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第32話.「忘れたい記憶と見つめる人」

 ようやく玄関の鍵を開けた俺は、鈴香の顔を見る事なく家への中に入る。


「……くっそ……」


 もっと早くこうしてれば鈴香を今になって傷つけなくて済んだのに、と後悔する。それこそ、小学3年のあの時に---。


「……もっと早く……」


 鈴香の気持ちは嬉しいと思う。俺みたいな奴に好意を抱いてくれるなんて現れないと思っていた。それに、俺も現れないで欲しいと願っていた。


 なのに、よりにもよって大切だと思っていた人がその人になるなんて。


 玄関の外から鈴香の声が聞こえてくるが、無視して自分の部屋に行く。今更、もう後戻りはできない。あれだけの事を言って自分から顔を合わせるなんて絶対にしない。


「はぁーーー」


 泣きたいのは鈴香だろうになんで俺が泣いているんだ。切りたくて切った縁だろ。これで良かったんだ。いつまでも俺に縛られてるよりも他の人と関わった方が良いし、他の人を好きになった方が鈴香の為になるに決まっている。


 ベッドの上で項垂れているとポケットの中のスマホがブルブルとした振動で通話が来たことを教える。勉強中だったからマナーモードにしていたのが幸いした。マナーモードだったからバイブレーションだけで済んだが、これで音が鳴っていたら今よりももっと苦しい気持ちになっていた。


 しばらくしてバイブレーションが止まる。その隙を突いて鈴香の連絡先を消そうとメッセージアプリを開く。すると気付いていなかっただけで鈴香から何件もメッセージが届いていた。


 俺はそれに目を通すことなく鈴香の連絡先を消す。


(あぁ、やっちまった。これで本当に終わりだ。本当に、今までありがとう。そして、さよなら)


 未だに震える身体は明確に鈴香を拒否している。考えることすらも拒否している。それを身体は察知し、俺を守ろうといつものように首に手を伸ばす。

 

 いつもより力が倍入っているので痛みで涙が更に出る。でも、これで良い。俺を守ると同時に鈴香に対しての贖罪になる。だから、苦しむ時間もいつもより長い。


(ゔぅぅ……)


 酸素が回らず頭が白くなり始め、意識も薄れ始める。限界の限界が来た証拠だ。そのまま力を入れ続ける。そして、とうとう終わりが来たその瞬間、ボヤけた視界の端で家にいないはずの人物を映して俺の意識はプツンと途切れた。


●●●


『ありがとう……』


 夕日が差し込む教室で床に座り込む自分と同い年の女の子が感謝の言葉を言ってきた。


『私、、、どうすれば分からなくて。もう、来週には転校するからいい思い出で終わりたかったのに。どうしてこんな……』


 この子は直前まで過度なイジリにあっていた。偶々通りがかった俺が助けた。


『私が悪いのかな』


 この子は友達とかじゃないし、クラスメイトでもない。文字通りの赤の他人だ。言うてもまだ2年生。全員と知り合いになったわけじゃないし、知らない人がいても当然だ。


『あいつらが馬鹿だからだよ。ちょっとしか分からなかったけど、親の事で言われてたんでしょ?』

『……うん……』

『君自身の事じゃないのに、本当に馬鹿な奴らだ。でも良かったじゃん』

『なんで?』

『あんな馬鹿な奴らと離れるから』

『でも、友達とも離れ離れになっちゃう』


 イジられた事とは別で女の子はへんこでしまう。軽率な事を言った。けど、言った事は本心だ。でも、いちおうフォローの言葉を言っておく。


『本当に友達なら離れたとしても友達でいられるよ』

『本当に?』

『もちろん。だって、友達なんでしょ?』


 説得力なんてないこの言葉に女の子は頷くと『ありがとう』と言ってくれた。俺はそれを嬉しく思った。


『○○○ー、いるー?』


 おそらくこの子の友達と思われる声が響いて聞こえてきた。程なくして教室の中に入ってくる。


『いた。探したよ。……って、どうしたの。泣いてるの?』


 そして、俺の事を睨みつけてくる。


『お前か?』

『ちがっ』

『これだから男は。ほら、行こっ。お母さんが待ってるよ』


 友達が手を持って立ち上がらせるとそのまま手を引いて教室を出て行く。


『待って杏菜ちゃん、誤解なの』

『口止めまでして。本当に最低』


 状況を見たら俺が泣かせたと思われても仕方ないし、弁解の余地も無さそうだったから甘んじて受け入れた。それに、次の日には誤解が解けていたみたいで謝罪もしてくれた。


 でも、手を引かれて行った方の子はその時以降、俺と会うことはなかった。転校が少し早まったらしい。


 その時だけ話した子だったから悲しいとかは無かった。ただ、想ってくれる友達との関係がずっと続いてくれさえすればそれで---。


●●●


「はっ?!」


 目が覚めると見知った天井だった。


 自分がどうしてこうなっているのか理解するのに数秒かかるが思い出す。


(そうだった。俺……鈴香と)


 時間を見る為に身体を起こす。


 すると俺を見つめる人が1人、ベッドの横に座っているのに気付く。


「あっ起きたんだ、おはよう」


 俺が声を出す間もなく、その人は言ってくる。


「さっそくなんだけど、どういう事か私に聞かせてくれるよね?」

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