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第19話.「伝えたい想い」

”ありがとう”


 たった一言伝える。それだけなのに俺にとっては高過ぎるハードルだ。そして、それは時間が経てば経つほどに高くなっていく。


 『そんなもの向こうが勝手にやったんだから気にしなければいい』


 そう言われたらその通りだ。実際、昨日はそう思うことでやり過ごしたわけだし……。でも、今になって振り返ると後悔してもし足りない。


(はぁぁーあ、なんであの時言わなかったんだよ。まーじで、どうやって伝えよう)


 卵が油の上で踊る音を聞きながらどうするかを考える。こういう時に自分が意外と真面目なんだと思わされる。


(朝会った時、、、いや無理っ。朝からそんなことできない)


 考え事をしているうちに卵は焼けていきあっという間に玉子になる。時間はあるようでないし、やる事もまだ残っている。それらをしながら何かいい案が浮かぶことに賭ける。


・・・・・・


・・・・・・


 とか言ってたら結局、大した考えが浮かばないまま全ての作業が終わってしまう。

 

(異性だからって言うのを理由にしたら駄目だよな。礼を伝えるなんて人として当たり前のことなのに。父さんや鈴香、春香さん以外にまともに関わって来なかった弊害か)


 いい案が浮かばなかったので学校で鈴香に相談しようと思い、靴を履く。そして、玄関を出て道路に出ようとした時、郵便受けの中に新聞が入っているのを見つける。


 いつもは父さんが取りに行ってからリビングに来る。今日はまだ起きて来ていなかったのでまだあるのは当然だ。

 

(えっ、もしかしなくても昨日って父さんは筋肉痛のまま取りに行ったのか? 俺がいたんだから言ってくれたら良かったのに)


 俺が言えたことじゃないけど、昨日みたいな時は頼って欲しい。じゃないと、俺がいる意味がない。その割には昨日もだし今日も早めに家を出ているんだけども……。


 1度締めた鍵を再び開けてまた家の中に入る。たったの数十秒で家を出た時と様子が変わっているなんてことはなく、当たり前に誰もいない。リビングのテーブルの上に新聞を置く。


 その時に突如として考えが降ってくる。


(あっ、手紙……)


 とてもとても簡単なその考えが今まで浮かばなかったことに自分の馬鹿さに涙が出そうだ。都合よく近くにメモ用紙があったのでそこに感謝の言葉を書くと白糸のランチバッグの中に入れる。


 我ながらこれしか良い方法が思い浮かばなかったのだからしょうがない奴だと思う。でも、やり方はどうであれ、これでスッキリした状態で学校に行ける。


 靴を履き直した俺は再び学校へと向かう。昨日と変わらない疲労感はあるが、心なしか少しばかり軽かった。


〇〇〇


 教室に着くと昨日の様に机に伏す。昨日ほど疲れていないし、寝めくもないがそれでも伏すのはこの後のため。本を読んだり予習をしてもいいが、それよりは少しでも休んで授業に集中できるようにした方がいい。


 窓を開けなくても聞こえてくる運動部の声を聞きながら目を瞑る。昨日のように寝れないが頭を休ませるにはうるさすぎず、むしろ心地良いくらいだ。


 5分……、10分……、20分……。


 段々と増えるクラスメイトの声で時間が経っているんだと実感する。


「あーん、そうだね。じゃあ、また後で」


 この声は鈴香だろうか。たぶん他のクラスの友達と教室の前で分かれて入ってきたんだ。


 近付いてくる足が妙に胸を痒くさせる。


「裕翔……また寝てるよ。まったく」


 俺の少し後ろから声が聞こえる。


「あっ、そうだ」


 何を思い付いたのか悪戯っぽい笑い声が聞こえてくる。そして、衣擦れの音が聞こえ耳元で鈴香の吐息が聞こえたかと思えば、右耳の穴に息を吹き込まれる。


「ひゃっっっ!?」


 瞬間、俺は飛び起きる。 


 いきなり息を吹き込まれたことによる反動で耳を抑えながら鈴右後ろを見ると吹き出しそうになっている鈴香がいた。


「何をしてくれた?」

「ちょうどいいところに裕翔の耳があったからついね」

「『つい』じゃねぇよ」

「おかげで面白い反応が見れたよ。……ぶっ」


 鈴香は抑えきれなくなって声を出して笑いだす。その声を聞いて、、、いや、俺が変な声を出したことで変に注目を集めてしまったことに気付いて途端に恥ずかしくなる。その恥ずかしさと怒りをこんな事をしてきたに原因にぶつけてやろうと睨みつける。


「ご、ごめんごめん。裕翔がまさか耳が弱点だったなんて」

「弱点じゃないし誰だっていきなりされたら驚くだろ。それに……」


 余計なことを言いそうになり、口を抑える。


 周りから浴びる視線は主には奇妙な声が聞こえたことへの興味だろうが、その中に鈴香へ沸いた怒りが冷めるほどの殺意に似た感情が混じった視線を感じたからだ。


 一通り笑い済んだのか鈴香は俺の前の席にある椅子に腰かけてくる。もちろん、そこは鈴香の席じゃない。


「いや、なんで」

「もう少し裕翔の顔を見て行こうかと思って。駄目……?」


 言いながら頬杖をついてくる。


「(まだ何も言ってないんだが?)」


 さっきの事があるので小声で文句を言う。


 自分が望んで作った今のイメージとはいえ、これ以上は望んでいない。まぁ、誰も俺の事なんか気にしてないだろうけど、それでもこういうことがあると望まない方へと進んでしまうもの。だから、極力目立ちたくない。


(鈴香と話している時点でそれも無理な話か)


 入学から1か月近くで俺達が幼馴染って関係は広まっているとは思う。けど、なるべく憂いは無くしておきたい。かと言って、厚意を持って関わってくれてる上に貸しのある鈴香にそんなことを言えるはずもないのでこのことは黙っておく。


「(そう言えば昨日は大丈夫だった?)」


 鈴香は空気を読んで小声で聞いてくる。


 どうやら俺の文句は無視あれたようだ。……別にいいけどさ。


 これまでに無いほど話したし、触られもしたし、おかげでまたアレをやってしまったけど、誤魔化す。


「(まぁ、なんとか)」

「(嘘つき)」


 けど、幼馴染ってこともあってかそれはバレてしまう。


「(僕が昨日言ったことを忘れたのかな?)」

「(ちゃんと覚えてる。おかげで精神的に楽になったし、白糸とのことに集中できた。ありがとう)」


 俺が感謝を伝えると「やれやれ」と言いたげなドヤ顔を見せてくる。


 実際、本当のことなので何も言えない。


「(じゃ、じゃあさ。アレも……?)」

 

 鈴香は抽象的な表現で聞いてくる。


 俺は当然、なんのことか分からない。なので聞き返す。


「(アレってなんだ?)」

「ばか」


 普段通りの音量でそう言って立ち上がると、自分の席に向かっていく。


 いったい何が不満だったのか、俺は知れないまま時間は経っていくのだった。

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