第13話.「ネットの中身は下着か、それとも靴下か」
洗濯機から衣類を取り出すと、いつも干している2階の空きスペースまで持って行く。4人分の洗濯物の重さは俺が持つには大したことは無いが、これまでの生活とは変わったんだということを伝えてくる。
(昨日、今日で十分分かったつもりだったのに……。きっと、まだまだ味わうんだろうな)
そんなことを思っているとさっそくやつらが現れる
普通の人ならなんてことのない女性ものの洋服とズボン、そしてロングスカート。男だけの生活ではまず見ないそれらが俺の手を止めてくる。
自分で決めた手前、あまり弱音を吐きたくないが……言っちゃうとかなりキツイ。
それでもなんとか干しきる。
(ゔっ、、、ぐっ、、、きつい)
とは言え、まだ干す物はあるので次へと進める。
やっとの思いで干し続けて、気付けば籠の中身は3つの洗濯ネットだけになっていた。「(何が入っているのか)」と干した物を振り返ると残すは4人分の靴下と2人の下着のみ。
つまりはそういうことだ。
(女性用下着がネットに入ってる理由はなんとなく分かる。ただ、靴下はなんでだよ。誰かご丁寧に入れてくれたなぁ……!? あぁ、もう、、、無理無理無理無理無理無理ィィ)
こればかりは俺が中身を確かめるわけにもいかず、助けを乞いに冬美さんのいる1階へ向かう。
(冬美さんは確か父さんと晩酌していたからまだ起きてるはず)
案の定、まだ起きている。でも、父さんとの楽しそうな声が聞こえリビングのドアを開けようとした手が止まる。
(2人の邪魔をしたくない)
そう思い、何も出来ずに2階へ引き返す。
ならば頼るべきは白糸だけど、それだけは本当に無理だ。出来ることなら今日はもう関わりたくない。
だが、その願いは叶わず、白糸が欠伸をしながら自分の部屋から出てくる。
「やっば、寝ちゃってた」
その姿が目に入った瞬間、俺は固まってしまう。そのまま白糸と目線がぶつかり、その瞬間に全身から汗が噴き出る。
「あれっ? どうしたの?」
固まったままの俺に白糸は近付きながら聞いてくる。
「……あっ……えっ……あっ……」
普通に話せば良いのにそれが出来ず下を向いてしまう。心情的には下着の入った洗濯ネットが……とか、どうでも良くなった。
(早くどっかに行ってくれ……!!)
だが、俺の気持ちとは反対に白糸は残った籠の中身を見ると洗濯ネットを取り出し確認する。そして、今だに下を向いたままこ頭を撫でながら言ってくる。
「みんなの服を干してくれてありがとう。今日は寝ちゃってたけど、量あるし大変だろうから次からは遠慮なく呼んでね」
そう言ってわざと見えない位置に置いたピンチハンガーの方へと歩いていき、そして、下着やらが干し終わると階段を降りていく。
(いや……えっ……何をされ……ゔっ)
俺はすぐに部屋に戻り、昨日のようにまた布団の中に身を隠す。そして、葛藤も迷いもなく昨日のように首に手を向かわせる。
同じなのは限界を迎えたこと。違うのはその理由。昨日はトラウマを思い出したことによる精神の限界だったが、今日は違う。多少は白糸と関わったことによるストレスがあるだろうけど、1番の理由は父さんや冬美さん、白糸へ対する申し訳なさだ。
だから、昨日と違って痛くて苦しい。こんな行為に救いなんて無いし、意味は無い。でももし、何か意味を作るなら父さん達への贖罪かな。
(あぁ、頭が真っ白になっ……)
謝罪の言葉すら言えないまま、俺の意識は途切れた。
●●●
夕日の差し込む教室、机や椅子の大きさからここがどこかすぐに分かる。
(……あぁ通ってた小学校か。ってことは……あっ)
周りを見ると記憶に深く刻まれた顔が3つ。下卑た笑顔を浮かべながら俺を見下ろしている。
(久しぶりに見る顔だ。相変わらず胸糞悪い)
声は聞こえないが、口は動いている。そして、3人のうちの2人が俺の身体を抑えつけてくる。
「や、やめて」
まだ声変わりする前の自分の声が聞こえる。もう何回見たか分からない夢だ。流石に慣れただろと思うがそんなことはない。
真ん中に立つ1番偉そうにした女が指示を出して2人が身体を押さえつけてくる。残った1人が持っているのはカッター、ガムテープ、そしてドッキリアイテムとして売られているペン先から微弱な電流が流れるアレ。
微弱とは言え、皮膚の下に直接流されれば痛いものは痛いし、我慢なんて出来ずに泣きもする。その為のカッターだし、ガムテープも口を塞ぐ為だ。
『なんでこんなことをされている?』と問われれば、この日から更に1年近く前に俺が首を突っ込んだとある事が原因だ。これはその時の仕返し……。だから、しょうがないと言われればしょうがない。
-クチュクチュクチュッ。
カッターで作った傷にビリビリペンの先端以外の何かを入れられるが、ガムテープで目を隠された為に何を入れられたかは分からない。だけど、身体が与えられた激痛と皮膚の下で蠢く感覚は覚えている。
本来であればこのシーンだけで終われば良いが、残念ながら現実はそうはいかない。この前にもあったし、後にもあった。それでも何回もこのシーンを見せてくるということはここが1番深くトラウマが刻まれているからだろう。
あぁ、全てが懐かしい。確か、この日に初めて思ったんだ。『もし次に会うことがあれば、自分達を捨てた母親を殺して俺も死のう』と。
残念ながらそれは叶わなかったし、今となっては殺意も何も無くなってしまった。それだけ父さんが愛情を注いでくれたってことの証でもあるんだけど、そんなことは当時の俺にとってはどうでもいい話だな。
全てが終わり、満足した奴らは最後にありきたりな罵詈雑言を浴びせて帰って行った。そして、俺は1人残され泣いている。
何回見ても思える。
この日の出来事は確実に俺を狂わせたと。
だからこそ思える。俺の父親があの人で良かったと。
じゃなきゃ、俺は生きていない。




