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第26話.「蟻並の1歩」

 あの日から3日経ち、今は金曜日の夜だ。


 明確に関係が変わったり、恐怖症が治ったわけじゃないけど、ほんの少しだけ白糸といられる時間が増えたような気がする。まあ、あくまでも”気がするだけ”だけど。


「今日もお弁当とご飯を作ってくれてありがとう」


 白糸は今夜も乾燥機に俺の洗った食器を並べてくれている。1人いれば事足りるし、白糸が隣にいるだけで落ち着かないからやっぱり1人にして欲しい。けど、善意でやってくれてる人に言えるはずもなく、今日も渋々やってもらっている。


 そして、明日は土曜日。白糸達が来てから1週間になる。


 


「裕翔は明日、どうする?」


 父さんが俺に聞いてくる。なんでも、市を2つ跨いだところにある知り合いの経営しているカフェに行くらしい。


 当然のことだが俺は断る。白糸が着いて行くと返事をしたのもあるし、カフェなんて女性が集まりそうな所に望んで行けないって言うのもあるけど、それとは別で鈴香との用事があるからだ。


『やばい裕翔! 勉強教えて!!』


 昼休みの時に鈴香は俺に言ってきた。来週ある数学の小テストのことかと思ったけど、それだけじゃなくて他にも何教科かで抜き打ちテストらしい。


 誰がどこからそんな情報を聞いてきたか知らないけどその所為で妙に教室の中がざわざわしてた。


 俺と同じで部活動をしていない鈴香だから勉強する時間はあるだろうし、言っても小テストだからさほど大した内容じゃないだろう。鈴香にもそう伝えたのだが、鈴香は『それでも!!』と言ってきたので仕方ない。ま、俺にしてみれば嘘をつかずに断れたのだから嬉しい話だったりする。


「用事かー、それは仕方ないよな。そういうことなら分かった。明日は3人で行ってくるよ。じゃあ、次は俺が風呂をもらおー」


 そう言って脱衣所に消えて行く。


 今日が金曜日ってこともあるのか父さんはいつもよりテンションが高い。それは前からのことなんだけど、先週は次の日に白糸達の引っ越しが控えていたし、その前は顔合わせの日だったこともあって久しぶりに感じる。


「んふふー」


 楽しそうな声が聞こえ、その方向を見ると先に風呂から上がった冬美さんが酒缶を持って座っている。蓋は開いて冬美さんの顔が遠目に見ても分かるくらい赤い。そして、冬美さんもいつもより嬉しそうな表情をしているのは酒の影響か、もしくは父さんと同じ理由で金曜日だからか……。いや、社会人的に両方か。


 順調に全ての片付けが終わり、自室に戻ろうとすると冬美さんに呼び止められる。


「裕翔君、少しだけいい?」


 なんの話かと立ち止まる。すると冬美さんは立ち上がって俺に近付いてくる。

 

(な、なんだ……!?)

 

 驚いているのも束の間でいきなり頭を撫でられる  

「今日で5日、毎日お弁当とご飯をありがとう。わたしにはこんなことしかできないけど、それでも何かしたくて」


 冬美さんは俺ににへらと笑いかけてくる。


 夜は白糸を避けるために基本的に部屋で過ごしてきた。それに同じ屋根の下で暮らしていると言ってもまだ5日。普段の様子も素の性格も知らないけど、俺でも分かる。


(冬美さん……酔っぱらってるな)


 前に飲んでいた酒も今日飲んでいる酒も度数が強くないのにこの様子なのはやはり金曜日だからなんだろう。


「あ、ありがとうございます……」

「本当にすごいよ。すごい……すごい……」


 いつまでも撫で続けてくる冬美さんの手を振り払うことなんてできず撫でられ続ける。


 いつまでこれが続くんだろうと思っていると後ろからトイレに行っていた白糸の声が聞こえてくる。


「もーお母さん、あんまり裕翔君に絡んじゃ駄目だよ」


 そして、白糸は冬美さんの肩を持つと元々座っていたソファへと押して行く。


「ごめんね、裕翔君。あんまりにも絡んできてうざかったら遠慮なく言って」

「あ、ありがとうございます……雪奈さん」

「うんっ!」


 嬉しそうな返事を聞きつつ、俺は白糸に冬美さんのことを任せて俺は自室に戻る。

 

 ベッドに身体を横にすると今週起きたこと、主に火曜日のことが思い出される。


 あれから何も変わったことが起きていない。白糸は自身の事も俺の事も誰にも話していないし、やっぱり他人には話せない内容なんだと分かる。


 願わくば、そのまま黙って今の関係を続けて行って欲しい。蟻並の1歩だけど、それが俺にできる最大限だったから無駄にしたくない。


 が、もしも白糸が打ち明けた時が来たら俺はどうするべきなんだろう。


 いつも通りに誤魔化すのが1番なのは分かる。それで痛みに逃げて後悔して……あぁ、とてもいつも通りだ。

結局のところ、『どうするべき』なんて言うのは俺になくて『こうするしかない』と思わされただけだった。


「はぁあー」


 反射的に起こった欠伸が眠気を誘う。


 なんとなくだけど、今寝たら起きるのは朝になる気がする。でも、もう身体を起こす気力はない。なんとか手元に落ちていたスマホを手に取り20分タイマーを入れる。


(起きれればいいけど、起きれなかったらその時だな)


 俺の意識は今週になって初めて、とても自然に深く沈んだ。

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