第44話.「元凶②」
「なんで!?」
「なんでと言われても……。ちょっと待ってもらえますか。頑張って思い出します」
「うん、お願い」
白糸は自分の顔を指差しながら「どう? どう?」と聞いてくる。
だが、残念ながら思い出せない。
『最も恨みべき人』と言うくらいだからよっぽどの事を俺にしたんだろうけど、思い出せないってことは大した事じゃないのかもしれない。もしくは、白糸が大袈裟に言っているだけかーー。
俺が思い出せていないことを表情から読み取ったのか、白糸は「じゃあ」と言ってくる。
「昨日会った杏菜は? 佐倉杏菜。あの子は覚えてない?」
やっぱりあの人と何かあったんだ。だけど、それが何なのか思い出せない。
「すみません。駄目です。思い出せません」
「嘘……そんな……」
白糸はガックシと効果音がつきそうな勢いでうつむいて肩を落とす。
俺だっていちおう人間だから誰かに覚えられていない悲しさは分かる。でも、今回のはむしろ逆で覚えられていない方が都合は良さそうなもんだ。なのに白糸は落ち込んでいる。
だから、たまらず聞いてしまう。
「あの……なんでそんなに思い出して欲しいんですか? 普通は思い出して欲しくないもんじゃないですか?」
「うん、まぁ、普通はそうだよね。でも、今回は違うというか……私ってそんなに印象薄かったかな」
「さ、さぁ……? 名前を聞いて思い出せないってことはそうなんですかね? というか、俺に何をしたんですか?」
「ん? そっか、”元凶”としか言ってなかったね。うーんとね、どう言えばいいか考えるね」
白糸はそう言って考え始める。
俺はその時間を半分以上残ったコーヒー牛乳と食べかけのパンを食べて過ごす。
そして全部無くなる頃、白糸は考え至ったようで話し始める。
「確認だけど、裕翔君は昨日の人達に色々されたんだよね」
「……はい」
「原因は何か覚えてる?」
「原因……。えっと小山曰く『余計な事を俺がした』かららしいです。それと両親の離婚が重なったのが引き金だっと」
「じゃあ、その『余計な事』ってのは詳しく覚えてる?」
「……覚えてます。小2の時に昨日同じテーブルになった小山と、あと平瀬、鹿山って奴が3人で同級生の女子を親が離婚したとかでイジって---」
俺がそこまで言うと白糸は笑みを浮かべる。
「なんだ。ちゃんと覚えてるんじゃん。その女子が私だよ」
……えっ? ……えぇぇぇぇぇ!!!!
ここが外だとしてもまだ早い時間なので叫びそうになるのをなんとか抑える。その代わりに心の中で存分に叫ぶ。
「面影ないでしょ? 成長したのもあるし、あの頃の私って今と違って地味だったから」
「ほ、本当に……本当にあの時の人が白糸さんなんですか……?」
「本当のことだよ。試しにあの時に裕翔君が私を慰めてくれた言葉を言ってみようか? 忘れたことなんてないから私は言えるよ」
そう言うと白糸は立ったまま胸に手を当てて言う。
「『あいつらが馬鹿だからだよ。』とか『君自身の事じゃないのに、本当に馬鹿な奴らだ。でも良かったじゃん。あんな馬鹿な奴らと離れるから。』とか……さ。ねっ? 嘘じゃないでしょ?」
白糸の表情は真剣そのものだ。こんな場面で嘘を言う人ではない。
しかも白糸の言った言葉は前に見た夢で俺が言った言葉のまんまだ。つまり、白糸が言ったことは確かなようこと。
--ってことはだ。
「じゃあ、佐倉さんは後から教室に入ってきて雪奈さんを連れ出してった人……で合ってますか?」
「うん、正解。よく思い出してくれたね」
「最近、そんな夢を見たので」
「そうなんだ」
そう言い、白糸は残りの牛乳を全て吸い切り紙パックを潰す。
俺は未だに今の白糸と夢で見た昔の白糸の姿が結び付かないでいる。
いるけれど、それよりも今は嬉しい。
「佐倉さんとはずっと友達のままなんですね」
「そうだよ。小学2年の時に離れ離れになっちゃったけど、それでも友達でいれた。私達が"本当に友達だった"ってことだよね。でも、ごめんね。私達だけこんな思いをして。裕翔君はその間も酷い目にあって、それに耐えていたのにさ」
「そんなそんな。俺はむしろ嬉しいですよ」
「嬉しい……の?」
自然と口角が上がる。
言おうとしていることが照れくさいかもしれないし、2人の関係がそれだけ続いていたのが嬉しいからかもしれない。あるいは、両方かも。
「はい。俺は、2人の関係がずっと続けばいいなって思ったので。その……とても嬉しいです。本当に、本当に良かったです」
結局、両方の理由が"かも"の形を飛び出して表面上に出てくる。
心臓の鼓動が早くなり、体温が上昇していくのを感じる。いつもと同じような反応を示すが、これは決定的に違う。
人と話していて久しぶりに差し迫った感情以外を持つ。"照れくさい"と"嬉しい"が表情筋が緩んでいく。
……こんなのいつぶりだ。
「ごめんね、裕翔君。そろそろ話を戻すよ」
白糸は頭を深く下げてくる。
「裕翔君が私を助けたばっかりにその後に酷い目に合わせてごめんなさい。本当なら私が味わうべき事だったのに裕翔君に味わわせてごめんなさい。謝って許されることじゃないのは分かってます」
白糸は真剣な話をしているのに、表情筋の緩みを止められずもっと緩んでいく。
「私をどうしようとも裕翔君の自由です。同じ目に合わせるのだっていいし、それ以上だって私は構わない。私はそれくらいの事をしたんだから。この話を裕翔君にするって決めた時から決めてたことだから。……だから……!!」
顔を上げた白糸と目が合う。
「……裕翔君……? その顔、どうしたの?」
まずい。
真剣な話をしていた白糸に顔を見られた。
でも、自分ではもう抑えられない。
「すっ、すみません……!」
俺は急いで口元を手で隠し白糸に背中を向ける。
だが、その先にはカーテンのしまった窓があり自分の顔が反射して映る。
--分かっていたはずだ。自分がどんな顔をしているのかくらい。だから手で隠したし、背も向けた。
でも、全て遅かった。
「裕翔君、その顔……もしかして」
「そ、想像通りです。ごめんなさい。状況にそぐわないと分かっているんですが、どうしても止められなくて」
俺は、小学3年生の時以来となる7年ぶり自分の自然な笑顔を見ることになった。




