可愛いメイドさん
「どう、似合ってるかな?私も一度メイド服を着てみたかったんだ。」
青葉はメイド服を着てくるりと一回転してポーズをとる。青葉のメイド姿はとても明るくて派手だった。
「あら、青葉ちゃんってばとても可愛らしいじゃない。忙しい時に二人も入ってくれるなんて感謝しかないわ。」
まさか青葉までメイド喫茶でバイトすることになるとは。というのも突然団体のお客様がやって来て人手が足りなくなったからだ。
「本当に感謝しかないよ。とりあえずすぐに入って来るだろうから二人とも接客を頼む。」
「う、うん。でも私が接客して喜ぶかな?」
雪にはまだ自信がなくその場で戸惑うことしか出来なかった。それに男性の相手をするのはやっぱり怖い。
「雪ちゃんは可愛いから心配しなくても大丈夫だよ。絶対に人気ナンバーワン間違いなしだから。」
「ああ、それにアタシ達も遠くで見てるから安心しろ。」
二人の励ましもあって雪は覚悟を決めた。
「二人ともありがとう。私もできるだけ頑張ってみるよ。」
「流石雪ちゃん!やっぱり雪ちゃんは可愛いし大好き。」
「ちょっと、だから何かあったらすぐくっつくのをやめてよ。ほら、みんなすごい目で見てるから。」
蜜柑は場所を気にせず距離感が近いから困ったものだ。山尾も死んだような目で見ている。
「やっぱりこういうのって需要があるのよね。それに青春って感じで味がするわ。」
「いや、そんなこと言ってないで早く準備したほうがいいんじゃ?もう客が来るってのに。」
「蓮ちゃんったら真面目ね。もう、少し落ち着いてもいいのよ?」
「店長が落ち着きすぎなんですよ。もっと危機感を持った方がいいですよ。」
山尾と店長が話しているとドアが開いてお客さんが数人入って来る。
「ねえ、あの子達すごく可愛いない?しかもまだちっちゃいよ。」
「本当だ、まだ学生なのかな?色々とお話ししたいんだけど。」
メイド喫茶に入って来た客は男性ではなく若い女性だった。女性の客は雪を見つけて優しく笑っていた。男性の客を接客するよりはまだ荷が軽い。
「ほら、とりあえず二人とも接客してくれ。」
「了解だよ。それじゃあ、頑張ろうね雪ちゃん。」
「う、うん。一応頑張ってはみるよ。」
山尾と青葉に背中を押されて雪はお客さんの前に立った。
「い、いらっしゃいませご主人様。今日はお越しいただきありがとうございます。」
「ふふっ、小さくて可愛いわ。今日はたくさんお話ししましょう。」
「ではとりあえずこちらの席へどうぞ。」
雪は緊張しながらとりあえず席に案内した。さっきからお客様がずっと見てきて顔を合わせられないでいた。雪は人と顔を合わせるのが苦手だ。
「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。ほら、とりあえずお姉さんの隣に座って。」
「分かりました。それでは失礼はします。」
お姉さんの隣に座った雪は畏まりながらもなんとか深呼吸をして自我を保っていた。香水のいい匂いがしてドキッとしてしまう。
「まさかこんな可愛い子がいるなんて思わなかったわ。とりあえず名前を教えてよ。」
「えっと、雪と言います。まずはご注文を聞いてもいいですか?」
「雪ちゃんって言うのね。ちっちゃくて可愛いらしいわ。とりあえずパンケーキとコーヒーでも貰おうかしら。」
普通の会話でさえままならないというのにグイグイと来るお姉さんは雪の苦手なタイプだった。
「それにしても雪ちゃんは初めて見る顔だけどどうしてメイド喫茶で働いてるの?高校生でバイトって忙しいでしょ。」
「人が足りてないと山尾さんに言われたのでしょうがなく入っただけです。本当はこんなことしたい訳では。」
「なるほどね、それなら今日だけでも楽しんでね。メイドさんは大変なこともあるけど意外と楽しいから。それに私は可愛い子と話すのが大好きなのよ。」
雪はお姉さんのふんわりとしたペースに飲まれそうになる。
メイドなんて人と話すことが好きな人がやるべきなんだ。それに比べて雪は会話をするのが嫌いだった。会話をするのは疲れるだけだし嫌味や悪口を言われるのが怖かった。それなのに。
「ほら、辛いことがあったらなんでも言ってね?お姉さんもまだ大学生だけど雪ちゃんよりは年上だからアドバイスくらいならしてあげられるから。」
お姉さんは温かくて雪のペースで会話をしてくれる。
青葉や梓もそうだけど会話をしてても嫌な気持ちがしなくてなんだか落ち着く。だから雪ももう少し会話をしたいと思う。
「すみません。私は会話をするのが苦手なのでその、もしかしたら不快にさせてるんじゃないかと思って。」
雪は生活をしている時、偶にトラウマを思い出すことがある。中でもこうやって人と会話していると昔のことを思い出してしまう。雪はこれ以上人に嫌われたくないし傷つきたくもない。
「平気平気。私は他人に上手な会話を求めたりはしないから。だから雪ちゃんのペースで話していいよ。」
お姉さんはそう言って雪の頭を優しく撫でる。ここはお触り禁止なはずだがそんなことはもう忘れていた。
お姉さんの手は温かくて青葉とはまた違った優しさを感じる。
雪は緊張しながらもお姉さんと会話をすることにした。どちらかというとお姉さんが雪の会話を聞く形だったが悪い気はしなかった。
「こちら、ご注文のコーヒーとパンケーキです。ゆっくりお食べください。」
「あら、蓮ちゃんじゃない。今日も頑張って働いているわね。」
山尾とお姉さんは知り合いなのか仲良さそうに話していた。
「ええ、お金が必要なので。それに美羽さんこそよくここに来てくださりありがとうございます。」
食事を運んできた山尾はそれだけ行って別の方に行った。山尾もいろんな人に食事を運んだりして大変そうだ。それに山尾がお金を稼がないといけない理由とはなんだろうか?
「ふふっ、蓮ちゃんも相変わらず不器用そうで可愛いわね。雪ちゃんは蓮ちゃんの友達でしょ。蓮ちゃんがここで働いている理由を知ってる?」
「いえ、そこまで詳しくは聞いてません。何かあるのでしょうか?」
その質問に雪は首を傾げる。よく考えたら雪は山尾のことをあまり知らなかった。
もっと山尾のことについて知りたいと思う。
「そうね、あの子の家は少し複雑らしいの。なんでも親が離婚したらしいから。」
お姉さんの言葉に雪はドキッとする。雪は静かにお姉さんの話を聞くことにした。
「私がこのメイド喫茶に通い始めたのは二年前ほどなんだけどその時から蓮ちゃんは既に働いていたわ。」
「二年前ってまだ中学生ですよね。そんな時から山尾さんは働いていたんですか?」
中学生でバイトなんて学校側が認めてくれなさそうだ。それにそんな忙しいこと雪にはできそうにもない。
「学校には内緒でやってたんだよ。どうしてもお金が欲しくてな。」
雪がお姉さんの話を聞いていると突然山尾がやって来る。山尾は雪をじっと見つめていた。
「ど、どうしてここに?もしかしてさっきの話きいてた?」
「ああ、全部聞こえてたよ。そんなにアタシのことが気になるのか?」
「うん、私はもっと山尾さんのことを知りたい。」
雪は最初の頃、山尾の見た目が怖くて仕方なかった。それでも実際に話してみるととても優しかった。だからもっと山尾のことをちゃんと知りたい。もっと山尾と向き合いたかった。
「はあ、それなら教えてやるよ。さっき美羽さんがアタシの親が離婚したと言っただろう?離婚した後両親が大喧嘩をして結局お母さんがアタシを引き取ったんだ。」
「それが確か中学の最初のことでしょ?まだ小さいのに大変よね。」
山尾は別に怒っても悔しそうにもしてなかった。ただ少し寂しそうな顔をしていた。
雪も小さい頃に父親が他界したからその寂しさはよく分かる。雪もその当時はずっと泣いていたがお母さんや流星が慰めてくれていた。
「お母さんが引き取ったのはいいがお母さんはその時まともな仕事をしていなかったから貯金なんてなかったんだ。お父さんも一切支援をしてくれなくて本当に当時は苦しかったよ。」
「だから山尾さんまでバイトをしてたってこと?そんなのひどいよ。」
中学生の頃からバイトなんて大変に決まってる。勉強や友達と遊ぶ時間を削ってまで家のために働くなんておかしいと思う。
「しょうがねえよ。今はお母さんも仕事をしてるけど学費は高いしアタシもバイトをするしかないんだ。それにお母さんはずっとアタシを支えてくれただからアタシもお母さんを支えたいんだ。」
山尾をなんて強いのだろうか。雪にはそんなこと絶対にできない。
「そっか、山尾さんは凄いよ。だから給料の高いここで働いていたんだね。」
山尾がメイド喫茶なんて柄じゃないと思っていたが今理由が分かった。
「ああ、メイドで接客するのは恥ずかしいが今じゃ慣れたからな。それと中学生のアタシを採用してくれる店がここしかなかったんだ。」
「あの店長さんも物好きだからね。本当に蓮ちゃんのことを実の子供のように可愛がっていたわ。」
「ああ、だからアタシはお母さんと店長の為にもずっとここで働いているんだ。」
山尾は本当に強い。雪にはできないようなことを平気でやっていてびっくりする。
山尾が一人でいることが多いのももしかしたら弱気な自分を他の人に見せない為なのかもしれない。
「だから今日はバイトを手伝ってくれた二人には感謝してる。それにアタシはもっと雪と仲良くしたい。これからもよろしく頼む。」
山尾はそう言って手を差し伸べる。雪はその手を両手で優しく握った。雪も山尾のことを勘違いしていた。
でも今は山尾ともっと仲良くなりたい。
「私こそ蓮ともっと仲良くなりたい。よろしくね。」
蓮と雪はお互いに笑い合った。
「むぅ、二人だけで仲良さそうにしないで!私も仲間にいれて。」
「あら、そういうのいいじゃない。それなら私も入るわ。」
「なら私も入るわ。ほら、お姉さんもここの常連客だから。」
そしてそこにはみんな集まって笑っていた。
今のメイド喫茶は楽しくてガヤガヤしてて、まさに理想の職場だった。
「はあ、名残惜しいけどそろそろ帰るわ。また会いましょうね雪ちゃん。」
未羽さんは雪の頭を撫でながら名残惜しそうにしていた。この店のお触り禁止というルールは本当に機能しているのだろうか?
「私も雪ちゃんに触りたい。ほら、ぎゅってするね。」
「ねえ、だからみんな見てるってば。抱きつくのはやめてよ。」
「あらあら、二人とも可愛らしいわね。今度は青葉ちゃんを指名しようかしら。」
毎度毎度このやりとりをしてる気がする。いつになったら青葉は離れてくれるのか。
「ふふっ、本当に楽しかったよ。それじゃあまたね。」
美羽さんは他の人たちと一緒にメイド喫茶を出た。雪は手を振って見送った後、大きなため息を吐く。
これで業務が終わったしやっと家に帰ることができる。帰ったらゲームをする至福の時間が待っている。
「二人とも本当に助かったわ。はい、これは今日の分の給料よ。」
封筒を開けるとそこには三時間分の給料が入っていた。四千五百円あればゲームソフト一本買えるではないか。そう思うと今日一日頑張った甲斐がある。
偶にはバイトをするのもいいかもしれない。無論メイド喫茶ではもう働かないが。
「本当に助かったよ二人とも。もう外は暗いし気をつけろよ。」
「そうだね、電車も近いし帰ろっか。ってどうしたの青葉?」
もうすぐ電車がやって来る為、急いで駅に向かわないと行けなかったが何やら青葉の様子がおかしかった。何故か小刻みに震えている。
「そ、それが家に帰れなくなっちゃったの!どうしよう雪ちゃん?」
「えっ、嘘でしょ?」
その青葉の言葉に雪は驚くことしかできなかった。




