第45話.「元凶③」
真面目な話をしているのだから場にそぐわない表情なのは良くない。だけど、俺の表情筋は戻ることを忘れたように笑顔を作り続ける。
「雪奈さん、本当にすみません。……でも決して馬鹿にしているとかじゃないんです」
「それは分かるけどなんで?」
「それはきっと雪奈さんと佐倉さんの話を聞いて嬉しく--」
「違うよ。なんで私と話している時にそんな表情をしちゃうの。睨まれるならまだしもなんで」
口元を隠したまま少し後ろを見てみると、雪奈さんは怒ったような表情になっている。
「なんで私にその顔を見せちゃうの。見せるならもっと……もっと適切な人がいるでしょ。なんでなの」
"ような"というか怒っている。
理由は俺の表情か。
しかしなんでだ。雪奈さんはなんで怒っているんだ。
その答えはきっと直前に言っていた言葉の中にある。自分自身の表情の変化に戸惑っている間だったけど、重要なところは聞き取れていて良かった。
「俺は別に雪奈さんを助けたことを後悔なんてしてないです」
「嘘だよ。だって、私のせいで裕翔君は酷いことをされたんだよ」
「思い込み過ぎです。残念ですが、雪奈さんの件があろうがなかろうが結果は変わってなかったと思います。アイツらは俺に対して何かしらはやってきたと思いますよ。なんとなく想像つくでしょう?」
まぁ、もしかしたらの話で断定はしないでおこう。
ようやく場に合った表情になれそうだ。
それにしてもあれだ。今の俺、めっちゃ普通に雪奈さんと話せている。怖さを感じてない。いつもみたいに身体が拒絶反応を示していない。
でも、女性恐怖症を完璧に克服したとかそんなのではないと思う。
「そんなの分からないよ。どんなことをされたのか知らないけど、裕翔君が苦しむような結果にはなってなかったかもしれないじゃん」
「なら、なんで今になって打ち明けてきたんですか。もっと言うタイミングはありましたよね。顔合わせの時とか、高校に入ってからだってどれだけの時間があったか」
「そ、それは……色々考えてたんだもん」
「色々? 色々とは?」
なんとなく長い話になりそうな気がしたので俺はベンチに座る。もちろん雪奈さんにも座ってもらおうとしたが断られた。
しかし、色々……か。何をどう考えててくれたんだろう。
雪奈さんが話し始めるのをまだ残ってる牛乳を飲んで待っていると、ほどなくして雪奈さんは話し始める。
「裕翔君も知ってる通り、私はずっと前からお母さん達の関係を知ってた。辰哉さんに1人息子がいるのも知ってたし、その人の名前が"裕翔"って言うのも知ってた。"硯裕翔"なんて名前の人がそうそう何人もいるとは思えないし、小学生の時に助けてくれた人だってすぐに分かった。進学先の高校は一緒だってのも前から聞いてた。辰哉さん気にしてたよ。『もっと上の学校に行けば良いのに』って」
父さんは当たり前だけど俺の中学での成績を知っている。
俺は家事以外だと勉強しかやることがなかったのだから自然と模試やらのテスト系の成績は上の方になった。
だから、わざと市内でも最低レベルの高校を選べば不自然にも思われるか。ずっと言わなかったのは優しさ故かな。
「話を戻すね。入学式の日、クラス発表を見て驚いたよ。同じクラスになるなんて。正直に言うとね、嬉しかったよ。どんな人か改めて知るきっかけになると思ったから。でもさ、見てて分かっちゃった。『もしかして異性が苦手なんだ』って気付いちゃうわけ」
いくら話しかけられないようにするための見た目とは言え、そういかない時もあった。雪奈さんはそこを見ていたんだろう。
自分では上手くやり過ごしていたつもりでいたけど、分かる人には分かるもんなんだな。
「だから最初は打ち明けずにいても良いかなって思った。お母さん達の再婚を嫌だって言うのは絶対に嫌だったから、せめて最小限の関わりだけでって。だけど、鈴香さんが偽装彼女を了承した時に聞いてて気付いちゃった。『あっ、鈴香さんって裕翔君の事がめっちゃ好きじゃん』って。2人がよく話すのは分かってたし、幼馴染だってのも聞いたから知ってる。でも、見てただけじゃ好意までは分からなかった。あの時の会話を聞いたから気付けた」
雪奈さんはその時から鈴香の気持ちに気付いていたのを知る。
「実際、鈴香さんは裕翔君の事が好きだった。でも、裕翔君はそれに応えられない事にも気付いた。裕翔君のことを考えれば、私は何もせず鈴香さんとの関係もそのままにしておくのが正しい。……けど無理だった。鈴香さんが踏み出した一歩が裕翔君との間に亀裂を生んで、あろうことか2人の関係は変わってしまった。あの時は自責の念で首を絞めたのかと思ったけど、よくよく思い出してみたら私と話してても首元に手が伸びてたことに気付いた。それで、裕翔君の重症具合を知った。で、私が見てきた裕翔君と辰哉さんから聞いた裕翔君の性格でテストでは手は抜かないし交流会にも行くんだろうなってのまで予想できた」
じゃあ、雪奈さんが交流会に参加したのは俺の為……なんだろうか?
それに答えるように話は続いて行く。
「私は元々行く気だったよ。杏菜も参加するって聞いてたから。その話自体は小テストの話があるもうちょっと前だった。その時に昨日の3人が来るらしいって聞いたよ。高校って一気に横の繋がりが増えるから凄いよね。『あの学校は誰々が来る』って話になって、そこであの3人が来るって知って、私にも教えてくれた。裕翔君が首を絞めて意識を失った後に夢を見てたのかな? たぶん私を助けてくれた時の夢。結び付いたのは偶然だけど、もしかしたら私を助けて何かされたんじゃないかって思ったんだ」
「そしたらその通りだったと」
「そう。普段は当てにならないくせにこういう時だけ嫌な勘って当たるよね。自己紹介で名前と顔が一致して『コイツだっ!!』ってなって、その人と一対一でで話してるかと思ったらアレだもん。そこからは裕翔君が知っての通り、会場から連れ出して帰ろうとしたら追ってきて、そこで裕翔君が倒れちゃったってわけ」
「なるほど……」
ここまでの話の流れは分かった。
「それで、色々とは……?」
話の流れは分かったけど、結局考えていたらしい色々を知れていない。だから聞いたのだけど間違っていないよな?
「雪奈さんは何を考えていたんですか? 俺と鈴香を……いや、俺をどうしたかったんですか?」
自分の言ったことに自信が持てない。けど、たぶん合ってる。だって、俺は雪奈さんから聞いてないから。
「どうしたかったか……か。私、考えてたこと言えてなかったね。全部話そうと思ったのに大事なところを言わずに隠しちゃった。私にはその資格はないからね。鈴香さんしかいないんだ」
雪奈さんはじーっと俺の顔を見つめるとにこっと笑顔を作る。
「私が考えてたことはどうしたら裕翔君を幸せにできるか。小学校の時の恩を返したいとかじゃない。私が裕翔君が好きだから、父さんの為に頑張る裕翔君を私が幸せにしたかった。でも、その資格は私にないのを知った。だから私と同じか、それ以上に裕翔君を好きな鈴香さんに任せる事にしたの。でも、そうできなくなったから私が誰か打ち明けた。恨まれ役になることで2人の関係を繋ぎ直して鈴香さんが裕翔君を幸せにできればいいと思った。だからね、私を恨んで。それで鈴香さんと幸せになってよ」
俺は手に持っていた物が気付かないほど唖然としていた。
そして、どれだけか経ってようやく言葉を絞り出す。
「えっと……何から言えばいいのか。とりあえず、どれだけ考えての計画かは聞かないでおきますね。ただちょっと……いやだいぶ、色々と無理矢理過ぎませんか……?」
「だよねー。僕もそう思う」
後ろからそう聞こえてる。
「ですよね…………んっ? ……!?!?」
「おはよう、裕翔」
俺はてっきり2人っきりだと思っていたので、どうして後ろから声が……と思い振り返る。そして、そこにいた人に驚いて言葉を失う。
「おはよう、雪奈さん。まっ、少し前まで一緒にいたんだけどね」
鈴香は俺の隣に座ると雪奈さんに挨拶する。
……ってか、いつからいたんだよ……。




