日向と梓
日向と梓のお話しです。
「はい、垣根さんが好きそうなチョコミルクを買ってきたよ。」
「ん、わざわざ僕の分まで買って来てくれてありがとう。梓は本当に気が効くね。」
日向がオシャレなカフェでスマホを構っているとドリンクを取りに行っていた梓が戻ってくる。日向は頼んでいないのに梓は日向の分のドリンクまで持っていた。
相変わらず梓は気が効く。雪とは大違いだ。
「ふふっ、これくらい当然だよ。私だけで飲むのも気が引けるし。それに今日二人で遊ぼうって言ったのも私だから。」
「そういうことなら有り難くもらうよ。それに僕も梓と二人で話したかったから今日は丁度いいよ。」
日向はそう答えながら梓の持って来たチョコミルクを飲んだ。あまり甘すぎるのは苦手だがこのチョコミルクはとても丁度いい甘さ加減だった。
優雅にチョコミルクを飲みながら日向は梓の顔を見る。日向と梓が二人きりでこの様に外で会うのはとても珍しいことだった。そもそもお互いに部活がある上に日向達と梓では帰り道が違った。ただ今日は偶々お互いに部活が休みだった。
そして珍しく雪が部活だった為、残った二人で帰ることになりその時に梓がどうせなら二人でお茶をしないかと提案したからである。
「でも垣根さんはあまり外とか出ないでしょ?迷惑にはなってないかな?」
「・・・別に。確かに僕はインドア派だけど外に出るのが嫌いな訳じゃないから。」
日向は雪と違い別に頑なに外に出ようとしない訳ではない。ただ普段は面倒くさくてだるさの方が勝つだけだ。
梓の頼みとあれば別に寄り道くらいはする。それに梓とももう少し仲を深めたいと思っていた。梓はとても優しくて健気だから。
「それにしてもそのパフェ美味しいの?」
日向は梓の注文したパフェを疑わしい目で見つめる。梓のパフェは苺やら生クリームやらがたくさん乗っていてとてもボリューミーだった。あまりに盛りすぎてはみ出しそうだ。それにフレーバーも混ぜ過ぎてあまり美味しそうには見えない。
「うん、とっても美味しいよ。垣根さんも一口いる?」
「いや、僕は別にいいかな。甘いの苦手だし。」
梓の頼んだメニューはまさに陽キャが頼むものだった。梓が如何にあっち側かが分かる。
梓は明らかに雪や日向と一緒にいる様な子ではなかった。何という芯から違う?そんな梓が雪のグループにいる理由も全て分かっていた。
「やっぱり梓って雪のこと好きなの?」
「ぶはっ、垣根さんってばいきなりどうしたの?」
日向の質問に驚いたのか梓は口に入れたパフェを吐き出しそうになり咽せていた。顔を真っ赤にしてたじろいでいる。
「前から気になってたんだよ。だって梓って雪のこといつも見てるじゃん。」
「そ、それはその、垣根さんってばよく私のこと見てるね。」
梓が雪のことを好きなのは周知の事実だと思うのだが本人は何で分かった?という様な顔をしていた。
「いや、それ本気で言ってる?もしかしてバレてないと思ってたの?」
「それじゃあもしかして渡瀬さんにもバレてるのかな?」
「いや、雪には気づかれてないんじゃない?アイツバカだし。」
梓は焦った様にその場であたふたしていた。おそらく鈍感な雪には梓の恋心など気づかない筈だ。
「そっか、それなら良かった。・・・確かに私は垣根さんの言う通り渡瀬さんのことが好きだよ。」
「やっぱりね。大体分かっていたよ。」
梓は雪の前で顔を赤くしたりもじもじしたりして分かりやすい。むしろあそこまでして雪が何故気づかないのか疑問だった。
その為、日向も何度か梓のサポートをしていた。ただそれでも雪は相変わらずだった。もちろん雪は恋愛が嫌いだからわざと無視している可能性もあるが。
日向は再びチョコミルクを飲みながら赤面している梓を見る。雪も梓も見ていて面白く飽きることがない。今も梓は一人でブツブツと喋っていた。
「ほら、梓ってば口にクリーム付いてるよ。」
「あ、ありがとう垣根さん。」
日向は梓の口についたクリームをティッシュで拭いた。梓はさっきから何か言いたそうな顔で日向を見ていた。梓はもじもじしながら真顔で日向に話しかける。
「えっと、もしかして垣根さんも渡瀬さんのことが好きだったりする?二人は幼馴染なんだよね?」
「うーん、雪のことは妹くらいにしか思ってないからな。別に雪は親友止まりかな。」
嘘である。この女、雪のことが大好き過ぎて仕方ないのである。ただ日向自身はそのことに無自覚でありその雪に対する重さにも全く気づいてないのである。
そして梓はそのことには気づいており、日向の発言に梓は苦笑いしていた。
「あはは、垣根さんってば面白いね。」
「どういうこと?よく分からないけど雪に告白するつもりはあるの?」
日向の疑問に梓が答えることはなく少しの間気まずい沈黙が続く。まるで一度告白したかの様な感じだった。
日向としては雪と梓はお似合いだと考えていた。青葉も雪のことが好きな様だが青葉では雪を幸せに出来ないと思っている。
梓にこの質問は悪かったかと日向が口を開こうとするその前に梓がゆっくりと口を開いた。
「・・・私もたくさん考えたけど今はいいかな。きっと私じゃ渡瀬さんとは釣り合わないだろうから。」
梓のその叫びは日向に痛いほど伝わった。梓は優しい子だからおそらく遠慮しているのだろう。そんな梓を慰める様に日向は梓を見た。
「別に僕からしたらどうでもいいけど後悔はしちゃダメだよ。梓は僕にとっても大切な友達なんだから。」
「大切な友達か。ふふっ、垣根さんがそんな風に思ってくれて嬉しいな。」
梓はただ嬉しそうにそう微笑むとそのまま自分の手をぎゅっと胸に当てていた。梓とは初めて会った時から大切な友達だった。そんな梓と仲良くなれたのも全ては雪から始まった。
「うん、僕は梓のこと応援してるから。だから頑張って。」
「・・・そっか、それなら私も少し勇気を出してみようかな?もちろんすぐにとはいかないけど。」
梓はまだ何かを言いたそうにしていたがそれ以上日向に何か言うことはなかった。
そして気がつけば沢山あったチョコミルクもすっからかんになっていた。
「それじゃあ、時間も丁度いいしそろそろ帰らない?」
「そ、そうだね。今日は私が払うから垣根さんは先に出てて。」
「ありがとう梓。ご馳走様。」
日向は手を合わせてご馳走様をする。
気がつけば五時半とかなり丁度いい時間になっていた。ここから電車で帰って家に着くと丁度ご飯時だ。
日向の分まで奢る太っ腹な梓にお礼を言いながら日向はカフェの外に出た。
外に出ると夏ということもあり昼間と変わらないほどの明るさでとても綺麗だった。
こんな天気が続けばいいのにと思いながら梓が来るのを待った。
「それじゃあ、僕はここで。というかわざわざ駅まで来てもらって悪いね。」
日向と梓はあれから二人で話して無事に駅まで着いた。駅にはいつもの様に学生や社会人が沢山おり賑わっていた。
日向や雪と違って梓は帰る方向が違うのだが梓はわざわざ日向について来てくれた。
「私も垣根さんといっぱいお話ししたかったから。今日は楽しかったよ。」
「僕も楽しかったよ。また明日学校で会おうね。」
梓の笑顔に日向も笑い返しながら改札口へと向かおうとする。しかし、
「ちょっと待って!最後に一つだけ聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「どうしたの?別に何でも聞くけど。」
突然の梓の呼びかけに日向は体を止めた。何か言いたそうなことがある様子だった。
「前から二人を見てて思ったことがあるの。この前渡瀬さんが休んだ時からずっと聞こうと思っていたんだけど渡瀬さんは中学時代に何かあったの?」
梓のその発言に日向は大きく目を開いた。どうやら梓は勘づいている様だ。
日向は少しの間黙って考え込んだ。雪が秘密にしていたことを言っていいかが分からなかった。きっとそんなことをしたら雪は日向を軽蔑するだろう。
「・・・そんなこと知ってどうする?昔のことはもう関係ないんだよ。」
確かに中学の時に雪がトラウマになるほどの事件があった。そのせいで雪は不登校になり一気に性格も暗くなった。いや、元々無理していただけだったのかもしれない。
どちらにしろ今の雪は既に昔のことを気にしておらず前に進んでいる。だからこそ、もしもう一度雪がトラウマを思い出す様なことがあってはいけなかった。
「そう、あってはいけないんだよ。もう二度と。」
雪は前からいじめでも嫌がらせでもないと言っていたがそれは第三者からみれば間違いなく集団のいじめだった。なのに雪がそれを意地でも認めようとしなかったのは裏切られたことを信じたくなかったからだ。
あの時の惨状は日向の脳内にもずっと残っている。だからこそ日向は雪を守るためにずっと一緒にいた。
「ご、ごめん。私ってば変なこと聞いたよね。このことはもう二度と聞かないよ。もちろん渡瀬さんにも。」
梓は日向の考え込んでいる顔を見て優しく笑った。そんな梓に日向は安心感を覚える。
ずっとこの三人でいい。やはり青葉は邪魔な存在でしかないと日向の心の中では固まっていた。
「梓は絶対に雪を裏切らないで。僕はもう二度と雪の悲しむ姿が見たくないから。」
「もちろんだよ。私はこれからも絶対に二人と一緒にいるね。約束だから。」
梓はそっと小指を日向の前に差し出した。その小指に日向もそっと自分の小指を結んだ。これは友情の違いだった。
青葉には何か裏がある。きっと怪しいことを考えているに違いない。日向はそんな風に考えながら今度こそ改札へ向かおうとした。
「それじゃあ、僕はもう電車に乗るよ。時間もないし。」
日向がそう口にしたのと同時に梓も大きな声で日向に呼びかけた。
「最後に一つ言いたいことがあるの!垣根さんも後悔だけはしないでね?」
「ふっ、何それ?よく分からないけど僕は後悔なんてしないよ。」
梓の問いかけの意味がよく分からないという様に日向はふっと嘲笑った。日向は前に後悔をしないと誓ったから。
梓はそれだけ言うとすぐに人混みの中に消えていった。短い時間だったが梓と遊べた日向は満足した様に小さく笑った。
やはりこの二人といる時が一番楽しい。そう思いながら日向もたくさんの人が乗る電車に乗り込んだ。
そして日向が好んでいるお気に入りの席に座った。周りにはいろんな制服の学生がいた。高校から中学など様々だ。
『垣根さんも渡瀬とずっと一緒いてきもいよね。そろそろ垣根さんも渡瀬と離れたら?』
「チッ、アイツらに僕達の何が分かるんだよ。」
梓との会話もあって昔の記憶が脳裏に浮かぶ。それは雪のトラウマで日向のトラウマでもあった。
そんなつまらない記憶に日向は舌打ちをしてイヤホンを耳につける。そして日向は大好きなアーティストであるスターナイトの『星屑』を聞くのだった。




