第2話.「顔合わせにて(前編)」
ホームルームが始まる少し前に俺は教室に戻った。その頃になると流石に白雪は俺の席にはおらず自分の席に戻っていた。その代わりに別の奴が座っている。
「おはよう、まさか僕の方が先に教室にいるなんてね。もしかして寝坊?」
蒼山鈴香。黒髪の短髪、同年代の女子と比べると高い身長、一人称が"僕"な点から女子生徒を中心に『王子』と呼ばれて人気がある。
まぁ、その辺の話は俺からしてみたら関係ないことだ。関係があるのは鈴香が俺の幼馴染で、数少ない普通に話せる異性で、俺の女性恐怖症を唯一知っている奴ってことだ。
「いや、図書室に行ってた」
「朝から?」
「別に俺が図書室行っててもいいだろ。初めてな訳でもないし」
「僕はまだ何も言ってませんが?」
鈴香はクスクスと笑いながら立ち上がって席を空けてくる。
「言うつもりだったのは確かだろ」
「まぁね」
普段通りの会話をしているだけなのに安心感を覚えるのはさっきあんな事があったからだろう。
「それで、いったい何があったの?」
見られてはいない筈なのに何かあったことは言い当ててくる。…流石は幼馴染と言ったものか。
「別に何もないよ」
「ふ〜ん」
そう言いながら鈴香は少し離れたところにいる白糸の方に目線を向ける。俺もそれに釣られて見てしまう。幸い、向こうはこっちからの視線に気付いてない様子だ。
「ちょくちょく彼女に見られてる気がするんだよね」
そう言いながら再び俺のことを見てくる。
「いやいや、友達との話に夢中になってるぞ」
「あーはいはい、そういう感じね」
「あん?」
含みを持たせた言い方をしてくる鈴香を睨みつける。
(コイツ、白糸と何かあったのは分かってる感じだな。でも何とは分かってないはず。だからと言って追求もして来ない…)
どうせ正直に鈴香に話したところでどうこうなる話じゃないしと、心の中で結論出す。
「そう言えばさ、母さんが『久しぶり家来て〜』だって」
「えっ? なんで?」
鈴香のお母さん-晴香さんは俺がまともに話せる数少ない女性のうちの1人だ。父さんが離婚するずっと前からお世話になっているし、離婚してからはもっとお世話になっている。
「久しぶりに裕翔とお菓子を作りたいって言ってたよ」
「春香さんが? 分かった。都合の合う日にお願いしますって伝えといて」
「了解〜」
鈴香が料理に興味がない影響か、はたまた晴香さんに料理を教えてもらった影響か分からないが時折こうして誘われる。
(作るのは嫌いじゃ無いし、知識が増えるから高校生になっても誘ってもらえるのはありがたい)
晴香さんが今回は何を作ろうとしているのかを考えていると鈴香は俺の背後に回ると髪の先端を指でクルクルと触ってくる。
「いきなりなんだよ」
「いやぁ? そろそろ髪を切らないのかなって」
鈴香がこう言ってくるのは俺の髪の毛が肩甲骨あたりまで伸びているからだ。もちろん、ただ伸ばしている訳でも無くちゃんとした理由がある。
「そのうちに切るよ」
「絶対に嘘だー」
「お洒落なのが分からないか」
なんて言ってみるが、本当は女子から話しかけられないようにするためだったりする。その所為で浮いてしまっているが仕方がない。
「幼馴染の贔屓目無しに見ても顔は整ってるし、身長も高いし、優しいしで、あと髪の長さだけなんだけどなぁ。せっかくなのに勿体無いなぁ」
なんて鈴香は言ってくるが俺は今のままで良いし、その方が都合が良い。身長は高くて、髪は長い不気味な奴と話したい人なんて居ないはずだ。
(それに、高いって言っても178cmだからそんなに高い訳じゃないんだよな)
結局、俺にとっては都合が良い話に違いはない。その証拠にさっき白糸に話しかけられた以外で今日までまともに会話したことはない。
「じゃあ、せめて縛るとかしたら?」
そう言うと、鈴香は手で髪の毛を束ねてくる。俺はその手を好きにさせたまま答える。
「困ってないし別にこのままで良い。それにちゃんとしなきゃいけない時は纏めてるし」
「裕翔がそう言うなら良いんだけど。あっ、じゃあその代わりにノートを見せてよ」
「どの代わりだよ」
鈴香は「良いじゃん良いじゃん」と言いたげに指の回転を早めて来る。いい加減に煩わしくなって来たので大人しくノートを渡す。
「流石裕翔、話が早くて助かるよ」
「そう思うなら早く自分の席に戻れ」
「はいはい、分かりましたよ」
そう言うと鈴香は髪から指を話すと席へと戻る。
(ったく、朝からなんだったんだ)
とりあえず、さっきの出来事は加えて今の鈴香とのやり取りで疲れた事だけは分かった。
○
時間が進んで今は夜だ。
俺は父さんと一緒にとあるファミレスに来ている。とうとう再婚相手との顔合わせの時間が来てしまったのだ。
小洒落たジャケットを羽織り座る父さん。対して俺は高校の制服のままだ。父さんみたいなこだわりはないし、いちいち着替える必要もないからだ。ちなみにちゃんと髪は縛ってある。こうすれば、まだまともに見られると分かっているからだ。
「裕翔は緊張してるか?」
「まぁ…多少は」
なんて返事をするが、実際は緊張なんてものから離れたところにいる。
「多少…か。本当に逞しい息子だよ」
父さんの言葉は嬉しいが、それをそのまま受け止める余裕は俺に無い。何故なら義理とはいえ、これから自分の母親になろうって人相手に不安と恐怖を募らせているのだから。
(こんな親不孝な息子は他にいないよな)
自虐でもしていないと正気でいられない自分に嫌気が差すし、まだ見ぬ再婚相手に申し訳なく思う。
(それにしても今日の父さんは口数が少ないな)
セルフサービスで注いできた追加の水を啜りながら横目に父さんのことを見ると薄らと額に冷汗をかいている。
「汗かいてるよ。いつ来るか分からないんだし、拭いといたら」
「あぁ、そうだな。ありがとう」
父さんを見ていると、緊張しているのがよく分かる。
突然、父さんのスマホが通知音を響かせる。内容を確認すると同時に父さんは「あっ」と声を上げてくる。
「裕翔どうしよう」
「えっ……? 何かあった?」
「父さんな、裕翔に大事な話をするのを忘れていた」
父さんはビクビクとしながら俺の方を向いてくる。コップを持つ手が震えているので事の大きさを感じさせる。
「大事な話って?」
「再婚相手の人にも子供がいるんだ。その話をするのをすっかり忘れてた」
確かに大切な話だ。こっちはてっきり1人だけかと思っていたんだから。このタイミングになって思い出したことには色々と言いたいが、今父さんを責めたってしょうがない。
「へ、、、へえー。なんだ、そんなことか」
理解のある息子を演じるために本当は叫びたい衝動を抑えてなんとか返事をする。
「ちなみに性別は?」
「女の子だよ」
そう耳元で囁かれる。ちなみにそう発したのは父さんじゃない。その所為で全身に悪寒が走る。恐る恐る振り返るとそこには白糸雪奈がいた。そして、その隣にはスーツ姿の大人の女性が困った顔で立っている。
見た瞬間、この人が父さんの再婚相手なんだろうとすぐに気付く。…ということは白糸雪奈が父さんの言った子供な訳で。
「これからよろしくね。硯君」
前言撤回、何もかももっと早く聞いておきたかった。




