嫌な予感
「おーい、もう朝だよ。雪ちゃんってば早く起きようよ。」
「んん、あと二時間寝させて。まだ眠いから。」
朝早くからカーテンを開けて大きな声で叫ぶ青葉に雪は鬱陶しく感じていた。せっかく安眠していたのに眩しい光が差し込んで眠りが遮られてしまう。
「ほーら、もう七時だから早く準備しないと遅刻しちゃうよ?ご飯も冷めちゃうし早く起きてよ!」
雪はまぶたを何とか開けて時計を確認する。確かに青葉の言う通りこのままでは遅刻してしまう時間帯だった。しかし雪は普段から運動をしないせいで全身筋肉痛になっていた。とても学校に行く気分にはなれない。
「もう、無理。今日は休むから青葉一人で行って。」
雪は再び布団の中に入り絶対に外に出ないと誓った。青葉には悪いが一人で学校に行ってもらう。それに別に学校には毎日行ってるし一日くらい休んでも文句は言われない筈だ。
「だーめ、雪ちゃんは私と登校するの!ほら、早く布団から出ようよ。」
「嫌でーす。今日はもうここから絶対に出ないから。」
無理やり布団を剥がそうとする青葉に雪は頑張って抵抗する。青葉は力が強く無理やり剥がされそうになるがそれでも雪は動かないと決めた。今の雪はてこの原理でも動かない。
「何でそんなに学校に行きたくないの?学校は楽しいし行かないと留年しちゃうよ?」
「別に学校なんて楽しくないから。とりあえず今は放っておいてよ。」
学校が楽しいなんて思っているのは一部にすぎない。雪の様な人間は学校に行くだけで苦痛しかない。
だから青葉がどんなに睨もうとも雪は気にしないことにした。青葉には雪の気持ちなんて分かりもしない。人気者でどこにも居場所がある青葉と違って雪には少ししか居場所がないから。
「雪ちゃんがその気なら私にも考えがあるから。」
青葉はそう言った瞬間雪の布団の中に潜り込んだ。突然布団に入って抱きついてくる青葉に雪はギョッとする。
「えへへ、雪ちゃんが学校に行かないなら私も一緒に休むから。」
「ちょっと勝手に入ってこないでよ!というか青葉は学校に行きなよ。」
青葉は突然とんでもないことを言い出す。青葉が学校を休んだらそれこそ大騒ぎだ。
「雪ちゃんが学校に行かないなら私も行かないから。今日は一日中私と一緒にいよう?」
「それだけは絶対にダメだから!青葉が行かないと大変なことになるから。」
雪は下の階まで聞こえそうな声で叫んだ。青葉だけは絶対に行かせないといけなかった。じゃないと雪にまで影響がある可能性があった。それにこれ以上青葉と二人きりだと雪が耐えられない。
「どうしようかな?雪ちゃんが来るなら私も学校に行くかも。」
「・・・分かったよ。それなら私も学校に行くから早く布団から出て。」
雪は諦めた様に静かに口にする。青葉にはずっと振り回されてばかりだ。どうやら青葉にはこの先一生勝てそうにない。
「はい、それじゃあここまでね。私は一人で行くから青葉は少し時間を置いてから教室に入ってきて。」
学校の近くにたどり着いた雪はずっとくっついてくる青葉から距離をとった。
「なんで?教室まで一緒に行こうよ。」
「そんなことしたら学校中で噂になるからダメ!とりあえず私は先に教室に向かうから。」
雪はそう言って周りを見渡した。既に学校の近くということもあり、たくさんの生徒がいて騒がしい。この中で二人で歩いていたら絶対に大変なことになってしまう。青葉は不服そうな顔をしているが仕方のないことだった。
「むぅ、雪ちゃんってば気にしすぎだよ。別に私と雪ちゃんが一緒にいるくらいじゃどうにもならないから。」
「青葉こそ危機感がなさすぎ。とりあえず私は先に行くから着いて来ないでよ?」
雪は青葉に厳しく言いつけて先に学校に向かった。青葉はまだ何か騒いでいたがこれ以上は聞くつもりはない。
というか青葉のせいで昨日はものすごく疲れた。まだ体中痛いし眠気だって残っている。この状態で一日中学校を過ごさないといけないなんて考えたくもなかった。
雪はぶつぶつと文句を言いながらも重い扉を開けて教室に入り、自分の席へと向かった。
「あ、二人ともおはよう。ってどうしたの梓?」
雪が自分の席に座っているとすぐに日向と梓がやって来る。しかし今日の梓はいつもと少し様子が違った。
「垣根さんから聞いたよ、昨日朝比奈さんとお泊まりしたんだよね?」
「な、なんでそれを。日向ってば梓に昨日のこと言ったの?」
突然爆弾発言をする梓に雪は日向を睨みつける。梓は青葉のファンだし言ったら大変なことになるのは分かっているのに。
「別に言ったらダメとか言われてないし。それに途中で勝手に通話を切った雪が悪いから。」
日向は悪びれる様子もなくスマホいじっていた。横を見ると梓が怖い顔をして雪を見ていた。
「ねえ、朝比奈さんとは何かあったの?変なことは何もしてないよね?」
「う、うん。青葉は色々あって私の家に泊まっただけで梓の思うようなことは何一つ起きてないから!だからそんな顔で私を見ないで!」
雪は全力で昨日何もなかったことを説明する。普段大人しくて優しい梓をここまでおかしくさせるなんて梓は本当に青葉のことが好きなようだ。
「ほ、本当に朝比奈さんとは何もないんだよね。朝までその・・・色々したりとかしてないよね?」
「よく分からないけど本当に何もなかったよ。梓ってば心配性なんだから。」
「そ、それなら安心だよ。最初朝比奈さんが渡瀬さんの家に泊まったって聞いた時は心臓が止まるかと思ったから。」
梓はそう言ってようやくいつものふわふわとした天使に戻った。
誤解が解けて何よりだが梓にこのことを言った日向を許さない。日向ってば自分は関係ないからといって梓を動揺させて楽しんでいるんだ。
やはりこのことが青葉のファンにバレると大変なことになる。青葉や蓮には全力で口止めしなければいけない。そんなことを考えていると丁度教室から青葉がやって来る。
「あっ、おはよう青葉。今日はいつもより遅いけどどうしたの?」
「あれ、今日の朝比奈さんいつもと違う匂いがするね。」
青葉が来ると同時にクラスのみんなが青葉の元に集まる。こんな感じで青葉を見ていると改めて人気の高さが伺える。
「それにしても雪は昨日メイド喫茶でバイトしてたんだろ?なんかメイドの写真とか残ってないの?」
「えっ、渡瀬さんメイド喫茶でバイトしてるの?私も渡瀬さんのメイド姿見たいな。」
「なっ、だから日向はなんでそうもポンポンと私の地雷を踏み抜くの?写真なんて一枚もないから!」
突然の日向の発言に雪は飲んでいたお茶を吹き出した。日向はニヤニヤとしながら雪を見て、青葉も興味深々に雪を見ていた。日向はどれだけ雪を辱めれば気が済むのだろうか?
「それならバイトがどんな感じだったか教えてよ。雪のメイドなんて面白いに決まってんじゃん。」
「私も渡瀬さんのメイドの話聞きたいな。」
そう言って詰めて来る二人に雪は呆れた表情で窓の外を見る。この調子じゃ学校が終わるまで持ちそうにない。
「あれ、雪ってばご飯それだけ?いつも大きなお弁当があるじゃん。」
「朝バタバタしてたせいで忘れちゃったの。というか今日は学校に行くつもりなんてなかったのに。」
雪は愚痴を吐きながら購買で買ってきたメロンパンを頬張る。いつもお母さんが弁当を作ってくれるのだが今日は青葉と揉めてたせいで持って来るのを忘れてしまった。ちなみに何故か青葉の分のお弁当も用意されていて美味しそうに食べていた。鮭弁当なんて羨ましい。
「ふーん、よく分からないけれど雪も大変そうだね。というかさっきから何か視線を感じない?」
「そうかな?そんなことないと思うけど。それより来週の遠足のことなんだけどさ。」
教室は相変わらず騒がしく和気藹々としていた。雪もいつもの様に日向と梓と仲良く話して過ごす。
学校はつまらないし行きたくないけど日向と梓とお喋りをするこの時間だけは好きだった。特に他愛もない会話をしてるだけだがあっという間に時間が過ぎていく。
「それでお兄ちゃんってばひどいんだよ。私が楽しみにしていたプリンを勝手に食べたんだよ。」
「ねえ、少し話がしたいんだけど時間いい?」
雪が二人と話していると突然木下が話しかけて来る。木下が話しかけて来るとは思わずびっくりする。
「えっと、もしかして私に何か用でもあるの?」
「話したいことがあるから屋上まで来て欲しい。もちろん一人で。」
木下は雪を冷たい目で睨みつける。この目は明らかに雪のことを嫌っている目だった。この前のショッピングセンターの時といい木下が嫌っていることは知っていたがまさか直接言ってくるとは思わなかった。
「嘘、木下さんが渡瀬さんになんの用があるんだろう?」
「屋上ってもしかして告白なのかな。」
案の定、教室もざわついていた。青葉で隠れがちだが木下もかなりの美少女で一部からかなりの人気があるらしい。そのせいか、クラスメイトは雪を変な目で見ていた。それとさっきから強烈な視線を感じるのだが見なかったことにしよう。
「わ、私は二人とお話ししてるから今は無理かな。ごめんね、わざわざ誘ってくれたのに。」
雪はなんとかヘイトが溜まらない様にこの場を凌ごうとする。しかし木下はポケットからスマホを取り出して雪に一枚の写真を見せつける。
「なっ、なんでそれを?」
そこには雪と青葉が手を繋いで学校に登校している様子が撮られていた。おそらく今日の朝撮られたものだ。
「少しでいいから屋上に来て欲しい。もちろん断らないよね?」
断ったらこの写真をばら撒くと言わんばかりの顔で雪を見つめる。これはただの脅迫だ。
どうしてこうなったのか深く考える。やはり青葉を家に止めたのが悪い。いや、元をただせば全部蓮が悪い気がしてきた。
雪は蓮の方に目をやるが蓮は申し訳なさそうにしながらも雪から目を逸らす。こういう時に限って助けてくれない蓮は薄情ものだ。
「ほら、時間もないし早く行こう。断ったら分かってるでしょ?」
雪は仕方なく腹を括ることにした。流石に写真をばら撒かれたら雪の学校生活が終了してしまう。木下とはあまり二人きりになりたくなかったが今回ばかりは逃れられない。
「分かったよ。屋上に行けばいいんだよね。」
「おい、雪!本当に行くのか?」
「わ、渡瀬さん。一人で大丈夫なの?」
周りがざわついてる中、雪は木下と一緒に屋上へと向かった。既に嫌な予感しかしなかった。




