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地獄の始まり

「それではこれで体育祭の競技決めを終わります。皆さん気合いを入れて赤組の優勝を目指しましょう!」

先生の気合いの入った一言と共にクラス全体がやる気で満ち溢れる。体育祭の競技も決まり既に盛り上がりも絶頂の中、雪は一人死にそうになりながら机の上で寝たふりをしていた。

競技決めはもちろん激しい取り合いになり、陰キャで自分の意見を言わない雪は当然人気のない余り物しか取れなかった。

その結果雪は借り物競争とクラス対抗リレーと二人三脚という雪の苦手な競技に参加することになってしまった。

体力のない雪にはクラスの足を引っ張ることしかできない。このままでは負けた時にみんなから責められるのが目に見えていた。

「はあ、もう無理。やっぱり本番は休もうかな。」

雪は一人で静かに呟いた。既にクラスメイトの大半は学校が終わり教室を出て行ったが今の雪にはそんな気力はなかった。

「おーい、雪ってば何溶けてんの?」

「わ、渡瀬さん大丈夫?学校はもう終わったよ。」

雪が溶けているといつものように日向と梓が雪の元にやって来る。

「うぅ、二人とも楽そうな競技ばっかり選んでずるいよ。私だって楽な競技が良かったのに。」

二人とも雪を裏切って早々に楽な競技を選んだのだ。そんな二人を雪は睨みつけた。

「それは雪が悪いよ。こういうのは早いものガチだろ。」

「そうは言ってもやっぱりずるいよ。二人とも私と変わってくれない?」

「そ、それは流石に無理じゃないかな?それに渡瀬さんならきっと出来るから頑張って!」

梓は天使のように微笑みながら雪を応援する。梓に応援されると本当にやれる気がしてしまう。

「というか雪は体力こそないけど運動神経はいいじゃん。本気でやれば大丈夫だって。」

「そういう問題じゃないの!運動したら筋肉痛になるし私面倒くさいこと嫌いだから。」

雪は日向を強く睨みながらため息を吐く。確かに雪は足は早いが少しでも体を動かせば次の日には全身筋肉痛になってしまうのだ。

「はあ、雪は本当に面倒くさいな。それより早く帰るよ。」

「ふふっ、最近みんなで帰れてなかったから嬉しいな。」

日向は面倒くさそうに答えながら手を差し出した。どうやら二人とも今日は部活がないらしい。

「えっと、今日は部活があるから。二人ともごめんね。」

雪は申し訳なさそうにしながら部活の準備をした。料理部はサボると木下が怖い為、嫌でも行かないといけなかった。

「そう言えば雪も部活入ったんだっけ。ぷっ、雪が料理とか似合わねえ。」

「ちょっ、そんなに笑わないでよ!私だって別に入りたくて入った訳じゃないんだから。」

雪は不満そうに頬を膨らました。別に雪の意思なんかではなく本当は今すぐにでも辞めたい。ただ活動自体は週に二回ほどしかなく、辞めようとしたら青葉がうるさいから嫌々やってるだけだ。

活動はきちんとやってるが青葉がすぐにくっついて木下が睨んでくるせいで混沌と化していた。それに何故かまだ顧問の先生とも一度も出会ってなかった。紅葉先輩曰く忙しいらしい。

「ふふっ、とりあえず私は垣根さんと帰るから渡瀬さんは部活を頑張ってね。」

梓は優しく微笑んでいるが少し不満がありそうだった。もしかしたら雪と帰れることを期待していたのかもしれない。

「それじゃあ、二人ともまた明日ね。」

雪は鞄を背負って二人に手を振りながら教室を出ようとする。しかし後ろから突然蓮が現れて雪の肩を強く掴んだ。

「おい、どこに行くつもりだよ。アタシとの約束を忘れたとは言わせねえよ。」

「ひっ、蓮ってば急に掴まないでよ。そう言えばそんな約束もあったね。」

蓮の約束をすっかり忘れていた雪は恐る恐る蓮の顔を見る。明らかに怒っている蓮に雪はおどおどする。

「とりあえずアタシについて来てくれ。すぐ終わるからさ。」

「ちょっと、急に掴まないでよ!少しでいいから休ませて。」

雪の悲鳴も儚くそのまま蓮に服を掴まれてどこかに運ばれる。そんな雪を日向と梓は哀れみの目で見ていた。

「それじゃあ僕たちは先に行くから頑張って。」

「じゃ、じゃあね。渡瀬さんならきっと大丈夫だよ。」

「ねえ、二人とも待ってよ。!この薄情者!」

雪はバタバタと騒ぎながら蓮に無理やりどこかに連れて行かれるのであった。














「はあ、無理やりこんな所に呼んでどうしたの?用事というのは何なの?」

雪はやっと蓮から解放されて地べたに座って休むことにした。周りを見渡すとそこは体育館で雪と蓮以外に人はいなかった。

「ああ、急に呼んですまなかったな。実はアタシは体育委員だから体育祭の準備をしないといけないんだが人手が足りないから手伝って欲しいんだ。」

「体育祭の準備って何をするの?」

「ほら、ここにたくさんの道具があるだろ?これは全部体育祭で使うやつだからグランドまで運ばないと行けないんだよ。」

蓮にそう言われて雪は辺りを見渡す。周りには蓮の言う通り体育祭で使いそうな道具がたくさん置いてあった。この量を二人で運ぶのは気が引ける。

「ねえ、何で私を誘ったの?もっと青葉とか木下さんといるじゃん。」

雪はやる気満々の蓮を怠そうな目で見た。雪の力じゃおそらく蓮の足手纏いにしかならないはずだ。

「それが青葉は忙しそうだったし木下は怠いから嫌だと断れたんだよ。他に頼める人が雪しかいないんだ頼む!」

蓮は頼み込むように雪に頭を下げる。そこまでされると断れなくなってしまう。

それにしてもその二人しか頼む人がないとなると蓮も友達が少ないのかもしれない。雪は同族を見つけて安心したようにため息を吐く。

「おい、突然ため息を吐いてどうしたんだ?」

「ご、ごめん何でもないよ?それより蓮の手伝いをするよ。私は力仕事とか苦手だけど。」

「本当か!そういうことなら早速運ぶぞ。アタシもバイトがあるから早く終わらせたいんだ。」

蓮は嬉しそうに笑うとそのまま重そうな道具を余裕そうに持ち上げた。雪もできるだけ軽そうな道具を運びながら辺りを見渡した。

「えっと、いくら何でも人が居なさすぎじゃない?先生とかいないの?」

こういうのは体育祭の担当がいたりするものだと思うのだが体育館には人の気配がなかった。

「それなんだが一人先生が来るはずで・・・っていた!」

「えっとどこに?って本当だよく見るといた!」

雪と蓮が辺りを見渡すと体育館の隅に黒髪で長髪の雪と同じくらいの身長の先生がいた。あの先生は美澄渚先生といい雪達の家庭科の授業を担当している先生だった。

美澄先生は普段からおどおどとしている先生で生徒からも小動物先生と呼ばれて人気だった。雪も親近感が湧いて好きな先生だった。

「おーい、美澄先生ってばこんな所で何やってるんすか?」

「ひっ、だ誰ですか?私お化けは苦手なんです。・・・って山尾さんでしたか。こんな所でどうしましたか?」

蓮の呼び声にびっくりして震えながらもすぐに落ち着くとそのまま普段の柔らかい表情で微笑んだ。今の一部始終を見ていた二人は笑いを堪えながら美澄先生を見つめた。

「アタシ達は体育祭の道具を運ぶためにここに来たんです。体育祭の準備担当の先生を知りませんか?」

「やっぱり筋肉モリモリの中島先生とかかな?頼りになる先生がいいな。」

キラキラとした目の雪と蓮を見るたびに美澄先生の顔が暗くなっていく。

「えっと、それは・・・私が体育祭の準備係です。その、期待外れですみません。」

美澄先生は申し訳なさそうに頭を下げた。雪と蓮は絶望した顔でお互いの顔を見合わせた。

「それじゃあ美澄先生が助っ人なんすか?明らかに体力無さそうすけど。」

「そ、それは私がくじ引きで負けてしまったので。力はないですが頑張りたいと思います。」

そう言っておどおどする美澄先生は小動物のようで一気に心配になる。この場で頼りになるのが蓮しかいないという地獄の状況だった。

「と、とりあえずみんなで運びましょう。私は小さい物を運ぶのでお二人は大きめの物を頼みますね。」

美澄先生はそれだけ言うとそのまま小さい道具を運び始めた。

「ねえ、今の完全に重い物運びたくないから逃げたよね?」

「間違いないな。まあ、とりあえずアタシ達も運び始めるか。」

雪と蓮は諦めて二人で大きな道具を持って運ぶことにした。二人で何とか持ち上げるがほとんど蓮のおかげだ。

「とりあえずこのまま運ぶぞ。大丈夫か?」

「う、うん。何とかギリギリ。」

雪は全身に力を入れた状態でゆっくりと一歩ずつ歩く。蓮がしっかりと支えてくれているおかげで雪の負担はほとんどなかった。

「蓮こそ大丈夫?ほとんど蓮の力のおかげだけど。」

「ああ、普段から力仕事には慣れてるからこれくらい平気だ。それより雪はもう少し力を付けたらどうだ?」

蓮は呆れたように言うが雪には力をつけるつもりなど一切なかった。元々雪はインドア派でゲームさえあればいい。昔から雪には外で楽しそうに遊ぶ子供の気持ちが分からなかった。

「私は運動とかしないから。というか蓮こそ力ありすぎだよ。どれだけバイトしてるの?」

「アタシにはお金が必要だからその分バイトもほとんど入れてるんだよ。そのせいで雪とも殆ど話せなかったしな。」

蓮の言う通り学校では殆ど話さず、学校外でも蓮が忙しくて遊んだりもしなかったためこの一ヶ月蓮とは殆ど話していなかった。

別にお互いに避けてたという訳でもなく蓮が陽キャと連んでいるのが原因だった。部活で一緒の二人とは違い蓮だけは中々話せないのが残念だった。

「また蓮とも一緒に遊びたいな。蓮はかっこよくて優しいから。」

もしかしたら最近蓮が話しかけて来なくなった理由の一つに後藤の件が含まれているのかもしれない。木下もあれから突っかかることも減ったし二人とも本当は遠慮している可能性があった。

ただそれでも雪としてはもっと二人と距離を深めたかった。二人が周りが思っているよりも優しいというのは分かっているから。

だから雪はいつもより少し頬を緩ませて笑った。この体育祭でもっと距離を深めたいと雪は心の中で思うのだった。

「それならまたアタシのメイド喫茶で働かないか?実は店長がまた働いて欲しいって言ってたんだ。」

「それは絶対に無理!もうバイトだけは二度としないから!」

雪はバイトをすることを断固拒否しながらまだまだたくさんある道具を運び続けるのだった。雪の地獄はまだまだ続く。

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