞こえてくる賑やかな声に、自然と頬も緩む。

 昨夜の重苦しい空気が嘘みたいだ。

 こんな日が、ずっと続けばいいのに――。


 だが、そんな穏やかな時間に浸ってばかりもいられない。

 朝靄の残る通りを抜け、今日も僕たちはいつもの狩り場へ向かう。

 生きる為に――この世界を、生き抜く為に。


 「ユマークそっちに行ったよ。」


 「分かった、任せろ。」


 アイリの斬撃を掻い潜った一匹のホップラビットがユマークの背後へと駆け寄ってくる。

 短槍を短く持ち替えると振り向きざまに槍の石突でラビットの眉間を貫いた。


 「すっご、やるじゃん。短槍使いも様になってきたね。」


 今日は凄く調子がいい。イメージ通りに身体が動く。

 昨日見たゴブリンは気になるところだが、ここは東側。気を抜くのは良くないが気を張る必要も無い。

 アイリも額の汗を拭いながら勝利の余韻に浸っていた。


 「ナンナ、それじゃ場所を移そうか、降りといで。」


 「…… ……。」


 ――返事が無い。

 木の上からは変わらずナンナの気配を感じる。

 だが、妙に静かだった。


 視線を向けた先で、ナンナは枝の上に立ったまま、じっと一点を見つめていた。


 「ナンナ、どうした?」


 僕の声掛けに、少女は黙って遙か先を指差した。


 「あっちに何かある。」


 ユマークとアイリも目を凝らしてみる。

 だが、遠くの景色はぼやけて、何があるのかまではよく見えない。


 《遠視》

 ――遠距離戦を得意とするナンナのスキルだ。


 「分かった、任せて。」


 「ちょっと、待て……。」


 言い終えるより先に、アイリは駆け出していた。

 当然、僕の制止なんて届かない。

 気付けば、僕もその背を追いかけていた。


 ――もしかして。

 一つの疑念が脳裏を過る。


 昨日のゴブリンも、ナンナと同じ遠距離戦を得意としていたら。

 同じように、遠視スキルに長けていたとしたら。

 例えば――

 斥候役の専門職だったとしたら。

 

 「何あれ?」


 ようやく接近戦専門の二人にも、それが視認できた頃には、ナンナの姿はかなり小さくなっていた。


 嫌な予感が波のように押し寄せる。


 そこにあったのは商人用の荷馬車だった。

 何者かに襲われたのか、車輪は外れ、あちこちが大きく破損している。


 辺りに人影は無い。

 ――だが、気配がある。


 背筋を撫でるような悪寒。

 これは僕のスキル、《危険探知》が反応している。戦闘向きではないが、こういう時には役立つ。


 手前に二匹。

 奥に一匹。

 それ以外の気配は――無い。


 もしかして、これがゲームで言うイベントというやつなのだろうか。


 《荷車襲撃イベント》

 古参プレイヤーなら見慣れた光景なのかもしれない。だが、あいにく僕たちにそんな知識は持ち合わせていない。

 本来なら様子を見ながら、機を窺って殲滅したいところだ。

 ――だが、それをアイリが待てるとはとても思えない。


 彼女はどこにそんな力があるんだ――

 それがスキルなんだとしたら、《勘》。


 多分、本人にも説明なんて出来ない。

 考えるより先に身体が動いている。そんな風にしか思えなかった。


 地面を砕く勢いで踏み込むと、そのまま大きく跳躍。重力ごと叩きつけるように振り下ろされた大剣が、奥にいた一番大柄なゴブリンを真っ二つに切り裂いた。


 さらに着地から流れるように右へ滑り、横薙ぎの一撃で、もう一匹を吹き飛ばす。


 「ラスト!」


 彼女の大立ち回りに気を取られていた三匹目は、難なく短槍の餌食となった。


 「へへっ、楽勝。」


 やはり、なにかおかしい……。

 上手くいき過ぎだ。いくら奇襲だったとはいえ、ゴブリンは本来、もっと臆病で狡猾な魔物だ。

 だが、どの個体も回避行動を取らずにこちらを見ていた。

 それに、見張りも置かずに三匹だけで街道近くに居座るなんてあり得ない。


 それに――静かすぎる。

 僕の《危険探知》は、戦闘が終わった今も、薄くざわついたままだった。


 「ギィィィィィ!」


 アイリに吹き飛ばされ、絶命したと思っていたゴブリンが跳ね起きた。

 血を撒き散らしながら踵を返し、森の奥へ駆け出していく。


 「逃がさない!」


 反射的にアイリが地面を蹴った。

 その瞬間、《危険探知》が鋭く脈打つ。

 ――まずい。


 逃げたゴブリン。

 その先、そして方角。

 嫌な予感が脳裏を貫いた。


 「あの方向は駄目だ! アイリ、一人で行くな!」


 思わず叫ぶ。

 あれは西門側、ナンナがいる方角だった。


 ユマークも後を追う。

 胸を刺すような不安が消えない。


 《危険探知》は、なおも不吉なざわめきを鳴らし続けていた。


 そして――

 木々の奥で、赤い双眸が笑うように揺れた。

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