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絶対に離さないから

『キーンコーン、カーンコーン』

「渡瀬さん、そろそろ起きて。もう学校終わっちゃったよ?」

チャイムの音が学校内に響く中、雪はすやすやと夢の世界を彷徨っていた。雪は窓際の席な為、眠たくなるのも仕方ない。

「もう、渡瀬さんってばその調子だと先生に目をつけられるよ。・・・いや、もう目をつけられてるかもだけど。」

梓は根気強く雪を揺さぶる。次第に雪の視界が鮮明になり何とか目を覚ました。

「ん、もうそんな時間なの?ふわあ、よく寝たよ。」

やっと目を覚ました雪は大きなあくびをしながら辺りを見渡す。既に大半のクラスメイトは教室におらず比較的静かだった。

「渡瀬さんってば今日は学校に来たと思ったら結局いつも通りなんだから。もちろん渡瀬さんが学校に来てくれるだけ嬉しいけど。」

流石の梓も呑気すぎる雪に呆れていた。それでも根気強くお世話をしてくれるのは梓くらいだ。日向なんて興味がなさそうにスマホを構っていた。

「だって一日休んだくらいじゃ何も変わらないよ。後藤さんだって今日は何もしてこないし。」

雪はそんな風に語りながら帰りの準備をし始めた。

二日前の後藤の件があり、雪達は常に警戒しながら生活していた。しかし今日のところは特に後藤が何かしてくることはなかった。身構えている時には警戒してる事象が来ないと言うのはどうやら本当らしい。

「まあ、雪が元気そうで何よりだよ。それよりそろそろ帰らない?」

「そうだね、せっかくだし今日はみんなでどこかに寄らない?たまにはみんなでお茶したいな。」

「いいじゃん。そういことなら丁度気になってた場所があるんだよね。」

珍しく寄り道をしようと提案する二人に雪は驚いた。雪と日向がインドアかつ三人の予定が合うこと自体がほぼない為、こういったことは初めてだ。

何より一つ大きな疑問があった。

「待って、二人とも今日は部活があるはずでしょ?」

「そ、それはそうだけど。今日は休もうかなと思って。」

雪から視線をずらしておどおどする梓に雪は呆れていた。日向も何も言うことなく雪を見つめている。

何かおかしいと思ったが全て雪の予想通りだ。二人の優しさに雪は嬉しく思いながらも雪はため息を吐いた。

「別にそこまで私のことを心配しないでいいから。私の為だけに部活をサボる必要はないよ。」

雪の核心をついた一言は誰もいない教室に響いた。二人とも図星なのか少しの間何も喋らずにいた。

二人が部活をサボろうとした理由もおそらく全て雪を後藤と接触させないようにする為だった。

明らかに二人とも雪と一緒にいることが多くいつも以上に周りを確認していた。雪自身もそのことはよく理解していた。

だからこそずっと二人に守ってもらう訳にもいかない。それに雪には一つ作戦があった。

「ダメだよ!そんなことしたら渡瀬さんの身になりがあるか分からないでしょ?」

「そうだよ、今は大人しく僕達に守られとけよ。」

二人はそんな風に雪を必死に止めるようにして雪の前に立ち塞がった。その二人の意志の強さに雪も嬉しさが顔に滲み出ていた。

この二人だけじゃない。きっと蓮や青葉、もしかしたら木下までもが睨みを利かせていた可能性がある。だからこそ雪は何もされずに済んだのだ。

「嫌だ、このままずっと二人を心配させたくないもん。それに私にだってプライベートってものがあるじゃん。」

「はあ?そんなものどうでもいいでしょ。昨日あんなに泣いてたくせに。」

日向はただ真剣に雪のことを考えていた。だからこそ口が悪くなるのだ。日向とはずっと一緒にいたから分かる。

「ふっ、日向こそそんなに私のこと心配なんだ?日向には私のこと何も分からないでしょ?」

雪と日向はしばらくの間お互いの目を見つめ合った。雪はわざと日向を煽るようにした。幼馴染だから。

梓が不安そうな顔で見守る中、日向は諦めたように雪から目を背けて鞄を背負った。

「・・・あっそ、そんなこと言うなら僕は部活に行くよ。ほら、梓も行くよ。」

「えっと、垣根さん?そんなことしたら渡瀬さんが。」

潔く雪の元を去ろうとする日向とは違い梓は困惑を隠しきれないようにその場で戸惑っていた。

「私のことは心配しなくてもいいよ。何か合ったらすぐ連絡するから梓も部活頑張って。」

「そ、そっか、それなら私も部活に行くけど無理だけはしないでね。」

「もちろん。それじゃあ二人とも頑張って。」

雪は部活へ向かう二人に手を振って見送った。これでようやく一人になれる。

雪はずっとこの時を待っていた。全ては後藤と話をする為に。このことを察してくれた日向には感謝しないといけない。

「よし、それじゃあ気合い入れよっ。」

雪は一人になった教室で独り言を呟きながら後藤のいそうな場所へと向かった。












「よし、多分ここにいるはず。」

雪はいつもよく訪れる屋上の扉の前で大きく深呼吸をした。この扉を開けば後藤がいるはずだ。

後藤は雪が一人になることを見計らっていた。となると放課後で人がいない場所となると限られる。どこも部活やら帰宅やらで人が散らばる中、放課後の屋上に人がいる訳がなかった。

みんなのおかげで勇気をもらった。一応先生にも相談し親にもこの前のことは話した。もしかしたらこのまま本人と話さずとも問題自体は解決するかもしれない。

ただそれではまたいつか同じようなことが起きるだけ。雪に明らかに不満を持っている後藤とちゃんと話がしたかった。

あとは自分の気持ちを後藤に話して抗議するだけだ。そう心の中で唱えつつ、みんなのおかげでついた勇気を振り絞って雪は扉を開けた。

するとそこには雪の思惑通り後藤がいた。しかし、周りに人はおらず後藤だけがいて雪を睨むように見ていた。

「あれ、まさか渡瀬さんの方から来るなんてね。別に今日は何かしようとも思っていなかったのだけれど。」

「そっか、それなら警戒して損したかも。それより少し話がしたいんだけどいいかな?」

悪意のある言葉に雪も冗談めかしく答えた。本当なら怖いはずだが今は自然と怖さがなく普段と変わらない様子で答えることができた。

「何?私は渡瀬さんとなんて話したくないんだけど。これ以上私に構うなとか言いに来た訳?」

「まあ、そんなとこかな。それより何で私にばかり構うの?何が目的?」

特に物理的に何かしてくることもなく余裕そうに笑う後藤に不気味さすら感じながらも雪は平然を保ち続けた。

「目的とかそんなのどうでもいいでしょ?ただ渡瀬さんが気に入らないからってだけよ。」

「ふーん、後藤さんはそんな理由で人に怪我させたり人の物を壊したりするんだね。」

この会話もあまり意味はない。むしろこの会話で余計に後藤を怒らせる可能性すらあった。しかしそれでも雪は後藤の内心を見る為にも少しずつ後藤を煽っていく。

「ふふっ、貴方こそどうなのよ。自分のやってることに自覚はない訳?」

「私がやってること?別に私は何もしてないと思うけど。」

後藤の質問の意味が分からなかった。難しい質問という訳でもなく本当に理解不能だった。

「チッ、そう言うところよ。渡瀬さんのような地味そうな人が何で青葉と。」

「青葉?何でそこで青葉の名前が出るの?」

雪はそんな風にとぼけるが大体は予想の範疇だった。何故なら青葉と絡めばこうなることなど分かってことだ。

「青葉はね、この学校の人気者でみんなからの人望もあるの。当然私も青葉のことをずっと憧れていた。だと言うのに貴方はそんな青葉と影でコソコソと。」

さっきまで余裕がありそうにしていた後藤は突然立ち上がり歯を食いしばりながら雪を睨みつけた。

「そっか、だから私をターゲットにしたんだ。青葉と一緒にいたいから。」

「・・・それは半分正解よ。私は別に青葉の隣にいたい訳じゃない。ただ青葉の隣にいる人は完璧でなくてはならないの!」

そんな風に青葉のことを語る後藤に雪の顔は少し引き攣っていた。まさかここまで青葉に対する感情が重いとは思っていなかった。

「な、なるほど?つまり後藤さんは青葉の重度のファンということね。」

「まあそうなるわ。だからこそ、何で貴方が隣にいるかが分からない。しかもヘラヘラとしながら青葉のことを軽く受け流したりもして全てがイラつくのよ!」屋上全体に後藤の叫び声が響く。

後藤の行動理念は分かった。全てが青葉の為だった。それならやることは一つだった。

雪は警戒を解いて後藤の前で頭を下げた。

「本当にごめん!それじゃあ私の行動で後藤さんを知らない内に傷つけていたんだよね。」

「貴方は一体何を?何で私に謝るのよ。意味が分からないわ。」

後藤は心底意味が分からないという顔で雪を見ていた。ただ、自分のせいで後藤を不快にさせていたというならちゃんと謝りたかった。そして今こそ本音で語る時だった。

「青葉はみんなの憧れで人気者だから私には関係ないと思っていた。だから青葉が私に関わってもいつも曖昧に返してた。」

本当に何故自分となのか分からずに接していた。

「でも次第に青葉といるのが楽しくなって、それでもやっぱり私は今のままでいたいと思った。だからずっと中途半端な対応をしてた。そんな私を見て後藤さんが怒るのも無理はないよ。」

「なるほどね、つまりこれからは青葉とは距離を取るってことね。そう言うことなら私だってこれ以上渡瀬さんに危害を加えることはないわ。」

「いや、それは無理かな。私はもう青葉のことを大事な友達と思ってるから。」

雪は今の気持ちを全て話した。おそらく後藤は雪の不誠実さを嫌っていた。だからちゃんと話し合って今の気持ちを話せばもしかしたら認めてくれると思っていた。

しかし、どうやら雪の考えは甘かったようだ。今の後藤は鬼の形相だった。

「はあ?何それ。あれだけ長々と話して結局ヘラヘラと青葉の隣にいるつもり?」

「うん、でも私はもう逃げない。後藤さんが認めてくれなくても私はずっと隣にいるから。」

雪は必死に後藤を説得しようとした。だがその努力も報われることはない。

後藤は近くにある大きめの石を握ったまま雪の方へと投げつける。

「だから貴方じゃどんなに努力しようと釣り合わないのよ。このゴミ虫が!」

自分に石が向かってると理解した時には既に遅かった。雪の身体能力ではこの速さの石を避けることは不可能だ。

雪は目を瞑ったまま痛みが来るのを恐る恐る待った。しかし、痛みはいつまでも来ることがなく目を開くとそこには青葉がいた。

青葉はいつもより真剣で泣きそうな顔で後藤を見つめた。

「沙織ちゃん、これ以上はもうやめて!」















「な、何で青葉がここに?」

突然現れた青葉に雪も後藤も困惑を隠せずにいた。後藤は絶望したような顔で青葉を見ていた。

後藤が投げた石は青葉が無事にキャッチしたがその代わりに青葉の手は怪我していた。肌が赤く腫れて少し血が出ている。

「ごめんね、遅くなっちゃって。雪ちゃん怪我してない?」

「う、うん。私は大丈夫だけど青葉の手が。」

自分の怪我を気にせずに心配する青葉に雪は申し訳なくなる。青葉のおかげで雪に怪我は一つもなかった。雪もまさか石を投げつけられるとは思っていなかった。甘い考えのせいで青葉を傷つけたことに罪悪感を感じる。

「ち、違う。これはついカッとなっただけで石を投げるつもりなんて。私が青葉を。」

後藤の方を見ると一人でぶつぶつと悶えていた。そんな後藤を見ながら青葉は一歩ずつ後藤に近づいた。そして青葉はそっと後藤を抱きしめた。

「青葉?」

「ごめんね、さっきの話はこっそりと全部聞いてたよ。沙織ちゃんが私のことそんなに思ってくれたなんて。」

困惑する後藤に気にすることなく青葉はただ優しく抱きしめていた。本当に申し訳なさそうにする青葉を雪は無言で眺めることしかできなかった。

「でも、だからこそこれ以上はやめて欲しい。もう、これ以上沙織ちゃんに傷ついて欲しくないから。そしてこれ以上雪ちゃんを傷つけて欲しくもないから!」

そんな風に語る青葉に誰も声を発せずにいてしばらくの間沈黙が続く。

そして決心したかのように後藤は青葉から離れて立ち上がった。

「・・・最後に一つ聞きたい。青葉にとって渡瀬さんは何なの?」

後藤は全てがどうでも良くなったような顔で青葉に質問する。その質問も本当はどうでもいいように。

「雪ちゃんは私の大事な友達だよ。私はずっと雪ちゃんのことが憧れだったから!もちろん沙織ちゃんも私の大事な友達だけどね。」

青葉は間違いなく太陽だ。そう思えるほどの明るさで雪も後藤も青葉から目を逸らした。

「ふん、そう言うことならこれ以上は渡瀬さんに何かしようとは思わないわ。もちろん謝罪もしないけど。」

「むっ、謝罪くらいはして欲しいな。もうちょっとで雪ちゃんが危なかったんだから。」

後藤はこれ以上ここにいたくないと言わんばかりに急いでここを去ろうとした。

「ねえ、・・・私は・・・渡瀬・・・ね。」

しかし屋上を出る間際に雪の元にやって来て耳元でボソッと呟いた。

「そっか、私こそごめんね。」

耳元で聞いていた雪ですら聞こえづらいほどの声だったがばっちりと聞こえた雪はそっと後藤に返事をした。後藤の顔は少し笑っているようにも見えた。

謝らないと言っていたのに後藤も結局素直じゃなかった。既に後藤に今までの悪意は感じずただフラフラと歩きながら屋上を後にした。

雪も青葉も後藤を追わない方がいいと判断し、放っておくことにした。今は無理でもいつかは後藤とも和解できるかもしれない。

「ありがとう、青葉のおかげで助かったよ。」

やっと二人になれたことで雪は助けてくれた青葉に感謝を述べた。それと同時に青葉は思い切り雪に抱きついた。

「えへへ、やっと雪ちゃんと二人きりになれたね。」

「わっ、青葉ってば急にどうしたの?誰もいないからって恥ずかしいよ。」

相変わらずの距離感に困惑しつつも雪の方からもぎゅっと青葉を抱きしめた。この暖かさが心地よい。

「雪ちゃんってば本当に怪我とかなかった?」

「もう、青葉ってば心配性だよ。ほら、早く青葉の手を治しに保健室に行くよ。」

雪は今すぐに保健室へ向かおうとする。ただ青葉は一切動く気配がなかった。

「嫌だ、今はもう少しだけ雪ちゃんと二人でいさせて。」

「わ、分かった。そう言うことならちょっとだけだよ。」

雪はそんな風に答えながら無言で抱きしめる青葉を待った。青葉が何も言わない為とても気まずい。

ただこの時間が嫌と言う訳でもなく雪は満更でもなかった。そして少しの時間が経ち青葉はやっと言葉を発した。

「ねえ、さっき言った通り私にとって雪ちゃんは憧れなの。」

「私が憧れ?またまた、冗談でしょ?」

とても冗談のようには聞こえなかったが雪は誤魔化すように笑って返した。青葉が雪のことを憧れと思っているなんておとぎ話でしかない。

「私はずっと雪ちゃんの隣にいたかった。やっと雪ちゃんと一緒になれたんだから私はもう絶対に雪ちゃんを離さないから。」

青葉はそんな風にまるで告白とも言える発言を平然と答えた。むしろ雪の方が恥ずかしくて顔が真っ赤になる。

「と、とりあえず今は離れてよ!ほら、早く保健室に行くよ。」

「はーい、私怪我してるから雪ちゃんがエスコートしてね。」

青葉は揶揄うように笑いながら雪から離れた。

「はいはい、それじゃあ手貸して?」

雪と青葉はお互いに手を握り合って保健室へと向かった。お互いにこの手を離さないと誓いあって。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

まだまだお話は続きますのでこれからも引き続き読んでいただけると幸いです。


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