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第9話.「義母と珈琲」

 目を覚ました時、真っ先に考えたのは今が何時だということだ。記憶を頼りにスマホを探し出して時間を確認すると4時40分。どうやらあのまま朝まで寝てしまったらしい。


 身体を起こすと不思議と身体が軽い。それもそのはずで昨日は夕食を食べていないのだから当然だ。それに昨日は風呂にも入っていない。諸々を済ませる為に静かに部屋を出るとそのまま1階へと向かう。


 空腹感はあるものの、正直そこまでじゃない。なので先にシャワーを浴びてしまおうと準備を始める。浴槽には冷たくなった湯が溜まっており、流しながら頭と身体を洗う。そして、出るついでに掃除をする。


(今、洗濯をすると音で起こしちゃうかもしれないな。また後にするか)


 とは言え、髪の毛を乾かさないといけないのでドライヤーだけは使わせてもらう。俺は髪が長い分、男のくせに時間がかかるが乾いたタオルを同時並行で使うことで時間短縮を行う。


 髪を乾かした後は腹を満たす為にリビングに行く。冷蔵庫を開けるとラップに俺の名前が書いてある皿が置いてある。当たり前だけど、ちゃんと俺の番も準備していてくれたらしい。筆跡的に父さんじゃない2人のどっちか。これはたぶん冬美さんだ。俺みたいな奴のことを気にさせて申し訳なく思う。

 

 冷蔵庫から出した皿と鍋に残っていたスープを電子レンジで温めつつ、朝食を考える。父さんと2人ならいざ知らず、白糸達がいるとなるとある程度はしっかりした物を作った方が良いかもしれない。冷蔵庫の中身と睨めっこしながらあれでもない、これでもないと考える。


(父さんは何でも食べるから良いけど、あの2人って朝食はご飯派なのか? パン派なのか?)


 分からないことを考えても仕方ないので、とりあえずどっちでも良いように合いそうなメニューにする。


 セットした時間の数秒前に蓋を開けて、皿とスープの入った椀を取り出すとそれをテーブルに持って行く。昨日の夕食はタンドリーチキンとポトフだったみたいだ。本当なら俺も3人と一緒に食べていたんだなぁ。あっ、でも俺が居ない方が話が弾んで楽しかっただろうな。その日にあったことを話すのに居なかった人間は輪に入れないし、入れない以上は邪魔な存在だから。


「……ん、美味い」


 給食と外食以外で久しぶりに食べる他人の作った食事、そんで持ってこれからはもっと食べることになるんだろう。


 食事を食べ終えた俺は洗い物をしながら昨日の夜に何かしようとしていたのを思い出し、その何かについて考えていた。


 なにしろ昨日の部屋に戻ってベッドの中に入ってからの記憶がない。覚えているのは心が限界を迎えたことと、それを抑える為に狂ったことだけだ。


 首は少し違和感を感じて触れると自分が昨日何をやったのか思い出す。


「……あぁそうか。俺、またやったのか」


 限界を迎えると時々やってしまう悪癖だ。初めてやったのがいつかなんて覚えていない。回数もいちいち数えてないから分からない。けど、これをすると次の日には気持ちがリセットされて真っ白になれるのは確かだ。そのせいでいつか命を落とすかもしれないが、こればかりはしょうがない。しょうがないんだ。


 時計を見ると朝食を作るにはまだ少し早い。なので、ある程度の準備を終わらせてコーヒー豆を挽く。挽く時の音で起こさないかとも思ったけど、洗濯機を回すよりは静かだから大丈夫だろう。それに、起きたら父さんも飲むだろうからついでだ。


 ガリガリという音がコーヒーミルから響き、手に振動して伝わってくる。それと同時にいい匂いがしてくる。最初の1口を飲むよりもこっちの方が俺は好きだったりする。


 お湯が沸いて、あとはドリッパーをセットするだけというタイミングでリビングのドアが開く。日曜日なのにもう父さんが起きてきたのかと思ってドアの方を見ると冬美さんがいた。


「あっ、はようございます」


 寝起きのまだ眠たそうな声で挨拶をされる。


「……おはようございます」


 突然現れた冬美さんにドキリッとした表情をなんとか隠して挨拶する。よくよく考えると、同級生の母親の寝起き姿を見るってかなりとんでもないことなのでは、と思う。まぁ、だからなんだよって話なんだけど。


 冬美さんは眠たげ目をパチクリするとコーヒーミルに目線を向ける。それ自体は何処にでも普通の物なんだけど、見たということはつまるところ飲みたいのだろう。だから、「飲みますか?」と尋ねる。


「良いんですか?」

「ドリップ式なので時間はいただきますが、豆は少し多めに挽いたので遠慮せずに」

「じゃあ、お言葉に甘えます」


 棚から冬美さんのだと言うマグカップを取り出して沸いたばかりのお湯を注ぐ。挽いてる時と同じ匂いが鼻に届くが、今回は湯気も届く。この瞬間が好きでわざわざ時間のかかるドリップ式で飲んでいるまである。


 冬美さんの分が淹れ終わり、熱々のマグカップを届ける。流石の大人でブラックを嗜んでいる様子で、「ありがとうございます」と言うと口をつける。


「うん、美味しい。辰哉さんから聞いていた通り、美味しいです」

「ありがとうございます」


 とは言ったけども、特別な豆は使ってないし特別な淹れ方はしてない。普通の豆と普通の淹れ方だ。でも、美味しいって言ってもらえたのは嬉しい。


 聞けば、冬美さんも白糸も朝は白米派らしい。なので、自分の分のお湯を沸かせている間に朝食用の米を炊こうと米を研ぐ。


「もしかして朝ご飯を作ってくれるんですか?」

「えっ、ああ、はい。元々は自分の担当だったので」


 これもいつからだっただろう。朝食に限らず、夕食や休みの日の昼食を作ってくれた人を間近で見てて、少しでも楽をさせたくて春香さんに習いに行ったのは覚えている。そのおかげで自分の役割ができて、俺の存在意義を見出せていた。


 冬美さんは立ち上がって、俺の米研ぎの様子を見てくる。見られながらは慣れていないので出来ればやめて欲しいところ。だけど、冬美さんは最後までしっかり見ていた。


 炊き始めるのは少し早い時間かもしれないが、数分なんて誤差だと判断して炊き始める。そして、とっくに沸き終わったお湯をコーヒー豆の入ったドリップペーパーに上からそっと注ぐ。


(うん、やっぱりいい匂いだ)


 冬美さんのを淹れた時の様に自分の分も淹れる。その時も冬美さんは見てきた。


「そんなに見られると恥ずかしいのですが」

「あっ、ごめんなさい。裕翔君ぐらいの男の子はみんなこういうことをするのかなって思ったらつい見入ってしまって。その……本当にごめんなさい」


 冬美さんは頭を下げて謝ってくる。それを誠意と捉えればそうなんだけど、俺は少し違うよなと思った。

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