第15話.「唯一の安心と不穏な呼び出し」
「おーいっ、そろそろ起きなよ」
鈴香の声と肩をゆすられた揺れで目が覚める。
顔を上げつつ縮こまった身体を伸ばす。かなりしっかり寝れたおかげか朝起きた以上に頭がスッキリしているし気分が良い。
「おはよう、裕翔」
「おはよ。起こしてくれてありがとな」
「良いけど……何か忘れてない?」
俺と対照的に鈴香は少しむっとした表情をしている。
(……忘れてること? あっ)
鈴香に言われ思い返すと朝方確認したメッセージに既読をつけるだけつけて返信するのを忘れていた。
「ごめん、見たのが朝早かったから起こしたら悪いと思って、少し後に返そうと思ったら完全に忘れてた」
「嘘はない?」
「誓って嘘はない。と言うか、そんなしょうもない嘘はつかない」
散々嘘をついている俺が言っても説得力はないな。そして、それを知っている鈴香が今更信用してくれるかは微妙なところ。
鈴香は数秒間、ジーッと俺のことを見たのちに「ふふっ」と笑う。
「確かに、裕翔はこんなしょうもない嘘はつかないね。あっ、じゃあ今返事を聞かせてよ。送るつもりはあったんでしょ?」
もちろんそのつもりだった。ただ、さらっと見ただけなのでどんなメッセージが来ていたのか覚えていない。なのでスマホを取り出して打ちかけの文章を確認するかのように鈴香からのメッセージを確認する。
『今日は大丈夫だった?』
土曜日のことがあったからか、心配をしてくれたみたいだ。俺なんかの心配をしてくれるなんてありがたい。
実際大丈夫だったかどうかと言ったら微妙だし、寝る直前に限れば大丈夫ではなかったと思う。なんせ、あんな行為は普通じゃない。正直に話すなら「大丈夫じゃなかったけど、自分を守る為に自分の首を絞めたから大丈夫になった」みたいな感じか。でも、こんな事はたとえ鈴香だったとしても言えない。だから、俺はまた嘘を重ねるしかない。
「大丈夫だったよ。心配かけさせてごめんな」
結局、しょうもない嘘をつくことになった。でも、仕方がない。こうするしかないんだから。
「ふーん、なるほどね。裕翔がそう言うなら、まっいっか」
妙に含みのある言い方をされた気がする。このままこの話題を続けていたらといつかボロが出そうだ。
俺は話題を変えるためにカバンから昨日作った栞を出す。
「これは?」
「一昨日さ、鈴香と別れた後に探したんだ。それで、たまたま2つ見つけたから栞にしてみた」
鈴香は俺が出した栞を手に取り、じっと見ている。クローバーの押し花が1枚だけの栞だ。カラフルではないし、可愛くもないからそんなに見る必要はないと思うが……、まあいいか。
「アイロン使って初めて作ったにしては上手く出来たと思うんだ。せっかくの四つ葉だし、俺は1枚あれば十分だから鈴香が貰ってくれると嬉しいんだけど、いる?」
「つまり、裕翔とお揃いってこと?」
「そういう事になるな。嫌なら返してくれていいよ」
そう言って手を伸ばすと鈴香は栞を持ったまま手を引っ込める。そして、「駄目」と言ってくる。俺としては貰ってくれるだけでありがたいけどそれにしたって『駄目』か。もう気に入ってくれたんだろうか。確かに自分でも一周回ってこのシンプルさが気に入っている節はある。
鈴香は「ありがたく貰っておくよ」と言い、手帳を取り出すとその間に挟む。
「それにしても裕翔がこんなことをしてくれるなんてね」
「ん? どういう意味だ?」
「自覚無し……と。なるほど、なるほど。それはそれで嬉しいよ」
一緒に出したペンでそのまま手帳に何か書き込むとしまう。今の言葉にどういう意味があるのか、俺にはよく分からないが、馬鹿にされたわけじゃなさようってことだけは分かる。とにかく、嬉しそうにしてくれたなら作り手としてはなによりだ。
そんな感じで朝のホームルームが始まるまで、そして終わったあとも授業が始まるまでの時間も話す。途中、話の流れで春香さんからのお誘いの件を聞く。
「日曜日の10時ね。春香さんに今のところ大丈夫だからその時間にお邪魔しますって伝えておいて」
「任されたよ。……なに? 他人から見られるのに慣れているからって、そんなに見られると僕だって恥ずかしいよ」
「いや、土曜日に伝言を頼まれるのが不満そうだったからつい」
あの時、『はぁ~あ』と溜め息をつくくらいには不満に思っていたのは確かだ。でも、今日はそれをせずに了承してくれた。深く考えなくて良いことかもしれないけど少し気になる。鈴香は「あーそれね」と軽く笑ってくる。
「気にしてくれたんだ」
「まぁ、気にはなるだろ。その割に今日も頼んじゃったけど」
「土曜日みたいにいじけて欲しかった?」
そんなわけないので意思表示のために軽くチョップする。
「あっ、まただ。暴力反対~」
「ならもうやめてくれ」
「今日みたいな誠意を見せてくれるなら考えないこともない。……なんてね。大丈夫だよ、もうやらないから」
いつもだし、今もだけど、鈴香と話しているのが1番安心する。父さんも安心するけど、話していない事が多すぎてどうしても後ろめたさが勝ってしまう。鈴香に話してない事(例えば小学校の時にされた事)はあるけど、父さんよりは後ろめたさを感じない。
だからこそ、偽装彼女なんてものの出番は来ないで欲しい。もし、その時が来たら俺は鈴香との会話すら楽しめなくなる気がするから。
(鈴香は「気にしないで」って言いそうだけど、やっぱり巻き込めない)
俺にはその時が来ないように祈ることしかできない。だけど、その時は俺の想像していたよりもずっと早く訪れる。
「ごめん、ちょっと良いかな」
その声に俺は心臓がキュッと握られた感覚になる。
「何かな?」
どっちに向けての声か分からなかったけど、先に鈴香が反応してくれる。鈴香の目線でその人物が俺の後ろにいることを知る。
(なんでだ……。話すことなんて何もないだろ)
少し遅れて俺も鈴香の見ている方を見る。案の定、そこには白糸がいた。
「少し話したいことがあるの」
「それは、どっちに?」
「出来るなら2人がいいな」
何を話そうとしているのか考えたいが、急に来た恐怖と痛む心臓、乱れそうな呼吸がそれをさせてくれない。そして、事態は俺を置いて進んで行く。
鈴香は俺の異変を感じ取ってか自然な流れで椅子に座ったままの俺の隣に来ると背中に手を置いてくる。安心させようとしてくれているみたいだ。おかげで恐怖も心臓の痛みも無くならないが、呼吸だけは平静を装える。
「ここじゃ駄目なことなのかな」
「なるべく他人の耳には入れたくないから。それに、裕翔君もまだそっちの方が良いでしょ?」
未だに白糸の考えは読めない。
(なんだ、「まだ」って。まさか気付かれた? い、いや、何もしくじってないはず。じゃあなんで?)
そこで白糸と話しておかなければいけないことがあることに気付く。
「だってよ裕翔」
「……場所の当てはあるんですよね。案内してください。鈴香は?」
「行くに決まってるだろ。僕にも用事があるみたいだから」
「2人共来てくれるんだ。じゃあ、さっそく行こっ。裕翔君が言った通り、場所の当てはあるの」
そして、3人で教室を出て行く。
途中、きつめの視線を感じた気がしたが目の前に立ちふさがる問題に比べたら些細なものだろうと気にするのをやめた。




