第28話.「勉強会①」
「うぅーーんっ、おはよぅ」
白糸は時計の針が8時半を指す頃に起きてきた。
思えば寝起きの白糸に会うのは今日が初めてだ。
クラスメイトの寝起き姿---もし、白糸に好意を寄せている奴が知ったら俺に嫉妬か、あるいは殺意でも向けられそうな状況だ。ま、俺にしてみればとてもどうでもいい。これでスマホを取りに行ける。
挨拶を返してすれ違うように廊下に出ると続いて出てきた白糸にドアを閉めた上で小さい声で話しかけられる。
「えっと……ごめんね、間違えて裕翔君の部屋に行ってたみたいでベッド占領しちゃった」
「あっそうなんですね」
本当は知っているけど、知らない風を装う。
果たして意味はあるのか。うーん、良からぬ疑いを掛けられても嫌だしいいか。それよりも今はスマホだ。
「起きてからずっとリビングにいたから知らなかったです」
「そうなの? それならいっか」
「はい、では」
話を切り上げて階段を上がっていく。それに合わせて白糸がリビングのドアを開ける音が聞こえると思ったのだが、聞こえて来ない。
(少し視線を感じる気もするけど気にし過ぎか)
そう思っていると案の定、白糸にまた話しかけられる。
「昨日言ってた用事って蒼山さんと?」
話しかけられただけでもビクッとするのに鈴香の名前が出てきて余計に身体が反応する。
「ど、、どうして、ですか」
「本当に偶々なんだけど起きた時にちょうど裕翔君のスマホが鳴ってて、他の人なら出るつもりなかったんだけど蒼山さんなら大丈夫かなぁ~って。いけなかった?」
「あっいえ……」
善意で対応してくれたんだというのは分かる。
分かるかるからこそ困る。いや、でも、まだ分からない。俺の事情を知っている鈴香ならワンチャンの可能性がある。
「良かったぁ」
白糸は安心からか胸を撫で下ろす。そうするくらいなら持ってくるなり、教えてくれるなりしてくれれば良かったのにと思うがとても本人には言えない。なので、心の中で言うだけで済ませる。
「じゃあ、鈴香と打ち合わせするのでこれで」
ただでさえベッドで寝られ、鈴香からの電話に出た事実で結構効いているのにこれ以上は耐えられない。そう思い、自室に向かう。
「うん。じゃあ、またあとでね」
急ぎ気味だった俺は階段の下から聞こえてきたなんてことのないこの言葉の意味を深く考えなかった。
〇〇〇
「いらっしゃい。来てくれてありがとう」
「朝からうちのがごめんね。それと、久しぶりだね、裕翔君。ちょっと見ない間にまた格好良くなちゃって」
改めて鈴香に確認して待ち合わせたのは9時。少しばかり早いような気もするが鈴香が言うのだからいいかとも思う。そうして蒼山家を訪ねると鈴香と春香さんに出迎えられる。
蒼山春香…鈴香の母親にして俺に家事のあれやこれやを教えてくれた先生であり、数少ない普通に話せる女性でもある。
(年上っていうのもあるだろうけど、1番の理由は昔からお世話になっているからだな)
小中学校は言わずもがな、保育園から俺は鈴香と一緒の時間を過ごしている。そうすれば春香さんとも過ごす時間は多いわけだから自然なことではある。ある意味、”母親”と言っても良いくらいだ。
「おはようございます。春香さんもお綺麗です」
俺がこういうには理由があって、春香さんは見た目が本当に変わらない。顔は俺の最古の記憶のままだ。髪の長さも変わらないし艶も……。そして、スタイルも変わらない。
要するに春香さんは綺麗な女性だ。
実際の年齢は恐れ多くて聞けないけど父さんと同じくらいだと仮定するともう40代半ば近いはずだ。なのに、30代……もしくは20代後半と言われても正直違和感のない見た目……、美魔女ってこの人のことを言うんだなと思わされる。
「ふふっ、褒めても何もでないよ。……でも、ほんとうに良い男になったね。あっ、そうだ!」
春香さんが何か言おうとした瞬間に鈴香が割って入ってくる。
「あーもういいから。ほっといて早く行こうよ」
「ちえー。……それで? 今日は勉強会をするんだったっけ? ま、あんたはした方がいいね。家で勉強してるところなんて見たことないんだから」
「だから今からするんでしょ。頼むから本当に邪魔しないでよ」
「いやーん怒らないでー。助けて裕翔君ー」
久しぶりに見る蒼山親子のやり取りを微笑ましく思う。
今日は……と言うか最近はずっと朝から神経を使って正直疲れてたから癒される。
それはそうと春香さんに腕に抱きつかれてしまった。なんて言うか……柔らかい。じゃなくて、これじゃあ話が進まない。
幸いなことに鈴香がすぐに剥がしてくれた。
「ちぇー。まあ、明日は私の番だからいいけどぉ」
「はいはい、良かったね。……はぁ、じゃあ今度こそ行くから。本当に、邪魔を、しないでね」
「分かった分かった。頑張ってねぇー」
手を振る春香さんに見送られながら鈴香の部屋へと向かう。
思えば鈴香の部屋に来るのも久しぶりだ。入学式後に2人で駄弁ったのが最後だった。
約1ヶ月半ぶりに入る鈴香の部屋---なんだろう、妙な緊張感がある。今更何を意識することがあるのか。鈴香とは偽りの恋人なだけで、幼馴染だって言うのは変わらないのだから何もないだろ。
「お茶を取ってくるから座椅子に座って待っててよ」
言われた通りに先に座って持っていた勉強道具を広げる。鈴香がまだ来ないことを願いながら1度深呼吸をする。
そして、気付く。
今日の……いや、この家に来てから何かおかしい理由は分からないけど、明らかに俺はおかいしい。
(なんだ? 変な感じがする。悪寒……? 朝シャンしたから? いや、体調云々とは違う。なんだこれは? 胸騒ぎ……? なんの胸騒ぎがするんだって言うんだ)
原因が分からず考えていると白糸に言われた言葉が唐突に思い出される。
(いやいやいや、あれは”またあとで蒼山さんの家で”って意味じゃないだろ。部屋に戻る俺に”また後で”って言っただけだ。きっとそうだ、そうに違いない)
だが、どれだけそう思おうとも、また別の考えを浮かべても1度浮かんだコイツは頭の中にこびり付いて離れない。それが朝から少しずつ刺激されていた精神を蝕んでいく。最悪の事態を想像して更に加速する。
自分の乱れ始めた呼吸だけが聞こえるこの部屋で、俺は”最悪”を迎えた時の為に痛みの逃げることにした。




