第10話.「俺の存在価値について」
冬美さんが頭を下げてまで謝ってくるのには原因がある。それは間違えなく俺だ。顔合わせの時といい、昨日といい、あまり良い印象を与えられていない。
(再婚を心の底から許したと思われていないんだろうな)
自分の行動や態度が原因なのは分かっている。だから、そこは申し訳ないと思っている。ここまで来て駄々をこねる子供みたいなことは言わないし、言わないからこそ冬美さんから気を使われるのは嫌だ。仮にも向こうの方が歳は上だし、なんなら立場だって上だ。
「冬美さん、やめてください。それは違います」
「でも……」
その返事で確信した。やっぱり気を使っていた。
冬美さんの立場で考えると当然なのかもしれないけど、それはやっぱり違う。なら、変わらなきゃいけないのは俺の方だ。
幸いなことにいつもの震えや恐怖はそれほど感じていない。
だから、口が上手く回る。
「冬美さんがそうする気持ちは分かります。俺の態度の問題ですよね。それについては本当にごめんなさい。2人の再婚に反対な訳でも、本当は嫌だったとかそんなんじゃないんです。詳しい理由については言えないのですが、とにかくそこは分かって欲しいです。ついでに言うと、敬語も要らないです。俺が冬美さんに敬語を使うのと、冬美さんが俺に敬語を使うのは意味が違います。自信を持ってなんてこんな子供に言われたくないと思いますが、貴女は父の再婚相手なんですから遠慮なんて要らないです」
勢いだけで話したから理論もクソもない。だけど、今は理論はいらない。気持ちさえ伝わってくれればそれで良い。
冬美さんは俺が突然長々と話し始めたのに驚いている。そして俺も自分でこんなに話すなんて思ってなかったので驚いている。
でも、言いたいことは言えた。
家族になるのだから、いや、なったのだから冬美さんからの遠慮は要らないと言えた。
「あと質問に答えるなら、居ないとは言い切れませんがたぶん少数です。まぁ、うちは他所と違って特殊だったので」
そう、"だった"になったんだ。これで普通の家庭になった。それでも特殊な部類には入るだろうけど。
しかし、自分がここまで話せることに本当に驚く。普通の状態ならできない。昨夜のがよっぽど効いたらしい。
(こんなん知ったら余計に繰り返すだろうな)
会話の途中だっていうのに、気付いたら首筋を触っている。これは俺でも分かる。本当に駄目なやつだ。
念の為に痒くて触っている風を装う。そのおかげで冬美さんは気にしていない様子。それもそうだ。むしろ、会話中に別の事を気にしている俺の方がおかしい。
冬美さんはまた一口、コーヒーを啜ると話てくる。
「裕翔君は凄いね、高校生になったばかりだっていうのに。それに気を使ってくれてありがとう。今かけてくれた言葉、とても嬉しい。まだまだ遠慮なくっていうのは難しいだろうけど、徐々に慣れていくから気長に待っててくれると嬉しいな」
「分かりました」
「だから、裕翔君も遠慮しないでね。お父さんみたいには頼れないかもしれないけど、私に出来る事ならやるからなんでも相談して。せっかく家族になれたんだし」
そう言って冬美さんは微笑んでくれる。相手は大人で俺は子供だ。言葉も表情も安心させようとしていると分かる。
『なんでも』
でも、その言葉を聞いた瞬間、一気に身体から汗が吹き出した。
(いやいや落ち着け。今のはそういうじゃない)
社交辞令的な発言だというのは理解できている。だけど、一瞬でも『バレてる!?』と表情に出てしまったんじゃないかと心配になる。
「……ありがとうございます……」
冬美さんの反応を見るに気付かれていない様子。なので、見えないようにホッと胸を撫で下ろす。でも、油断はならない。何処かで"女性の勘は鋭い"と聞いたことがあるからこれ以上はなるべくボロを出さないように注意しなければ。
しかし、『なんでも』か。せっかくの機会だし、冬美さんなら分かっていそうだし聞いておくか。
「それなら、お聞きしたいことがいくつか」
どうせ、いつかは聞かなきゃいけない話なんだから。
○○○
「とりあえずはこれくらいかな」
「あとの事は雪奈に聞いてみたいとだから今は言えないけど、また伝えるね」
「そうしていただけると助かります」
「ちなみになんだけど、どうして聞きたかったの?」
冬美さんに聞いた話、それは2人の好みの味付けやその他の生活に必要な情報だ。
昨日はいつもの流れで俺が作っちゃったし、今朝も作ろうとしているから今更の話だけども、好みを知っておくに越したことはないだろう。
それ以外でいくと例えば洗濯だ。男女で分けて洗うのか、干す場所はどうするかとか色々と聞いた。何しろ女性が2人も引っ越して来たんだ。これまでの生活とは色々と変わってくる。
「皆んなで気持ち良く生活するのに聞いておく必要があるからです。特に洗濯なんかは特に気を配らなきゃいけないところの話ですし」
なんて言うが実際は、この家における俺の存在価値を作るための口実だ。あと、向こうからしたら普通に同級生の男に下着は見られたくないだろうし。
「もしかしてだけど、ご飯とかお弁当とかその他の事をしてくれようとしてるの?」
「習慣というかこれまでもやって来たことなんで。……ただ、昨日みたいに寝てしまうこともあるのでいつもとは言い切れないです。だけど、平日だけは命に変えてやり切ります」
これまでの話をするなら父さんは働いて稼いで来てくれているのに俺だけが遊んでいるわけにはいかないと思ったのと、何かしないとこの家にいちゃいけない気がしたからではある。
(父さんは「遊んでいい」って言ってたけど、そんな相手はいないし結果的にだけど家事ができるようになったのは良かった)
もはや生活そのものになったそれらをいきなりやめるなんて無理だし、存在価値を作っておかないと安心して寝ることもできない。その所為で朝から冬美さんに迷惑をかけたけど、おかげで存在価値と安心を作ることができそうだ。
「そんなに無理しなくても良いんだよ。食事もお弁当も私が作るし、洗濯物は雪奈にも聞かないとだから私が決めれないけど。裕翔君は雪奈と一緒で学生かんだから学生生活を楽しまないとだよ」
まさに"母親"って感じの言葉だ。響く人には響くのだろうけど、俺には響かない。それに楽しい学生生活とやらを今更送ろうとも思わないし、俺が送れるわけがない。そもそも父さんに言わなければ高校に行くつもりは無かったんだから。
「お話、聞かせていただいてありがとうございました。今の内容を部屋でまとめて来ます。それが終わったら朝食を作りに戻るので冬美さんはゆっくりしていて下さい」
俺は冬美さんとの話を切ると、まだ少し残っているコーヒーとメモ帳を持って自室に戻った。途中、飲んだコーヒーはいつもより苦かった。




