第12話.「親子水入らず、湯の中にて」
午後も午前と同様に自室でゆっくりしていた俺は夕方になると父さんの突然の発案で白糸達と市内の入浴施設に行くことになった。
『準備した期間があったといえ、まだまだ3人とも緊張していることだろう。ここはその緊張と、そして身体の疲れをほぐす為にも温泉に行こう』
本当は自分が行きたいだけではとも思うが、まぁ良いか。俺も疲れは取りたいし。
そう思って着いてきた筈なのに未だに温泉にはまだ入っておらず、なんなら4人で卓球をしている。
『温泉に入るならやっぱり身体を動かした後だよな』
こちとら昼飯を作りながら引くほど汗をかいて着替えもしたって言うのにこの人は何を言ってくれてるのだろうか。
(しかも、よりにもよって白糸と同じペアかよ)
俺が何をするにしても白糸との問題はついて回る。
冬美さんとは打ち解けて普通にしていられることが分かったが、そうはいかない。一見楽しくやっているように見せても内心では今すぐ離れたいし、なんなら帰って1人になりたい。
それでもなんとか平静を装って卓球を続けているのはこの時間を駄目にしないため。我ながら健気なもんだ。
「よっ」
「……」
「ほっ」
「……あっ」
学生2人のペアといい歳した社会人が2人のペア。どうなるかは初めから分かっていた。
--カンッッッカンカン、と卓球台でピンポン玉が跳ねてそのまま床に落ちる音が響く。
「裕翔君、上手!」
白糸にそう言われるがただ普通に打ち返しているだけだし、向こう側(特に冬美さん)が空振りしまくっているだけだ。
「はぁはぁ、、本当に、、上手、、、だね」
「えっ、お母さん大丈夫?」
「だ、、いじょ、、、うぶ」
「いやいや、説得力無いって。普段から運動なんてしてないし、歳も歳なんだから無理しないでよ」
今、唯一救われることがあると言えば同じ側に立っているから白糸の顔を見なくていいことぐらいだ。それでも気が気じゃないのも確か。何故なら冬美さんと同じように息の上がった父さんに俺は声をかけれていないのだから。
「たっつんも大丈夫?」
「ま、、まぁ、、ギリギリ、、ぜぇぜぇ」
代わりに白糸が気にしてくれる。父さん的にも俺よりも白糸の方が嬉しいだろう。なんせ義理の娘になったとはいえ、華のJKから心配されてるんだ。俺なんかよりずっと良いに違いない。
それからは2人の呼吸が落ち着くまで待って、ようやく入浴に向かう。
「ふぅぅー」
確かに少し身体を動かしてから入る風呂は普段よりも数倍気持ちが良い。そう考えると父さんに感謝しても良いかもと思う。
「良いもんだろ?」
声を漏らしてくつろぐ俺に父さんは話しかけてくる。
「だねー。悪くない」
「そして上がったら腰に手を当ててコーヒー牛乳をグググーっと」
「ふふっ、堪らないやつだ」
2人で1番大きい風呂に浸かりながらそんな会話をする。思えば父さんと2人で風呂に入るなんて久しぶりだ。ここに来たのだってそう。
昔は下から見上げてたけど、今では背は同じくらいだ。でも、背中の広さはまだまだ敵わない。入る前に背中を流している姿を見てそう思った。
「最近はどうだ? 高校は楽しいか?」
「まぁ、ぼちぼちかな」
「そうか」
実際はぼちぼちどころか何にも無い。でも、俺が望んだことだからそれで良い。ただ、父さんに嘘をつくのはいつだっだって心が痛む。
「……あの2人とは長くやっていけそうか?」
父さんは話の流れを使って更に聞いてくる。でも、白糸親子関係で何か聞いてくるならこのタイミングだと思っていたのでそんなに驚かない。
「実はな、今朝話したことを冬美さんから聞いたんだ。余計なことを言ったんじゃないかって心配してた。俺ももう遠慮はしないでくれって思ってる。今まではやりたいと言ってくれた裕翔の気持ちを優先していたけど、もしそれ以外の理由があるならもうやめてくれ」
父さんも冬美さんみたいに言ってくるんじゃないかと思ってた。だから、朝とは同じ轍を踏まないようにちゃんと気持ちは作ってきた。
「今までもだしこれからもだけど、俺がやることは全部やりたいと思ったからやってる。それ以外の理由はないよ」
「中学3年の進路希望表で中卒を採用してくれる会社ばかり書いたのもやりたかったからか? 最終的には高校進学を選んだけど、本当にあれは裕翔のやりたかったことなのか? お前はまだ子供なんだから考え過ぎなくて良いんだ」
あぁ、実に父親だ。実際に父親なんだから"実に"も何も無いんだけど……。
父さんは俺の目を真っ直ぐ見ながら話してくれる。でも、俺はその目を目返せない。だから、代わりに父さんを安心させようと笑顔を作る。
「俺は父さんと違って辛抱強くないから無理なことならとっくに辞めてる。今もやってるってことはそういうことじゃん。だから、心配はいらないよ」
母親に捨てられてすぐの頃、父さんは自分だって辛いはずなのに俺のことばかり心配してくれた。何がどうして出て行ったのか教えてもらえなかったけど、父さんが泣いていたのは知ってるし、だからこそ何もかも投げ出したって良いはずなのにそれでも俺を優先してくれた。なら、俺が今やっていることを途中で投げ出すわけにはいかない。
父さんと言葉を交わしたからか、少しのぼせ気味になってきた。
外に出ようと涼もうと立ち上がる。
「俺は裕翔が言っていることを信用したい。だけど、時々無理を隠して俺に嘘を言っているんじゃないかと思う時がある。最近だとこの前の再婚話の時がそうだ。……なぁ、あの時の言葉は本心か? 本当に再婚して良かったのか? 本当に冬美さん達と同居して良かったのか? お前に本当に彼女は……」
立ち上がった為に足だけが浸かっているとはいえ、いい加減熱くなってきた。話している途中で悪いとも思ったが、冬美さんの時の様にまた遮ることにした。
「俺が今日ここにいる。これが答えだよ」
そう言うと父さんを置いて外に向かう。
(うぅ寒っ)
まだ5月の中旬に入ったばかり。昼間は暑くなってきたが夕方は服を着ててもまだまだ肌寒い。だから、のぼせ気味だった身体を冷ますには外の空気は少しばかり涼し過ぎた。
○○○
あれから風呂を出た俺達はついでという事で夕食も済ませてから帰ることに。ば最初からそのつもりだったんだろう。
(正直、リラックスしきった身体で料理をするのは気持ちが進まないから有り難い)
帰って来てからはとりあえず洗濯を回す。終わるまでの間、「明日の準備をする」と言って部屋へと避難した。帰りの車ももちろん白糸と隣で、せっかく風呂に入ったのに冷や汗ダラダラになるかと思ったがその白糸が乗ってすぐに寝てしまったので危惧したことにはならなかった。
さて、学校の準備と言ってもほとんどが終わっている。なのでやるなら最終確認くらいなもので、あっという間に終わってしまい手持ち無沙汰だ。その時、今いる勉強机とは別の小さい机の上に四つ葉のクローバーが置いたままになっているが目に入る。
(そう言えば、昨日からあのままだな)
せっかく暇になったことなのでアイロンやら必要な物を持ってきて調べながら押し花を作り始める。
(まずはアイロンを低温にセットして、準備が出来たら数秒当てる。それで離して、冷めたらまた当てると)
昔作った時は何日もかかった記憶だが、こっちの方が早くて良い。どうして春香さんはこっちのやり方を教えてくれなかったのだろうと思う。
(アイロンを使うわけだから危ないって理由もありそうだけど、あの人のことだし時間をかける大切さとかを教えたかったんだろうな)
結局は予想になってしまうので今度会った時に聞いてみようと思った。
アイロンを数回当てると全体がピンとしてきた。どうやらこれで完成らしい。あとはラミネートフィルムに挟んで加工して栞になった。クローバーだけは味気ない気もするけど、シンプルなのが好きなのでこれでいい。もう1つの方も同じように栞にする。
(作ったは良いけど、さてどうしよう。1枚は俺が使うとして鈴香はこんなのいるかな。子供っぽいしいらないかな。……まっ、とりあえず聞いてみてからにすれば良いか)
メッセージで聞けば早いがどうせ明日学校で会うのだから直接聞けば良いかとカバンの中に栞を入れる。それから適当に時間を潰していると洗濯機の終わる音が聞こえる。あとはこれさえ終われば今日のやることは全て終わる。そう思ってたし、実際そうだ。
(楽勝だな)
だが、予想とは反対にそれが今日最後の山場として俺の前に立ちはだかった。




