葛藤
前半は青葉視点、後半が雪視点です。
『キーンコーン、カーンコーン』
「それではホームルームを終わります。みなさん気をつけて帰るように。」
「よし、それじゃあ早速部活に行こうぜ。」
「ねえ、今日このあとみんなでスタバ行かない?」
いつものように学校のチャイムが鳴り、それと同時にゾロゾロと人が帰り出す。相変わらず周りは騒がしく青葉の周りにもたくさんの人がいたがとても普段通りに振る舞える気分ではなかった。
「朝比奈さん、このあと暇だったりする?」
「ねえ、もし暇だったら私達と一緒にカラオケでもどう?」
青葉が椅子に座ったままぼーっとしていると二人のクラスメイトが近づいてくる。青葉にはその視界もぼやけてやるせなかった。
「ごめんね、今日は部活があるからまた別の日の誘ってよ。」
「そっか、そう言うことなら私達だけで行くよ。それじゃあ朝比奈さんも部活頑張ってね。」
「うん、ありがとう。それじゃあまた明日。」
青葉はなんとか元気を振り絞っていつもと変わらない様な笑顔でクラスメイトに微笑んだ。二人組の女の子は顔を赤くしながら青葉の演技に気づくことなく教室を出て行った。
もちろんこのあと部活に行くつもりなどない。部活自体はあるが今日はサボる気でいた。
こんな風に気分が乗らない原因も全て分かっている。昨日雪に拒絶されたことが青葉にとってとても辛くて泣きそうだった。
「はあ、早く雪ちゃんに会いたいよ。私の大好きな雪ちゃん。」
青葉は誰にも聞こえない声でボソッと呟く。本当は今すぐにでも雪に会いに行きたかった。
雪は昨日早退してから今日も学校に来ることはなくラインも既読すらついていなかった。こうなったのも全部自分のせいだと理解していた。
『こうなったのも全部青葉のせいなんだから!』
青葉の中で雪に言われたこの言葉がずっと脳裏にこびりついていた。雪に嫌われていたということが辛くて仕方ない。
あの日トイレに行った青葉はトイレの前で絶望する雪を見て全て理解した。あのトイレの中に詰めてあった服は雪の服できっと雪は誰かに嫌がらせを受けていた。
その嫌がらせの原因を作ったのが自分のせいだと言うこともすぐに気づいた。だから雪はあれほどに絶望した顔をして今日も学校には来なかった。
元々雪はあまり近づかないで欲しいと忠告していた。それなのに雪と一緒にいたいと言う気持ちだけで青葉は雪の気持ちを蔑ろにした。その結果がこれだ。
小さい頃からずっと好きだった雪。それなのに自分のせいで怪我をさせたということは青葉の心にも深く刺さった。本当は今すぐにでも雪に会いに行きたいのにそんな資格など一切ない。
そう思うと辛くて何もやる気にはなれなかった。
「ふぅ、今日はもう帰ろうかな。それとせめてメールくらいは。」
青葉は気を取り直して教室を出ようとする。さっきまで騒がしかった教室は殆どの生徒がいなくなりとても寂しかった。
そんな静かな教室から出ようとすると那月と蓮が青葉を邪魔する様に前に立ち塞がる。二人は用事があると言ってに先に教室を出たはずだった。
「おい、今から何処に行くつもりなんだ?」
蓮は相変わらずの目つきで青葉を睨んでいた。この二人も雪がいない影響かいつもと様子が違った。怒ってる様にも見える二人に青葉は困惑の表情を浮かべた。
「何処って家に帰るだけだよ?部活も今日は休んじゃうね。」
青葉は那月に謝るように笑った。那月も相変わらずの無愛想だった。
「別に部活を休むのは構わないけどそのまま帰るの?渡瀬のところには行かないつもり?」
まさか那月が雪のことを心配してるとは思いもしなかった。てっきり二人は仲が悪いものだと思っていた。ただ二人には悪いが雪の元に向かうつもりはなかった。
「雪ちゃんとは会えないよ。それにどうせ垣根さん達がお見舞いに行くだろうし私は邪魔になるから。」
悔しい気持ちを抑えながら変わらずの笑顔を浮かべた。昔から青葉は辛い時も周りを心配させない様に笑顔を取り繕うのが日常だった。そうすればみんな笑ってくれるから。
「はあ、青葉がそんなこと言うなんて珍しいな。一体雪と何があったんだ?」
「どうせ渡瀬に何か言われたんでしょ。青葉はいつも顔に出るから。」
「な、なんでそれを?私ってそんなに顔に出やすいかな?」
隠したつもりだったがどうやら雪のことで思い悩んでいることはバレバレらしい。これでも今まで演技が気づかれることはなかったというのにこの二人には通用しないらしい。
一緒にいるからか分からないがこれ以上誤魔化しても無駄だと理解した青葉はため息を吐く。そして思い悩んでいることを全て二人に薄情する。
「実は雪ちゃんが今日学校に来なかったのは全部私のせいなんだ。私が雪ちゃんを傷つけて雪ちゃんに辛い思いをさせた。だから私が雪ちゃんと会う価値なんて・・・。」
最初から雪と会うことが間違いだった。ずっと憧れだった雪に追いつこうとした自分の愚かさが辛い。
「バカ言ってんじゃねえ。青葉のせいなわけ無いだろ。」
「そうだよ。青葉は何も悪く無い。自分だけを追い詰めようとしないで。」
辛くて視界が霞む中、二人の声が鮮明に聞こえる。青葉は恐る恐る顔を上げて二人を見つめた。その顔は優しくて青葉を慰める様な温かい眼差しだった。
「・・・違う。私が悪いんだよ。確かに原因は私じゃ無いかもしれないけど実際に私が雪ちゃんを傷つけた。だから私が雪ちゃんといる資格なんてないんだよ!」
青葉は自分の今まで溜め込んでいた苦痛を全て吐き出した。青葉達以外に誰もいない静かな空間に青葉の叫びだけが響いた。
青葉には高校に入ってからたくさんの生徒が周りにいた。だというのにその生徒の大半が青葉の外見しか見ていなかった。更には下心がある目で見てきたりストーカーしてくる人までいた。そんな思いをしてきた青葉にとって雪だけが自分のことを理解してくれる友達だと思っていた。
だというのにこの二人は青葉の中身を見抜いた上でそれでも隣にいてくれる。この二人は確実に青葉の内面を見ていた。
「それでも青葉は雪といたいんだろ?それなら一度二人で話し合うべきだと思うぞ。」
「分かってる。だけどもう一度雪ちゃんに拒絶されたら私は多分もう立ち上がれなくなるよ。」
蓮の言うことは最もだった。ただここからは青葉の覚悟の問題。青葉にはもう一度雪と話す覚悟がなかった。
前を向けずに青葉が悶えていると那月はそっと青葉の手を取り優しく握った。
「二人の関係はよく知らないし興味もない。ただ青葉は私の友達だから後悔だけはして欲しくない。私も昔にそれで後悔したから。」
今まで無表情の顔しか見てこなかったため、優しく笑う那月を見るとなんだか嬉しくなる。青葉が周りを見なかっただけで二人はずっと寄り添っていた。
きっと雪もそうだ。雪ともちゃんと話せばもっと深く分かり合えるかもしれない。
この二人に貰った勇気で前に進むことができる。確かに青葉はいつだって雪にくっついていた。今更諦めることなんてできない。
青葉は自分のほっぺたを強く叩いて気合いを入れた。そうとなれば今すぐにでも雪と話したかった。
「二人ともありがとう。二人のおかげで自分の気持ちに気づけたよ!」
「おう、アタシ達は部活で行けないから二人きりでゆっくり話してこいよ。」
「・・・もし青葉と仲直り出来なかったら私の元に来てよ。私は青葉を絶対に裏切らないから。」
そんな風に見送ってくれる二人にお礼を言いながら青葉は急いで雪の家を目指した。
早く仲直りして雪といっぱい話をするために。そしてあわよくば雪に自分の好意を伝えたかった。
「ほら、渡瀬さんあーんして?」
「ん、このプリン美味しい!これこの前新発売してたやつだ!日向ってば私のこと完全に理解してるじゃん。」
「別に?偶々売ってたから買ってきただけだよ。」
雪は日向からもらったお土産を梓に食べさせて貰っていた。雪の大好物であるプリンを買ってくるなんて日向は分かってる。
日向達が雪の家に来てから既に一時間近くは過ぎていた。最初は元気のなかった雪も今ではすっかり元の雪に戻っていた。
明日からは普段通り学校に通うつもりだ。もちろん青葉ともそこで謝りたかった。あの時は混乱していたとはいえ悪くもない青葉に当たってしまった。
ただ心配してくれていた青葉に酷いことを言って辛かった。もし嫌われていたらと思うと変な気持ちになる。
「えへへ、渡瀬さんってば美味しそうに食べるね。そうだ、もう一つプリン食べる?」
「いや、そろそろ僕達は帰ったほうがいいんじゃない?ずっとここに長居するわけにはいかないでしょ?」
日向は窓の外を覗きながらそう答えた。確かに日向の言う通り二人を長い間拘束する訳にもいかなかった。
「そ、それもそうだよね。それなら私達はもう帰るから。」
梓も気を遣っているのかそっと雪の横から離れる。よく分からないが二人ともいつも以上に優しかった。
「今日は二人ともわざわざありがとうね。それなら途中まで見送るよ。」
そう言って雪はベットから立ち上がった。二人ともわざわざ部活をサボってまで雪の家まで来てくれたのだ。特に梓は遠くに住んでいるというのにここまで来てくれた。そんな二人が嬉しくて雪も二人にお礼がしたかったが日向はそっと肩を叩いた後雪の目をじっと見た。
「いや、雪は来なくていいから今日は休みなよ。」
「そうだよ。今日はゆっくり休んで明日またゆっくり話そうね?」
日向は真剣な顔つきでそう答えた。
雪は既にいつも通りでこれ以上休まなくても大丈夫だったがせっかくだし二人の厚意を受け取ることにした。実際今の雪には目元にクマができていた。
「そういうことなら今日はゆっくり休むよ。二人とも今日は本当にありがとうね。」
雪はいつものように笑いながら二人に感謝を述べた。
日向は相変わらずの様子で梓は少し照れながら笑っていた。
「ふっ、それじゃあまた明日学校で会おうな。」
「私も渡瀬さんと話せて嬉しかったよ。また明日会おうね?」
「うん、二人こそ今日はゆっくり休んで。明日は絶対に学校に行くから!」
雪が元気よく答えると二人とも満足そうにする。大きく手を振って二人が部屋を出るまで見送った。
もし二人がいなかったら当分はこのままだったかもしれない。そう思うと二人には感謝しても仕切れない。
そんな風に考えながスマホのラインを見た。ラインには青葉からの大量の文が送られている。全部で二百件ほどだ。
青葉は優しくしてくれたのに雪はその厚意を無駄にした。そんな青葉に自分から返事をしていいのか迷ってしまう。
それに青葉はみんなの人気者だ。青葉といるとまた後藤達に狙われるリスクもある。それなら今回の件で離れるのがお互いの幸せに繋がるかもしれない。
雪が一人で悶えているとピンポーンと玄関からチャイムが鳴った。日向か梓が忘れ物でもしたのだろうか?
そんな風に困惑しているとガチャっと扉が開いた。そしてそこにいたのはまさかの青葉だった。
想定してなかった出来事に雪は頭が真っ白になる。
「こ、こんにちは雪ちゃん。今日は雪ちゃんと話したいことがあって来たの!」




