第37話.「幼馴染:硯裕翔」
僕にとって硯裕翔という人間はただ男友達じゃない。家が近く、小さい頃からよく遊び、長い時間を共有してきた"幼馴染"っていう存在だ。でも、それは少し前までのこと。
今は違う。僕は彼のことが好きだ。彼が父親の幸せを願うのと同じくらい僕は彼の幸せを願っているし、できることなら自分が幸せにしてあげたい。
でも、僕にはできない。
どうして?
彼が異性の極端に苦手とし、恐怖を抱く。これまでは"幼馴染だから"って理由で普通に接していてくれたけど、僕からの好意を知ったらきっと彼は幼馴染とか関係なく僕に恐怖を抱くようになると思ったから。
そんなの嫌だ。
何よりも辛いのは彼から離れなきゃいけないこと、話せなくなること、正面から顔を見ることができなくなること。
なら、今の現状に甘えるしかない。関わりがなくなるのが嫌なら、好意は隠して幼馴染として一緒にいるしかない。
そう思っていたのに、あの日で全てが狂った。
白糸雪奈さんに2人で呼び出されたあの日。偽装彼女として初めて役に立てたあの日。勢いで本音が出てしまったあの日。彼は絶対に『巻き込んだ』と後悔していた。それは僕がどれだけ『気にしないで』と言っても無駄な事だ。だから、本当に気にしないで欲しい気持ちが好意と混ざって漏れてしまった。
「あーあっ、やっちゃったなぁ」
人間関係なんてずっと続くとは思ってないし、実際に僕らも関わりが薄くなる時期はあった。だけど、終わり方がこれ。他ならぬ僕が原因で終わるのか……。って、いつまで後悔しているんだ。もう『さよなら』をしたじゃないか。
「……嫌だな……」
一度断ち切ったと思った想いがまた湧いてくる。
いや、違う。断ち切ったと思っただけで実際はできていなかっただけだ。
彼の側にいる為にと自分を変えて早数年、その間に彼は自分のできる事を見つけ、学び、身に付けた。僕は自分の願い通りにその彼を側に居続けた。それが僕ができる唯一の事だったから。
最初は幼馴染としての責任なんて理由もあったけど、それはいうしか幸せを願う気持ちになり、そして、いつしか『好き』という気持ちが混ざっていた。
ああ、どうなってもやっぱり好きだ。
今では偶にしか見れないけど、笑顔が好きだ。真剣な顔も好きだ。苦しんでいる姿はあまり見たくないけど、父親の為にと頑張る彼が好きだ。
僕よりも程々に高い身長が好きだ。話しかけられないようにと伸ばした長髪が好きだ。いきなり四つ葉のクローバーで作った栞をくれた彼が好きだ。余ったからって理由はあれど、その相手に僕を選んでくれたのは少し期待してしまった。
でも、そんな事はなかった。そして、こうなってしまった。
ふと思うのは恨むべきは誰なんだろうということ。小学生の頃に彼を変えたあの人達か、理由を分かっていながら彼の心に踏み込んだ義姉となった彼女か。
いや、本当に恨むべきは自分だ。心の傷を知っていながら自分勝手な願いの為に何もせず、そのままにした自分だ。そのままにしたくせに好意を伝えてしまった自分だ。
「本当に良いの?」
僕がもう彼にしてあげれる事は何もない。元々、何もしてこなかったのだから、これから先の彼と一緒にいられ時間が消えただけ。ただ、それだけだ。
「それで後悔しない?」
あぁ、しないよ。したってどうにもならないのだか。
「2人揃って嘘つきなのは幼馴染だから?」
…………知らない。関係ない。もう他人だ。
「ふーん。なら、良い事を教えてあげる」
どうでも良いよ、今更。……えっ?
「やっとこっち見てくれた」
「い、今のって、、、ほんと……?」
「こんな嘘つかないよ」
「いや、でも……そんな……」
「ついでにもう一つ教えてあげるとね」
白糸さんが話した内容に堪らず椅子から立ち上がってしまう。
「あっ、でも裕翔君にまだ言っちゃ駄目だよ。こういう話はタイミングが大事なんだから」
そう言って、白糸さんは僕に口止めをしてくる。
でも、そうか。そうなんだ。
「どうする? 本当に『さよなら』する? ……なんて、聞かなくても良いや。顔を見れば分かる」
でも、どうしてそこまでするのだろう? もしかして、この人も彼の事が--。
「心配いらないよ。鈴香さんが思っているような感情じゃないから」
言葉にしていないのに心を見透かしたように答えてくれる。
「じゃあ、尚更どうして?」
「一つはさっき話した理由。もう一つは裕翔君が私の弟だから。って言っても、"義理の"が付くんだけどね」
白糸さんの話を聞いて、さっきとは違う意味で身体の力が抜ける。だから、再び椅子に座る。するとすぐに廊下から白糸さんを探す声が聞こえてくる。
「あちゃー、今日はここまでみたいだね。それじゃあ、当日はよろしくね」
「う、うん。よろしく……お願いします」
「心配しなくても大丈夫だよ。私に任せてくれれば全部大丈夫だから」
そうして白糸さんは廊下へと消えて行った。
1人残された僕は担任の先生が鍵を締めにくる時まで白糸さんの話と彼の顔を何度も思い出すのだった。




