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家の中で

「おい、そろそろ起きろよ。もう十時半だぞ。」

雪が布団に包まっているといつものように流星が無神経に雪の部屋に入って来る。しかし今日は雪の様子を伺ってか布団を剥いではこなかった。

というのも昨日は途中で学校を早退し今日も学校に行くつもりはなかった。あの時のことが怖くて学校に行く気分にはなれなかった。普段学校に行けとうるさいお母さんですら今日は行かなくていいと言ってくれた。

あの時のトラウマはもちろん青葉に酷いことを言ってしまった為、当分は学校に行くつもりはない。日向達からのラインも全て無視している。

「別にいつまで寝てようが私の勝手じゃん。それに勝手に部屋に入って来ないでよ。」

雪は布団から顔を出して流星を睨んだ。今はゲームをする気にもなれずただ寝ることしかできなかった。

「お前が中学の頃のようにならないか俺もお母さんも心配してんだよ。昨日学校で何があったんだ?」

「・・・別にお兄ちゃんには関係ないじゃん。今は放っておいてよ。」

雪は無神経な流星にイラつきながら再び布団に包まった。陽キャの兄に陰キャの妹の気持ちが分かるはずがなかった。

「そうは言っても家族なんだから心配はするだろ。お前が中学の頃みたいにならないか。」

「だからお兄ちゃんには関係ないでしょ!私のことなんて分かるわけないんだから放っておいてよ。」

雪は大声で怒鳴りながら流星に枕を投げつける。あの時だって今だって雪は辛くて仕方なかった。だというのに雪のことを理解しようとしない周りのみんなに怒りが込み上げてくる。

「放っておける訳ないだろ!俺もお母さんもお前のことを。」

流星と雪が喧嘩していると突然ドアが開き誰かが入るってくる。最初はお母さんかと思ったがよく見るとそこにいるのは日向のお姉さんである蛍だった。

「こーら、流星ってばそんな風に怒らずにもっと優しく言ってあげたらいいのに。雪ちゃんが心配すぎるあまり強く怒りすぎだって。」

「なっ、別にそう言う訳じゃねえし。というか蛍は出てくんな!」

「何で蛍さんがここに?」

蛍と流星はお互いに仲良さそうにイチャイチャしていた。雪はその様子を見て虚無になる。というかなぜこんな朝から蛍がいるのか疑問だった。

「今日は私も流星も大学がお休みだから遊びに来たら二人が喧嘩してたんだよ。私も雪ちゃんのこと心配だし出てきてもいいでしょ?」

「そうは言ってもこれは家族の問題だからなあ。っておい、何すんだ!」

蛍は優しそうな笑みを溢しながら相変わらずふんわりとしていた。ただ蛍はふんわりとしているが意外にも派手な行動に出ることが多い。

「ここからは女の子二人でお話しするから流星は出て行って。」

「いや、だから蛍には関係ないだろ。こういうのは兄であるこの俺が・・・」

「はいはい、そういうのいいから。大体流星に女子の気持ちがわかる訳ないでしょ。」

蛍はそう言って微笑むとそのまま流星を部屋の外に追い出した。流星はまだ何か言ってたが蛍はガン無視を決め込んでいた。

「よし、邪魔者もいなくなったしこれでやっと雪ちゃんと二人で話せるね。なんだか久しぶりな気もするけど大きくなった?」

「ま、まあ少しは。私ももう女子高生だから。」

雪は気さくに話してくる蛍に困惑しつつも昔と同じように話した。昔はよく一緒に遊んでいたがお互いに忙しくなり、気がつけば偶に会う程度でこうやって二人きりで話すのは久しぶりだ。

だがこの温かくまるで本当のお姉さんのような優しさは懐かしい。昔から日向や流星に馬鹿にされた時は蛍が慰めてくれていた。

「ふふっ、最後にちゃんと話したときは雪ちゃんまだ中学生だったもんね。あの頃は本当に小さくて可愛かったなあ。」

「・・・別にそこまで小さくないし。というか蛍さんはなんでそんなに大きいの?」

雪は明らかにオーバーなジェスチャーをする蛍をムッと睨みつけた。相変わらず蛍は何を考えているか分からない。ただ話したいだけなのか雪をどうにか説得しようとしてるのかも定かではなかった。

「いいや、私からすれば雪ちゃんも日向も小さかったよ。まあ、今も私からすれば二人とも小さいままなんだけど。」

「私は別に小さくなんかないよ。もう高校生だし放っておいてよ。」

雪は優しく寄り添う蛍を冷たく遇らう。今はただ一人でいたかった。もうこれ以上誰かに優しくされたくなかった。

「だーめ、いつから雪ちゃんと一緒にいると思ってるの。こう言う時はお姉さんを頼りなさい。」

だと言うのに雪の周りはみんな雪に優しくしてくれる。日向も梓も青葉もみんな雪をちゃんと見てくれる。だから期待に応えようと思って余計に辛くなる。

それでも周りは雪に優しいから困ったものだ。結局最後には雪の方が根負けするのだ。

雪は諦めて蛍に悩みを相談することにした。少なくとも蛍なら誰かに秘密を漏らすことは絶対になかった。

「・・・蛍さんは誰かにいじめられたこととかはある?その、いじめじゃなくても嫉妬とかで何かされたりとか。」

雪は躊躇いながらも何とか口にするが蛍は動じることなく雪の質問に答える。

「そんなの当然あるに決まってるじゃん。年頃の女子って嫉妬深い上に陰湿なんだよ?あの頃は私も苦労してたな。」

「えっ、それだけ?なんか軽くない?もっと辛くて泣きそうだとかそう言うのは。」

あの蛍が虐められていたと言うだけでも雪にとっては驚きだったがそれ以上に蛍の軽さにびっくりする。何というかあまり気にしてるようにも見えない。

蛍はいつもの笑みを浮かべて素振りすら見せることがなかった。

「もちろん泣きたくなる時だってあったよ。だけど隣にはいつも流星がいたし家に帰れば日向がいた。雪ちゃんと話してる時も私は幸せだった。だから辛いことなんてどうでも良かったかな。」

「そっか、蛍さんはすごいね。でも私にはそんな風に思えないもん。私は蛍さんのように強くないから。」

雪が震えているのを感じたのか蛍はわしゃわしゃと強めに頭を撫でた。うざいと思いつつも雪はその手を止めなかった。

「ううん、雪ちゃんも強いよ。何より雪ちゃんの周りには雪ちゃんを支えてくれる人達がいるでしょ?」

「うん、蛍さんの言う通りかも。ただみんなに迷惑をかける訳にも。」

「こーら、そんなこと言っちゃダメ!誰も迷惑となんか思ってないから。私達はお互いに支え合ってるんだよ?」

雪にはずっと胸の奥に秘めてることがあった。中学の頃から家族はもちろん日向にも迷惑をかけていた。だからこれからも迷惑をかけないように生きようと決めていた。

それなのにそんな風に言われると困ってしまう。もっとみんなを頼りたいと思ってしまう。

「ありがとう蛍さん。ただ苦しいから離して欲しいんだけど?」

さっきまでいい感じだったのに蛍の胸が雪の体に当たって全てが虚しさに包まれる。ただ蛍と話したことで体が軽くなった。

「ごめん、ついいつもの癖で。というかやっといつも通りになって来たね。」

「う、うん。蛍さんのおかげだよ。ありがとう。」

「おい、話は終わったか?蛍ってばいつも強引なんだよ。別に俺がいてもいいだろうが。」

話が終わるのを見越してか少し時間が経ってから流星が部屋に戻ってくる。蛍に振り回されている流星は見ていて面白い。

「ごめん、流星のこと完全に忘れてた。というかさっきからずっとドアの前で私達の会話を聞いてたでしょ?流星ってば本当にシスコンなんだから。」

「なっ、別に俺はシスコンじゃねえ。ただ少し心配なだけだ。それよりそろそろ行くぞ。」

流星の過保護っぷりは相変わらずで二人はもはや呆れていた。

「それじゃあ私は行くけど雪ちゃんも頑張ってね。それとどうせ日向が見舞いに来るだろうから。」

「ありがとう蛍さん。二人とも楽しんで。」

雪は二人に手を振って見送った。蛍さんのおかげで少し体が軽くなった雪は再び布団に潜った。

「せっかく学校サボったんだしダラダラしないと損だよね。」

既に雪はいつもと変わりない様子でだらけていた。そして時間だけがただ過ぎていった。













『トントントン』

あれから時間が経ち気がつけばお昼が過ぎ学校も終わっている時間帯だった。雪が部屋で休んでいると扉を叩く音が聞こえてその後すぐに日向と梓が部屋に入って来る。相変わらずまるで家族のように鍵を使って入って来てることに疑問を持っていた。梓も絶望したような顔で日向をじっと見ていた。

「あっ、二人ともわざわざ来てくれたんだね。」

「ああ、急に学校を休むから見舞いに来てあげたよ。なんか思ったより元気そうじゃん。」

ベットに寝転がったままゲームをする雪に日向は呆れていた。日向の手にはビニール袋があり中には栄養ドリンクやらプリンやらが大量に入っていた。

「うん、色々とあったから。それより日向もわざわざこんなに買って来なくても良かったのに。」

午前に蛍が来たことは言わないことにした。言ったら最悪なことになる可能性がある。

「だって急に学校サボる上に返信すらしてくれないんだから心配もするだろ。先生だって困惑してたからな。」

日向はひどく安心したように雪を見ていた。それと同時に梓は雪に抱きつくとそのまま無言で力強く抱きしめた。

その体は震えており雪は困ったように梓を見つめた。

「あ、梓ってばいきなりどうしたの?」

普段の梓らしからぬ行動に雪は疑問を持つ。普段の温厚な梓と違い今日の梓は明らかに怒っていた。

「どうしたのじゃないよ。なんで何も言わずに学校休んだの?私心配したんだよ?」

「ご、ごめん。色々とあって。でも明日からは普通に行くから。」

激昂する梓を宥めるように答える。梓が雪の前で感情を露わにするのは初めてだった。普段のニコニコと微笑む梓の面影はなかった。

「渡瀬さんはいつも平気なフリしてるけど本当は苦しいんでしょ?それなら私達を頼ってよ。」

「別に私は苦しくなんかないよ。本当にいつも通りだから。」

梓の切実な叫びに雪は何も言えなくなる。それに日向は全てを分かったような顔をする。

「嘘つけ、絶対に何かあっただろ。どうせ後藤さんに何かされたんだろ?」

「い、いやそれは。別に日向には関係ないから。」

日向の問いに雪はドキッとする。

日向は確実に雪の考えを見抜いていた。二人とも本気で雪のことを心配している。だからこそ今の状況が辛くて仕方なかった。

「昔だったら雪の触れたくないところまでは踏み込まなかった。でも僕はもう雪が中学の頃のようになって欲しくない。だから後藤さんと何があったか詳しく教えろ!」

「そうだよ、渡瀬さんだけが背負おうとしないで。嫌なことがあったら私達に相談してよ。」

まっすぐなその視線に雪は少しの間目を背けた。雪が危惧していることは雪の隣にいることで二人が目をつけられないかだった。

別に自分だけが苦しむならそれで良かった。でも周りの人には何もしないで欲しい。そんな恐怖が纏わりついてみんなの優しさを素直に受け取ることが出来ずにいた。

雪はその場で涙を流すことしかできずにただ気まずい時間だけが過ぎてゆく。この雰囲気を変えようと最初に動いたのは日向だった。

「そうだな、雪の考えてることも何となく分かってるよ。僕たちにまで危害が及んで欲しくないんだろ?」

「うん、日向の言う通りだよ。私は今、後藤さんに目をつけられて嫌がらせされてる。もしそれがエスカレートして二人にまで危害が及ぶのが怖いんだよ!」

雪の切実な叫びはおそらく下の階まで届いただろう。それほどの本音を何とか口にしたが二人は動じずにいた。それどころか二人とも優しく雪の手を握り締める。

「ふふ、渡瀬さんは本当に優しいね。絶対に一番渡瀬さんが嫌な目に遭って苦しんでるのに他人のことを心配するなんて。」

「本当に雪は小さい頃から変わらずにお人よしだよな。別に僕たちはそんなこと気にしてないっての。そもそもこれ以上後藤さんの好きにさせるつもりもないし。」

ポツポツと涙が溢れる。二人の優しさがずっと抱え込んでいた自分に大きく刺さった。ここまで来ると嫌でも二人を拒むことなんてできなかった。

それにこのままでいる訳にもいかない。日向の言う通りここで断ち切らないといけなかった。

「二人のおかげでやらないといけないことが分かったよ。明日後藤さんと二人で話し合ってみる。」

雪は拳に力を入れて覚悟を決めた。

「流石雪。雪ならそう言うと思ってた。」

「私も陰で応援するから何かあったら私達を呼んでね。もし後藤さんがまた渡瀬さんに何かするつもりならその時は私も。」

二人は優しく雪の頭を撫でた。恥ずかしくも嬉しい気持ちでいっぱいだった。そして冷静になり一つの疑問が生まれる。

「あれ、そう言えば二人とも部活はどうしたの?今日は二人とも休みじゃなかったはずだけど。」

「ああ、部活ならサボったよ。流石に雪を放っておく訳にもいかなかったし。」

「わ、私も渡瀬さんが心配でサボっちゃった。明日なんて言い訳しようかな。」

「嘘でしょ?わざわざ私のこと優先してくれたの?そこまでしなくてもいいのに。」

サラッと衝撃の発言をする二人に雪は声が出なかった。日向はともかく梓が部活をサボるとは。

日向は少し顔を赤くして梓はいつも通り天使のような笑みを浮かべてみせた。やはり持つべきものは友達だ。

「うぅ、やはり友情って尊いわ。私達にもこんな時代があったんだよ。」

「お、おい今は俺たちが出ない方がいいんじゃないか?ほら、今だって日向がすごい目で見てるし。」

雪達の話が終わると同時に流星と蛍が部屋に入ってくる。明らかに何かに怯えている流星に対して蛍はいつも通りだった。

その瞬間雪はこの先の展開が全て分かって顔を青ざめた。いつも日向と蛍が揃うと大変なことになる。

「なんで姉貴がこんなところに。というか早く出て行ってよ。」

「いいじゃんこれくらい。それより日向ってば本当に雪ちゃんのこと好きよね。いつも雪ちゃんに酷い態度取ったりするのにこういう時は優しいんだから。これがツンデレってやつ?」

「おい、これ以上喋んないで。そして姉貴は早くここを出てくれ。」

ベラベラと日向のことを話すと少しずつ日向の顔から光が失われていく。この二人の相性は悪く雪と流星はいつも酷い目に遭っていた。

「わ、渡瀬さんこれ以上は止めた方がいいんじゃ?」

「いや、こうなった蛍は止められねえ。あいつの喋り癖は酷いからな。」

「日向もそろそろ堪忍袋が切れる頃合いだよ。早く逃げないと私達まで巻き込まれるよ。」

普段からこの二人の喧嘩を知ってる兄妹はここから逃げ出そうとするが時既に遅しだった。

「しかも日向ってば雪ちゃんに対して拗らせすぎ。早く告白すればいいのにあーだこーだ言って遅らせてさ。もし雪ちゃんが誰かと付き合っても知らないからね。」

終わらない蛍のトークにプツンと何かが切れた音がした。

「これ以上何か喋ったらぶち殺すバカ姉貴!」

「もう、日向ってば図星で照れて可愛いんだから。」

日向は部屋にある布団やらぬいぐるみやらをひたすらに投げ出す。下手したらこちらにまで飛んできそうな勢いでまさに地獄と化していた。

「ちょっ、おい早く逃げるぞ!」

「ほら、梓もこっちに。こうなったら一時間は続くから。」

「あ、ありがとう。垣根さんがここまで怒ってるの初めて見るかも。」

雪達は早くここから逃げることにした。そうでもないとボロボロになりそうなほど雪の部屋は戦場のようだった。

「ふふっ、日向ってばやっぱりまだ子供ね。高校生なんだからもっと落ち着かないと。」

「どの口が言ってんだよバカ姉貴!姉貴こそ小学校からやり直せやあ!」

そう言って叫ぶ日向の声はこの町全体に響いたという。

目も当てられない状況に三人は顔を合わせてため息を吐いた。二人ともカッコよかったのに最後にはこの有様である。

ただみんなのおかげで気が楽になった雪は青葉のことを考えながら明日を待つことにした。

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