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第22話.「義理の姉②」

 白糸はスマホのライトを弱くすると俺の前に来る。俺は寝転がったままなんていられるはずもなく身体を起こす。


(なんでここに白糸が……?)


 その疑問を口にしたつもりはないが白糸は分かったかのように言ってくる。


「……探したよ」


 一言だけだけど、本当に心配していたんだと伝わる言い方だ。


「父さんから連絡きてませんか? 彼女…えっと、鈴香のところにいるってさっき連絡したんですが」

「うん、来たよ。今さっき。でも、その前から蒼山さんと連絡してて裕翔君が一緒じゃないのは知ってる」


 白糸はそう言って鈴香とのやりとりを見せてくる。


 そこには確かに『裕翔とは一緒じゃない』と鈴香から送られている。しかも1時間以上前に。


 鈴香は何も悪くない。ただ本当のことをメッセージに書いているだけだから。でもそこはちょっと気を聞かせてというか……。いや、俺が言えた義理じゃないけど。


 しかし、白糸には嘘がバレてしまっているのは問題だ。


(それよりもっと問題なのはここに白糸がいることだけど。……ってか、なんでいるんだ? 『探した』って?)


 ライトが弱まったおかげで白糸の表情が見えない。1対1って状況にも関わらず少しは冷静で、余裕を持っていられるのは顔が見えないからだ。とても好都合だ。その分、声に意識がいくのは困る。


「……これは、私のせい?」


 震えながら言ってくる。


 違うと言いたいところだけど、あながち間違えじゃないのが言葉を詰まらせる。


 それでもなんとか伝える。


「ち、違います。白糸さんの想像してる理由と、全然違います」

「じゃあ、なんでこんなところにいるの?」

「ちょっと外の空気を吸いに来たら寝ちゃって……」


 こっちは半分くらい本当のことだ。でも、白糸的には説明不足だろう。なんせ、家から10分以上離れた公園にいる説明にはなっていない。


 追求されたら困るので言い訳を考える。


(「久しぶりに来てみたくて」はたぶん通用しないし、「ふらふらーっと歩いてたら」もたぶん駄目だな)


 適当なものはすぐに浮かぶがどれもこれも納得させれるようなものじゃない。正面きって「貴女から逃げるためです」と言うのはなんてもってのほか。


(どうするか……)


 考えている間、白糸からの声は聞かれない。すぐにでも何か言われると思ったが、それならそれで都合が良い。向こうが静かでいるうちは俺が何かを話す必要もないから……。


 異変に気付いたのはそう思ってから数十秒経った頃だ。


 白糸が手で口を押さえると段々と抑えられていた声が聞こえてくる。そして、遂には地面に座り込んでしまう。


 白糸が持ったままのスマホのライトは白糸を照らすが、顔は見せないように蹲ったおかけで見ずに済んだ。でも、その姿を見てしまっては反応せざるを得ない。


「……あの…………」


 恐る恐る声をかける。


「……大丈夫、ですか……?」


 こうなっている原因が聞くなんてと自分でも思うし、大丈夫じゃないのは俺の方だ。


「……もう……やめて……」


 震えた声で俺に言ってくる。


「……帰りが遅くなるなら誰かに連絡はして」

「えっ、、あの」

「分かった!!?」


 白糸は怒ったように言ってくる。


 ……ように、というか普通に怒られた。


 "らしくない"と言うには白糸を知らな過ぎるけど、それでも怒られたことに驚くくらいには意外だ。


 そして、白糸はたぶん俺と同じだ。


 怒りをぶつけてきたその言葉をどういう表情で言ったのか俺は知らない。それは白糸が顔を隠していたからだ。俺としてもできるなら知りたくない。


 同族嫌悪とまでは言わないけど、白糸が何かを抱えているのは分かる。でも、俺には何もできない。自分のを克服できてないのに他人を知ってどうこうなんてできないし、するつもりもない。


 だから、今、俺ができることは謝ることだけだ。


「……すみません」


 いくら外は暗いと言っても高校生の帰宅時間で考えれば遅くはないと思う。むしろ、健全なくらいだ。まぁ、まだ帰ってないんだけど。


 そんなことを白糸に言えるはずもなく、黙って泣き止むのを待つ。


 ただ、黙って……。


○○○


「……ごめん。さっき言ったことは気にしないで」


 次は白糸が声を発したのは数分経ってからだったと思う。


 白糸がいる辺りを見るでもなく、置いて帰るでも逃げるでもなく、暗闇の向こうにある公園の入り口を見ていた俺は白糸が言ったことに対する反応が遅れる。


 本人が『気にしないで』と言った以上、気にしなくていい。


 冷静さと余裕を欠き始めていた俺はもうまともな判断ができない。普通の人間なら理由を聞くのだろうけど、……もう無理。


「分かりました。気にしません」


 白糸には俺が薄情に映るだろうか。それならそれでいいや。"家族"とか"義理の姉弟(きょうだい)"とか意識するのも考えるのも嫌だ。だから、俺のことを『もういいや』って思ったならむしろ嬉しいくらいだ。


 でも、人間の耳は都合の良い作りをしているらしい。


「ありがとう。裕翔君って優しいよね」

「はぁ?」


 つい、素で反応してしまった。しかし、白糸は気にしていない様子で続けてくる。


「玉子焼きのことだってそうだし、今もだけど優しいよ。私達のことなんて気にしないで元々作ってる味付けだけでいいのに。今だってこんな面倒な女、放って帰れば良かったのにまだいてくれてる。それに何も聞かないでくれてるも嬉しい」


 立ち上がった白糸はスマホのライトで足元だけを照らしている。


 そして、言ってくる。


「そろそろ帰ろう。今のことは2人には内緒ね。裕翔君はたっつんに心配かけたくないでしょ?」

「そう……ですね」


 いちおう彼女のところにいることになっているので心配はされてないだろうけど、かけたくないのはその通りなので返事をする。


「でしょ。だから内緒。もちろんお母さんにも」

「分かりました」


 俺の返事を聞いた白糸は先に歩き始める。ある程度離れたことを確認してから俺も白糸の背を追うようにして歩き始める。


 そして、すぐに気付く。


 自然といつもみたいに首元に手が来ており、確かな痛みを感じたことに……。そしてそれは、自覚したことで更に強まる。


 家に着くまで10分以上。この状態で、あるいは並ぶか、最悪の場合には会話することがあるかもしれない。


 この痛みはその時の前借りだ。俺は今後のことを見据えている。だから、苦しくても耐えるしかない。


(……もう引き返せないところまで来たな)


 いつもより力が入っているから痛い。それでもそこに逃げるしかない。


 この瞬間になって俺は初めて痛みを自覚させることでしか自分を保てないと頭だけでなく、身体が覚えてしまったと知った。

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