伝えたいこと
前半青葉、後半雪視点です。
「ふう、やっとここまで着いた。あとは雪ちゃんとお話しするだけだけど・・・。」
人の溢れる電車を急いで抜けながらなんとか雪の家までやって来た。髪もボサボサで息切れしながらここまで来た為、既に限界だった。
あとは家の中に入って雪と会話するだけなのだがここにきて大きな緊張が青葉を襲った。覚悟したつもりだがそれでもまだ怖くて前に進めずにいた。
早く雪に会いたいという気持ちと雪に拒絶されたくないという気持ちが混同する。
青葉は心の中で何度も自分に言い聞かせた。このまま終わったら絶対に後悔すると。
それに連や那月にまで背中を押されたのだから進まないと行けないのは分かっている。青葉は何度も呼吸をしてその度にチャイムを押すのを躊躇っていた。
「ねえ、そんな所でなにしてるの?雪に用事があるんじゃないの?」
青葉がずっと家の前で狼狽えているとドアが開いて日向と梓が現れる。日向はゴミを見るような目で青葉を見ていた。
「やっぱり垣根さんと日野さんも来てたんだね。雪ちゃんは元気そうだった?」
この二人と出会うこともある程度予想していたが日向の目線が鋭くて恐縮してしまう。明らかに歓迎はされていなかった。
青葉自身、日向にあまりよく思われていないことは理解していた。それほどに学校で日向が青葉を見る目には冷たさがあった。
「うん、渡瀬さんはいつも通りだったよ?明日から学校も普通に行けるって。」
「そっか、雪ちゃんはいつも通りなんだね。本当に良かった。」
梓のその言葉に青葉を胸を撫で下ろした。青葉にとって一番危惧していたことは雪が辛い思いをして一人で引き籠ることだった。
雪さえ無事なら青葉にとってそれ以上望むことはなかった。だが日向は怒ったように青葉に近づいて服の裾を掴んだ。
「おい、僕が聞いてるのは雪に会いに行くのか行かないのかなんだけど。ずっとそこでうろちょろしてるつもり?」
「えっと、それは。私は雪ちゃんと・・・。」
雪に会いに来た。そう答えようとして口を閉じた。やはりまだ雪に会うのを躊躇っている自分がいた。
「朝比奈さんと雪の間に何があったかは大体察しがついてるよ。朝比奈さんがどうするかもさほど興味なんてないさ。でも、もし咲を傷つけるなら僕は許さない。」
「違っ、私は別に雪ちゃんを傷つけるつもりなんて。」
日向のその一言は矢のように深く刺さった。
「いや、実際に朝比奈さんのせいで雪は今苦しんでるんだよ。僕はもう雪が中学の頃のようになって欲しくない。」
「確かに私のせいで雪ちゃんを傷つけたよ。それは今もずっと後悔してる。それでも私はこれ以上雪ちゃんを傷つけるつもりはないから!」
青葉は近所全体に聞こえるほどの声で自分の今の気持ちを日向に伝えた。
今までのモヤモヤとしたものが全て消えてスッキリとする。日向の言う通り青葉はどこか迷っていた。その中途半端さが雪を傷つけることになることも理解していた。
その上で日向の雪に対する思いを聞いて体が躍動していた。雪のことを第一に考えてる日向に対して自分も負けたくないと言う気持ちが強まっていった。
「垣根さん、私は一度雪ちゃんと話し合うよ。そして仲直りしてもう一度友達になるんだ。」
「・・・そっか、そう言うことなら頑張れば?別にそこは興味ないし。それじゃあ僕たちはもう行くから。ほら、梓も行くよ。」
「う、うん。それじゃあ、朝比奈さんもまたね。」
二人はそんな風に雪の家を後にした。日向は興味がなさそうにそっけない態度をしていたがその表情はどこか笑っていた。
そんな日向のことを青葉もライバルとして見ていた。そして青葉は背を向けて遠くに行く日向に大声で叫んだ。
「垣根さん、私絶対に負けないから!私が雪ちゃんのこと一番好きだから!」
青葉は下手したら本人に聞こえる程の大声で叫んだ。青葉はその声明に応えることなく軽く手を振った。梓も少し振り返ってから小指を差し出した。
青葉は満足しながら大きく深呼吸した。
「待っててね、雪ちゃん。」
やっと決心の着いた青葉は強めにチャイムを押した。
ガチャっとドアが開き、それと同時に部屋の中に青葉が入って来る。
「こ、こんにちは雪ちゃん!今日は雪ちゃんと話したいことがあって来たの!」
青葉は部屋に入って来て、雪を見つめながら頬を赤らめてもじもじとする。普段の元気で明るい青葉と違いいつもより萎らしかった。
「あ、青葉?突然来るからびっくりだよ。とりあえずどこか座って?」
「う、うん。失礼します。」
青葉はおとなしげに近くのクッションにちょこんと座った。普段ならくっついて来るはずの青葉の行動に違和感を覚える。
明らかに様子のおかしい青葉だがその理由もある程度は分かっていた。その原因は昨日の雪の発言だ。おそらく雪のことが心配でわざわざ家まで来たのだろう。
だが雪は気まずさのあまり今すぐ逃げ出したくて仕方がなかった。青葉とは明日学校で話すつもりではいたがあまりにも不意打ちすぎる。それに普段と雰囲気の違う青葉にどう話を切り出せば良いかも分からない。
やはり最初は昨日のことを謝るべきかそれともお見舞いに来てくれたことを感謝するべきか一人で勝手に悶える。
昨日は全部感情に身を任せて青葉を傷つけてしまった。そんな青葉が失望せずに家まで来てくれるなんて思いもしなかった。緊張でいつものように接することができない。
そんな気まずい雰囲気がしばらくの間続く。お互いに無言のままで時間が過ぎるが先に話を切り出したのは青葉だった。
「えっと、今日ここに来たのは雪ちゃんに謝りたかったからだよ。雪ちゃんを傷つけたことが辛くてずっと後悔してたの。」
「いや、なんで青葉が謝るの?青葉は何も悪いことなんて。」
まるで自分が悪いように謝る青葉を見て雪は咄嗟に体が動いていた。そしてそのまま立ち上がって青葉の肩を掴んだ。それでも青葉は真剣な表情のままだった。
「だって雪ちゃんはいつも私のことを避けてたよね。いつもくっつかないでとか言って距離を置いてた。それなのに私はずっと雪ちゃんにくっついて雪ちゃんを困らせてたじゃん。」
「た、確かに青葉とは距離を取ったりしてたけどそれは別に青葉が嫌いだからとかじゃなくて。」
青葉のことが苦手だったのは最初だけだ。今じゃ青葉は雪にとって大事な友達だ。だというのに雪はずっと青葉が人気者だからと青葉のせいにしてた。そんな自分を一番許せずにいた。
「でも昨日のトイレの惨状を見て私は全て理解したんだ。ああ、私は雪ちゃんにとって邪魔なんだって。私は雪ちゃんに嫌われていたんだって。」
「それは違うよ!私は青葉のことを嫌いだなんて思ってない。」
「ううん、無理しなくていいんだよ?今日だって最後に雪ちゃんと話したかっただけでもし雪ちゃんが私のことを嫌いならこれ以上は近寄らないから。」
そう言って淡々と話す青葉の目は赤く、今にも泣きそうだった。
的外れなことばかり言う青葉に怒りが込み上げてくる。気づけば雪は青葉に自分の全てを知って欲しいと思っていた。
雪は自分の持てる力を全て振り絞って青葉を押し倒した。これ以上お互いが逃げないようにと。
「雪ちゃん?いきなりどうしたの?」
「バカ青葉、ちゃんと私の話を聞いてよ!私は青葉のことを嫌ってないよ。むしろ私がずっと昨日のことで青葉に謝りたかった。感情に任せて青葉に酷いことを言ったから。本当にごめんなさい。」
雪はぎゅっと強く青葉を抱きしめた。なんで青葉はこんなに優しいのか雪には分からなかった。青葉の方が苦しいはずなのに。
「別に昨日のことは気にしてないよ。そりゃあ本音の一つくらい出るもんね。」
「だから違うってば!私は青葉のことが好きだから。これからもずっと友達でいたいと思ってるの!」
最初は中学の頃のようにはなりたくないと思って始めた高校生活も今じゃ考え方も少し変わっていた。
「私は昔に辛い思いをしたから高校では平穏に過ごしたいと思っていた。でも青葉や蓮と出会って私も変わったんだよ。」
「それでも私と雪ちゃんが一緒にいたらまた誰かに何かされる可能性が。」
目を逸らしていた青葉も次第に目を合わせてくる。雪の気持ちも青葉に伝わったようだ。しかし、それでも青葉はまだ躊躇っていた。そんな青葉を見て雪は普段の青葉のように明るく笑った。
「だから私は変わるよ。前のようになりたくないからって隠れてただけの私のままは嫌だから。」
「雪ちゃんが変わる?」
「そっ、もちろん陽キャにはなりたくないしこの性格までは変わんないと思うけどそれでも一歩くらいは進みたいかな?」
青葉はもちろん梓や蓮など陽キャでも優しくしてくれる人はいる。木下も今はまだ仲がいいとは言えないが仲良くなれそうな雰囲気はある。
だからこそみんなの見てる景色を自分の目で見たいと思った。
「でもそれで雪ちゃんは後悔しないの?私はこれ以上雪ちゃんが傷つくのが嫌だ!無理に私に合わせる必要はないからね?」
そんな叫びも雪は無視した。自分に都合の悪いことは全て無視するのが雪の奥義だ。
「後悔しないよ。私の周りにはみんながいるから。」
「・・・そっか。雪ちゃんは相変わらずだね。」
さっきまで青葉を押し倒していた雪だが青葉が力を入れるとそのまま青葉の胸に引き寄せられた。そのまま雪は青葉にぎゅっと抱きしめられる。
「あ、青葉?そんなに強く抱きしめないでよ。」
「・・・嫌だ。今日は絶対に離さない。私は雪ちゃんのことが好きだから。」
その温もりが全体に通じる。よく分からないが雪の気持ちが青葉に届いたのは確実だった。
「はいはい、青葉ってば本当子供っぽいよね。」
「む、こうなるのは雪ちゃんの前だけだもん。」
雪はポンポンと青葉を叩いて軽くあしらった。そんな雪を見て青葉も頬を膨らまして怒っていた。
ようやくお互いが本調子になり顔を合わせて笑いあった。
「ありがとう青葉、これからも私と友達でいてね?」
「・・・もちろんだよ。雪ちゃんは私の大事な友達だから。」




