第29話.「勉強会②」
俺の悪い予感はそこそこ当たる節がある。だが、今日に限ってはありがたいことに当たらないみたいだ。
鈴香は言った通りお茶と少しのお菓子を持って戻ってきた。後ろには妙にニヤニヤした春香さんがいるだけでそれ以外の人の影はなかった。
「お待たせ。……ってどうしたの?」
階段を上がる音が聞こえた段階で首から手を放していたので見られてはいない。ただ、少し涙目になっていたのでそこを不思議がられる。
「早く起きたおかげで少し欠伸が出ただけ」
「ならいいけど」
「眠たいの? おばさんので良ければ膝貸すよ」
「お母さんうるさい」
鈴香は春香さんに構うことなくドアを閉めると真向かいに座って小テスト対象の教科書を並べる。どうやらさっそく始めるようだ。
だが、その前に俺は鈴香に聞きたいことがある。
主に2つ。どうして小テストの為に勉強するのかと、白糸と何か話したか。
それを聞くために貰ったお茶で気持ちと喉を整える。
「それじゃあ、始めていこうか。まずはね……」
聞こうとした瞬間、鈴香はどれから手をつけるのか決めたようでそう声を出す。
「どうしたの?」
「い、いや。なんでもない……」
結局、聞けないまま俺も始めていくことになった。
〇〇〇
やり始めて小一時間経った頃、春香さんが
……良し、聞くか。
「なあ、鈴香」
「何?」
「始める前に少し聞きたいことがあるんだけど」
「良いよ。何を聞きたい?」
ノートを広げた手を止めて顔を見てくる。
2つとも大したことじゃない……とは言えない。少なくとも白糸のことは。
だから、先に小テストのことを聞く。
「どうして小テストがあるってだけでそこまで勉強するんだ?」
変なことは聞いていないと思うんだけど、鈴香はきょとん顔をする。
そして、少しの間を開けて鈴香は「……ああ、裕翔は知らないのか」と言ってくる。
どうやら俺が知らない何かを鈴香は知っているようだ。
鈴香は「あくまで噂だから確かじゃないんだけど」と前置きをしてスマホの画面を見てくる。映っているのはクラスの女子達だけが入っていると思われるグループチャットだ。そこには小テストのことが書いてあり、俺はその文を読む。
「『来週の小テスト、成績にも関係するけど、それとは別でアレに関係するらしいよ』……? なんだ、アレって?」
「3週間くらい前に先生が市内の新1年の代表が集まって学校の様子を話し合う交流会があるって言ってたの覚えてない?」
「……あぁ、そんなこと言ってたかも。でも、それがどう関係あるんだ?」
鈴香は俺の疑問に答えるようにメッセージ画面を下にスクロースして更にメッセージを見せてくる。
そこには代表者は例年通りなら男女1人ずつということ、今年はうちのクラスから選ばれることになったこと、そして選ぶ方法はテストで1番点数の良かった人らしいことが書かれている。
……いや、どうやって知ったんだこんなこと。それに、見せられたところで今の状況との繋がりが見えて来ない。
それが顔に出ていたのか鈴香は聞いてくる。
「僕が勉強する理由、本当に分からない?」
「さっぱり」
そして、「はぁー」と溜め息をする。
「どうせ裕翔のことだから前見たいに知らばっくれてるんでしょ?」
「今日はガチだよ。……えっ?」
鈴香の言う『前』は白糸へのカモフラージュの時に一緒に帰った時に言いかけてた時と次の日に確認してきた時のことだ。
(しまった)
と思うのも遅いが鈴香は気にせず話してくる。
「順当に行くと男子はたぶん裕翔が選ばれることになるよ。うちのクラスって馬鹿ばっかだし。そして女子はたぶん白糸さんだね。あの人って見かけに寄らず勉強できるみたいだから。それで、もし白糸さんとペアになったら裕翔は困るでしょ。でも、僕なら困らないでしょ」
馬鹿ばっかは言い過ぎだと思うけど、概ね正しいから否定できない。でも、それならわざと低い点数を狙えばいいだけだ。
だが、その考えを読んだように鈴香は続けてくる。
「ちなみに小テストなことは変わらないからしっかり成績に影響するらしいよ」
授業料を父さんに出してもらっている以上わざと手を抜くなんて俺にはできない。鈴香はそのことを知っている。だから、成績の話を出してきた。つまり、逃げ道は塞がれてしまったってことだ。
「僕が今から勉強する理由に納得してくれたかな」
「要は俺の為ってことか?」
「正解。まぁ、成績に影響するのが確かなら僕自身の為でもあるわけだから気にしなくていいよ」
そう言うと鈴香は身体を伸ばす。
(なんだ、そういう理由だったのか)
どうして鈴香が勉強を教えてといってきたか納得できた。でも、また別の問題ができてしまった。白糸との会話の内容も気になるが、むしろこっちの方が問題かもしれない。
「鈴香、ちなみにさっきのって……」
「僕は気にしてないよ。むしろ、言いかけたことを後悔してたくらい。だから、本当に気にしないで。なんなら忘れて。僕は裕翔の幼馴染でいられればそれで満足だから」
鈴香はどこまでも俺のことを気にしてくれる。だから、俺が鈴香に言える言葉が1つしかないのを申し訳ないと思う。
「うーーーん、ああっ」と身体を伸ばし終えた鈴香と目が合う。諸々の事情が重なって気まずい。けど、なんとか言葉を絞り出す。
「……分かった」
「よろしい」
鈴香は笑顔を向けてくる。
本当なら俺にそんな資格はない。だから、俺は鈴香にどれだけ残酷なことを言ったのか噛み締める。
それが鈴香にできる唯一のことだから。




