第36話.「『さよなら……』」
驚きの言葉すら出ない。
白糸の言ったことには驚きの言葉すら出ない。あるのはそう、一刻も早くこの場から去りたいという気持ちだけだ。
でも身体が動いてくれないのは、たぶん俺よりも鈴香が驚いたからだ。
「いっ、いつから……‼︎」
鈴香が勢いよく立ち上がり、白糸に尋ねる。
「最初からだよ。裕翔君が蒼山さんにお願いした時から」
「そんな……。じゃあ、今までずっと泳がしていたってこと……?」
「泳がしたつもりはないよ。私もたっつん---辰哉さんには幸せでいて欲しいし、結果的にそれがお母さんの幸せに繋がると思ってたから。だから、蒼山さんに謝らないとだね」
そう言うと、白糸は鈴香に頭を深く下げる。鈴香はどうしてか分かっていないような顔だ。それもそうだ。むしろ、謝らなきゃいけないのは俺と鈴香なんだから。
でも、白糸の言わんとするところも分かる。
「私は自分の願いの為に貴女の裕翔君への気持ちを利用しました。ごめんなさい」
「いや……でも……じゃあ……」
俺達は互いに利用し合っていた。
でも、どうして今になってそれを打ち明けてきたのか。
そんな事は俺にはどうでも良い事だ。
そう、俺には。
「分かってたなら、どうして僕に彼女かなんて聞いてきた」
「蒼山さんがどれだけ本気か確かめるため。ちょっとでも躊躇った言い方をしたら遠慮なく突っ込むつまりだったよ。でも、そうじゃなかった。だから見逃してた」
「どうして……。いや、知ってたならなんで」
鈴香はいつもの口調を忘れるくらいには動揺している。
逆に白糸は冷静に、淡々と答えている。いや、話を振ったのが白糸からだから冷静なのは当たり前か。
「さっき言った通りだよ。でも、強いて付け足すなら蒼山さんが"それ"で良いって納得してたからかな」
「じゃあ、打ち明けて来たのは」
「状況が変わったからだね。これじゃあ、いつか辰哉さんにもお母さんにも影響を与えそうだったから出張ってきたの。分かるでしょ?」
そう言って俺を見てくる。
ああ、そうですね。状況が変わりましたね。主に俺のせいで。
白糸と目線がぶつかった俺はすぐに逸らす。
「2人が決めたことを責める責任なんて私にはない。けど、状況が変わった。2人の関係か変わったのもあるけど、何より裕翔君がしていることを知っちゃったのが大きいね。裕翔君は自分が頑張れば何とかなると思っているみたいだけど、無理だよ」
白糸が言っているのはリセットのことだ。あれがあったから俺は今も何とかやっていれてるって言うのに酷い言われようだ。
それに確かに何とかなると思っていたけど、はっきり『無理』と言われた。果たしてどうして言い切れるんだろう。
……なんて、自分で分かり切っている。
そうだよ。1人でなんて無理だ。そんなの分かり切っているから鈴香を巻き込んだんだ。でも、その結果がこれならもう1人でやるしかない。
「もう一度聞くね。蒼山さん……ううん、まずは鈴香さんとの関係を戻ろうよ。幼馴染にさ、戻ろうよ。今なら私も協力してあげれる。だからさ、お願い裕翔君。私の為に、鈴香さんの為に、辰哉さんやお母さんの為に。そして、裕翔君自身の為に」
俺がなんて言うか分かっているだろうに、わざわざ聞いてくれるなんて白糸は本当に優しいんだなと思わされる。
そして、それも今回限りだとも分かる。だからこそ、俺は結論を変えない。
それを伝えた俺は2人を置いて教室を出る。いよいよ、これで1人っきりだ。でも、今更考えることじゃ無い。本来なら小学3年の頃から1人になるべきだった。だから、遅過ぎるくらいだ。
鈴香はこれまで本当に良く俺の相手をしてくれた。その感謝だけは忘れない。そして、白糸も。最後まで気を使ってくれた。これまでも気を使ってくれてたのも含めて感謝だな。
(これからの2人の動きが分からない。分からないからこそいざとなったら……。うん、大丈夫だ。もうどうなっても良いし、うん、準備はできた)
これまではできなかった覚悟がようやく固まる。これで、父さんに迷惑をかけるくらいなら俺は迷わずその道を選べるようになった。
だからかな、教室に戻る俺の足は今までで1番軽かったのは---。
<鈴香視点>
裕翔が去ってどれだけの時間が経ったのかな。
数分……? あるいは数十分……?
時間の感覚が分からなくなるほど、全身から力が抜けてしまった。裕翔と話せる機会さえあればどうにかなると思っていた。でも、どうにもならなかった。
「ごめんね、鈴香さん。余計な事をしたよね」
白糸さんは謝ってくれる。何度も、何度も謝ってくれる。けど、話はもうそんな次元じゃ収まらない。ここから出て行く時の裕翔の顔は今までに見たことのない、全てを諦めた顔だった。
「もう、謝らなくても良いよ。どちらにせよ、裕翔はああなってた。だから、白糸さんは謝らないで」
そうだ。これは僕が始めた事だ。幼馴染として裕翔の側に居続ける為に自分を変えたからこそ迎えた結末だ。
だから、もう何もしない。それにできない。裕翔の中に"蒼山鈴香"という人間は居ないのだから、これ以上何をしても裕翔を傷つける結果にしかならない。なら、もう忘れよう。
そう考えると自然と身体から更に力が抜けて行く。それと同時に裕翔への想いも無くなっていく。これからはただの隣人になるんだと思うと、哀しいけど仕方ない。これは僕が望んだことだから。
「さよなら……裕翔」
さよなら……僕の大切で大好きな幼馴染よ。




