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第18話.「善意」

 白糸雪奈という女子について俺は何も知らない。知ろうとも思っていなかったのだから当然な話だ。それは白糸にも同じことが言える。


(いや、正確には俺に合わせてくれていたのか)


 でも、今日、白糸は自分から歩み寄ってきた。我慢の限界だったのか、何かきっかけがあったのかは定かじゃないが……。


 『本当は裕翔君と仲良くなりたい。せっかく家族になったんだから、今の関係のままは嫌だ』


 この言葉が白糸雪奈という人間がどんな人かを教えてくれてる。だから、本当なら俺も歩み寄るべきなんだと思う。……思うんだけど、どうしてもトラウマが許してくれない。いくら気が楽になっていたって、いくら覚悟を固めたって許してくれない。


 まぁ、そんなことは俺の事情だから白糸には関係のない話。だから、俺は白糸に質問攻めにあっている。


『手伝うよ』


 4人での夕食が終わり、皿を洗っていると白糸が隣に来た。大した量じゃないと一度は断ったのだが、それでも白糸は手伝うと……。あんまり断りすぎるのも変なので仕方なく妥協した。したらこれだ。


『いつから付き合ってるの?』


『どっちから告白したの?』


『どこが好きなの?』


『てか、元々の関係は?』


 その結果がこれだ。


 いちおう気を使って小さい声で話してくれてたが、それでも父さんに聞かれないかヒヤヒヤする。だって、聞かれたら間違いなく父さんも話に入ってくるだろうから。俺が春香さんによく知られているように、鈴香も父さんに知られている。たとえ会話の中に名前を出さなくても偶発的に知られるリスクはある。それを考えるとやはり父さんの耳に入れない方がいい。


 白井にしたって全部が全部嘘を言うわけじゃない。ある程度は本当のことを混ぜないといざって時に困る。……まぁ、そもそも付き合っていること自体が嘘なんだけど。


 食洗器に俺が軽く濯いだ食器を並べながら話を続ける。


「2人は幼馴染なんだ。えぇーいいなぁー、そういう関係」

「そ、そういうものですか」

「うん! 憧れる!!」


 最後の1枚を渡し終わると風呂の準備と言って自分の部屋に逃げ込む。


 鈴香のおかげで多少マシになっていたものの、それでも1対1での会話は厳しい。幸運だったのはそれほど会話している時間がなかったこと。そうじゃなければ今頃は朝のようにしていた。


(せっかく白糸が歩み寄ろうとしているのに俺は何をやっているんだ……)


 それもこれも……なんて話は何回もした。


 なので、今はこの後のことを考える。風呂を終えたら昨日のように洗濯を回して、風呂を洗って、髪を乾かして、それでもってまた昨日の様に洗濯物を干す。


(……また下着問題にぶつかるのか……。今日こそは冬美さんに頼もう。白糸には悪いけどそっちならまだ耐えられる)


 昨夜は偶然、いいタイミングで白糸が来てくれた。でも、今日はそうはならないだろう。白糸は『遠慮なく』と言ったけど、出来るなら苦労はしてない。それにやぱり1対1にはなりたくない。今後の生活を考えると打ち解けて仲良くなるに越したことはないけど、、、今日はちょっともう限界だ。


「疲れたぁ」


 思わず声になってしまった。


 できることならこのまま1人で過ごしたい。だけど、また1階に戻らないといけない。風呂もそうだし、ある程度は同じ空間で同じ時間を過ごさないといけない。じゃないと、また昨日みたいの父さんに怪しまれてしまう。


(……大丈夫、きっと大丈夫……)


 根拠も自信もない空っぽの言葉で自分を奮い立たせる。何も2人だけで過ごすわけじゃない。ならきっと少しは耐えられるだろう。


 タンスから適当に寝間着と下着を取り出すと俺は風呂へと向かう。


〇〇〇


 ……聞いていない。


 風呂を出てざっと髪を乾かしてからリビングに行くといると思っていた人達の姿がなく白糸だけがいた。


「なんかお母さんが飲む分のお酒をきらしてたみたいで歩いて買いに行っちゃった」


 白糸は俺になんでいないのかを理由を教えてくれる。


 昨日の段階で父さんだけでなく冬美さんも飲むのは知っていた。けど、わざわざ買いに行くほど好きだとは思わなかった。しかも2人で……。


 徒歩5分くらいにところにコンビニはある。


 歩いて……2人で……、父さん、実は結構浮かれていたりするのかな。俺としては全然いいんだけど、よりにもよって今か。こんなの俺の事情だし、しょうがないことなんだけど、今かぁ。


(でも、それならそれで部屋に戻ればいいだけ)


 そう思いリビングのドアを閉めようとすると白糸に「あっ、待って待って」と止められる。がっつり顔を合わせている以上、無視はできないので立ち止まっていると白糸が傍に寄ってくる。


「なんでしょうか」

「ずっと気になってたんだけど、裕翔君って髪の手入れしてる?」

「手……入れ?」


 何を言うかと思えば、髪のことだった。お洒落目的ならしてるだろが、俺はそうじゃない。だから、しているはずがない。


「せっかく伸ばしてるならやらないと勿体ないよ」

「いや、でも、何も知らないですし」

「ドライヤーの温風で乾かした後に少し冷風を当てるだけでも結構違うよ。と言うか、全然乾かしてないじゃん。来てっ」


 俺は洗面所へと連れ戻される。


 白糸はコンセントにドライヤーのプラグを挿すと俺の髪を撫で上げてくる。

 

「やっぱり。外側は乾かしてあるけど、内側はベトベトだよ」


 そう言って電源を入れると温風で乾かし始める。


 理由は分からないが白糸には悪意は無いし、むしろ善意しかないのは俺でも分かる。それでも無理なものは無理だ。こんな状況では白糸に触られていることを意識せずとも身体は震えるし呼吸は乱れ始める。刻まれたトラウマが白糸の善意を超えてくる。


 数分してようやくドライヤーの温風が止まったかと思うと、次に白糸は冷風を当ててくる。どうしてやるか説明をしてくれているみたいだがドライヤーの音と精神状態が相まって耳には声があまり届かない。それが俺にとってありがたいことだとは白糸には言えないな。


 またしばらくしてドライヤーの音が止む。今度こそ終わりのようだ。


「あとは櫛でとけば終わり。本当ならヘアオイルとかあれば良かったんだけど……そこまでは良いっか。じゃあ、あとはお願いね」


 それだけ言うと白糸は戻って行く。


 俺はようやく解放されたことに安堵した。身体は震えているし、気分は悪い。それでも安堵した。俺は自分を落ち着かせる為にその場に居続け、数分かけてひとまずの落ち着きを取り戻す。そして、気付く。


(お礼、、、言えてない)


 と。

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