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夏の日

六月も下旬になり暑苦しい日々が続く中、雪はいつもの様にキンキンに冷えた部屋の中でぐっすりと眠っていた。

涼しい部屋で遅刻ギリギリまで眠るのが雪の日常だった。今日もいつもの様にぐっすりと眠る予定だ。

しかし外からはドタバタと慌ただしく廊下を走る音が聞こえ嫌な予感がする。

「やっほー雪ちゃん、今日も雪ちゃんを起こしに来たよ。」

「むにゃ、まだ眠らせて。後五分でいいから。」

雪の嫌な予感は当たり、雪の部屋に青葉が当然のように入ってくる。

「おーい、雪ちゃんってばそろそろ起きようよ。今日もまた遅刻しちゃうよ?」

青葉は勝手に部屋に入ってくるとそのまま雪の布団を勢いよく剥がして体を激しく揺らした。せっかくの雪の至高の時間が台無しだ。

「ん、だから青葉ってば朝早くから起こしに来ないでよ。別に学校には行くんだから。」

相変わらず朝から元気な青葉に雪は呆れた様子で欠伸をする。

後藤との件から既に一カ月以上が経ち、今は既に夏の気候だった。あの件から青葉との距離は更に近くなり今ではこの様によく雪の家を訪れるほどになっていた。

「えへへ、だって雪ちゃんと会える時間は少ないんだもん。少しくらいいいじゃん!」

青葉は一切離そうとせずに雪を抱きしめたままだった。ただでさえ暑いのに余計に暑くなる。

確かに青葉の言う通り学校では中々合わない様にしている。

というのも雪は前に青葉と近づきたいと言ったがそう簡単に前に進める訳もなかった。そのため学校内で話すことはあっても教室内では前と変わらずだった。ゆっくりと喋れる場所は屋上や放課後の教室や部室くらいしかない。

それにあれから後藤が雪に何かすることは無くなったがいつまた後藤の様に雪に近づく人が現れるか分かったものではなかった。そのことを考えてなのか青葉の方からも教室内では雪に近づこうとしなかった。

そんな青葉に感謝しつつも雪は呆れた顔で青葉を睨みつけた。

「はあ、とはいえ流石に来すぎじゃない?だって最近毎日来てるじゃん。」

「えへへ、だって私雪ちゃんのこと大好きなんだもん。」

平然と好きと答える青葉は危機感が足りてない。青葉には厄介ファンがたくさんいるのだからそんな発言してると後ろから刺される可能性がある。

「というか起きたいから早く退いてよ。青葉ってばなんか重くない?」

「む、雪ちゃんってばなんて事言うの!雪ちゃんが軽いだけで私だって重くはないもん!」

青葉は怒った様に雪のほっぺたをつねる。確かに雪はかなり体重が軽く先生にもよくもっとご飯を食べろと怒られていた。

「まあなんでもいいや。それよりそろそろ朝ごはん食べなきゃだよね。青葉は今日食べてく?」

「うん!雪ちゃんのお母さんの作るご飯は格別だからね。」

青葉はお母さんや流星とも仲が良く一緒に朝ごはんを食べることもしばしばだ。日向と遭遇したり大変なこともあるが何故か青葉はこの家に馴染んでいた。青葉にはよく陽キャの格の違いさを見せつけられていた。

それもあって青葉には中々強く言えずされるままが現状であった。

「はあ、とりあえず準備してくるから青葉は下で待ってて。」

雪は全てを諦めて青葉から離れた。こうなったらもういつもと同じ流れになる。

「はーい、それじゃあ私は先に下に行くから早く来てね。私雪ちゃんと登校するのを楽しみにしてるから。」

青葉は元気よく手を振って下の階へと向かった。

「ふぅ、青葉ってば相変わらずだよ。もう少し寝たかったな。」

やっと一人になった雪は制服に着替えながらぶつぶつと独り言を吐く。別に青葉といるのが嫌という訳でもないのだがあまりにも元気すぎて雪の体力では持たない。

更に外はものすごく暑くて干からびそうな程だった。こんな日差しの中、学校に行くなど拷問でしかない。

雪は夏用の制服に着替えて顔を洗った後、急いで青葉のいる一階へと向かった。












「それじゃあ、ここでお別れだね。頑張ってね雪ちゃん。」

「うん、それじゃあ青葉も頑張って。」

無事に二人は朝ごはんを食べて遅刻することなく登校することができた。いつもの様に一緒に歩きながら御園高校の生徒が増える前のところで別れた。

青葉は名残惜しそうに雪の手を強く握りしめていたが時間もない為、雪は無理やり青葉の手を振り解いて学校に向かった。

青葉は雪から離れてすぐに別の友達と楽しそうに会話をする。そんな青葉をみて虚しい気持ちになりながらも雪はいつもの様に自分の教室に向かった。

あれから一カ月が経っても雪に友達が増えることはなかった。ずっと日向と梓の三人が日常だった。別にそれは構わないのだが二人は雪以外にも友達がいて涙が出そうになる。

「はあはあ、やっと着いた。もう死にそうだよ。」

雪は教室に着くと息を荒げながら自分の席に座った。駅から高校までそれなりの距離があり、普通の人ならともかく雪には地獄の距離だった。

まだ朝だというのに既に死にそうな雪を見て日向と梓がやって来る。

「おーい、雪ってば何やってんの?今日も遅刻ギリギリだし。」

「渡瀬さんってば汗だくだけどどうしたの?タオル使う?」

「ありがとう梓。もう死ぬかと思ったよ。」

雪は梓からタオルを受け取り汗を拭きながら自分の席に座った。相変わらずクラスメイトは騒がしいが雪を変な目で見てくる人はおらず前と変わらずだった。

「はあ、それにしてもまだ六月なのにこんなに暑いなんて聞いてないよ。」

「まあ、言ってないからな。というかここからまだ暑くなるよ。」

「うへえ、これ以上は無理だよ。早く帰ってアイス食べたい。」

あまりの暑さに嘆く雪を二人は呆れた様に見ていた。

「そ、そういえばもうすぐあれがあるけど渡瀬さんは大丈夫?」

「あれって何?もうすぐ何かのイベントでもあるの?」

雪は気まずそうに口にする梓に違和感を覚える。まるで雪にとって不都合な何かがある様な言い方だ。

遠足は先月でこの前テストも終えたしで他に思いつくものが何もなかった。

「本当に雪ってば何も知らないな。もうすぐ体育祭があるだろ。」

「嘘でしょ、そんなのあるの?」

日向のその発言に雪は驚きを隠せない。なんといっても雪は体育祭が苦痛のイベントだった。昔から体力がなく人と関わるのが苦手な雪にとって地獄でしかない。

「渡瀬さんってばお知らせくらい見ようよ。クラスでもかなり盛り上がってるよ?」

「別に体育祭なんてなくていいよ。私運動とか嫌いだし。」

体育祭なんて運動が苦手な人に対する拷問イベントでしかなく、所詮陽キャが楽しむためだけのイベントだと思っている。

「なあ、お前はどの競技に参加する?」

「やっぱり俺は徒競走かな。やっぱり目立つ競技をしたいよな。」

周りは既にやる気に満ちておりその暑さで雪は溶けそうになる。

「渡瀬さんはどの競技をやるつもり?やっぱり渡瀬さんも徒競走だったり?」

「うーん、アイス大食い競争とか格闘ゲーム競争とかかな。」

「そんなのないよ!もう、少しは渡瀬さんも興味を持ってよ。」

梓は頬を膨らませながら一切のやる気がない雪を睨みつけた。そんなこと言われてもやる気が出ないものは出ないのだ。

むしろ梓やクラスメイトがはしゃぎすぎな気がする。体育祭なんてない方が嬉しい。

「まあ、いいじゃん。もう少しで夏休みだってあるんだし体育祭くらい我慢しなよ。」

「そっか、もうすぐ夏休みか。そう思えると確かに頑張れるかも。」

日向の言葉で雪は希望を取り戻した。言われてみればもうそんな時期だった。体育祭が終わればすぐに夏休み。一カ月以上学校を休めるなんて雪にとっては最高のイベントだ。

家でゴロゴロしてもお母さんに叱られることなくずっとゲームができる。その上でアイスを食べながらゲームができる。

雪は一人で妄想しながら涎を垂らす。そんな雪を見て二人はドン引きしていた。

「夏休みになったらみんなで遊びに行こうよ。海とか祭りとか。」

「ええ、私夏休みは外に出たくないんだけど。」

梓は夏休みに遊ぶ気満々だが雪は断固拒否する。せっかくの休みに干からびるほど暑い外に出る意味が分からない。

「そ、そんな。少しでいいから渡瀬さんも外に出ようよ。」

「私はインドア派なの。別に祭りとか興味ないし。むしろなんで梓はそんなに外に出たいの?」

「そ、それは渡瀬さんとその。・・・一緒にいたいから。」

もじもじと照れた様子の梓に疑問を持ちながら雪はため息を吐いた。いくら夏休みが近いからといってもやはり体育祭は鬱である。サボるのもアリかもしれない。

「はあ、雪ってば本当に罪な女。これを無意識でやってるんだからたちが悪いよ。」

「むっ、今私の悪口言った?」

いつもの様に乾いた笑いで嘲笑う日向にムッとする。

「言ってないってば。それより後ろ見なよ。」

「後ろって一体何が?ってわあ、蓮だ!」

日向の発言に疑心暗鬼で後ろを見るとそこには蓮が無言で突っ立っていた。あまりの静かさに一切気づかなかった。

「おい、別にそこまで驚かないでもいいだろ。それより渡瀬と話したいことがあるんだ。放課後空いてるか?」

「えっと、私に用があるの?」

「ああ、だから放課後に屋上に来てくれ。それだけ伝えたかったんだ。」

蓮はそれだけ伝えると青葉達の元に戻って行った。教室内は少しざわついている上に青葉が睨む様に雪を見ていた。

雪にはもはや拒否権もなく選択肢はなかった。

「ど、どうしよう?なんでまたこんなことに。」

「渡瀬さんってばまた何かやったの?」

雪は顔を真っ青にしたまま硬直した。日向と梓は心配そうに雪を見ている。

蓮のことだから変なことはしないと思うがまたメイド喫茶のことかと思うと雪は胸が痛いんで今にも倒れそうだった。

「もうやだあ、早く家に帰りたいよ。」

雪は突っ伏しながら嘆いた。蓮のことや体育祭のことなど夏が始まったばかりだというのに既に最悪のスタートだった。

『キーンコーン、カーンコーン』

学校のチャイムが鳴ると同時に雪の地獄の学校生活が始まるのだった。

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