#51 探知魔法
俺たちは調査依頼のため、遺跡の奥へと足を踏み入れている。
真っ暗な地下では、燭台の光が頼りだ。
幸いにも、燭台は壁沿いにいくつも配置されているおかげで歩く分には困らない。
だが、燭台が配置されていない場所があり、そうした場所を歩く場合は、別の光源を手持ちする必要がある。
――そう。今俺が向かう先のように。
「ライト」
フィリアが唱えると、杖先から淡い光が出現し、燭台の光が途切れたその場所をぱっと明るく照らす。
「さっすがフィリアね。気が利く!」
姉の反応に「えへへ」と笑うフィリア。暗くてよく見えないが、頬がほんのり赤く染まっている――ような気がした。
* ――――――
明かりの途切れた通路がずっと続く遺跡の奥。
フィリアの杖から灯された光で照らされた先は、通路が分かれている場所がいくつも続いていた。
「暗いし入り組んでるしで大変だな」
「そうね。二人とも、気を付けてね」
「ああ」
足場は悪くない。だがこの暗闇だと魔物の奇襲に遭う危険がある。
さっきはティアナが気付いてくれたおかげで先制できたが、毎回上手くいくわけじゃない。
ティアナのことを信用していないわけじゃないが、俺だって頼ってばかりじゃいられない。
俺も魔物の気配を感じ取れるようになれたらいいのだけど。
いつもフィリアが使っている、探知魔法。俺もやってみるか。
俺は杖を構え、魔力を込める。
「ミドルサーチ」
詠唱と共に、魔法陣が展開された。
だが、何も感じ取ることができない。
「えっ、アルトくん。急にどうしたの?」
隣のフィリアからは、戸惑いの声が漏れる。
「俺もフィリアが使ってる探知魔法を使えないかなって」
「なになに? アルトも探知魔法使えるの?」
探知魔法というワードに、ティアナがフィリアより先に反応する。
「いや、使えなかった。魔法は詠唱と魔力の込め方さえ合っていれば使えるはずなんだ。だから、魔力の込め方が違うんだと思う」
「あたしに専門的なこと言われても知らないよ……」
「お姉ちゃんは感覚派だもんね。魔法ってほら、魔法言語を覚えるところから始めないといけないし」
「お姉ちゃんに対して生意気よ」
「えへへ、ごめんって」
フィリアからはシャラシャラと小気味の良い音が小さく聞こえてくる。おそらく杖を揺らしているのだろう。
「それで、フィリアに聞きたいんだけど、探知魔法の魔力を込めるコツがあれば教えてほしくて」
俺の言葉に、フィリアから聞こえる音が一瞬止まる。
少しの沈黙のあと、彼女は小さく息を吐いた。
「わかった」
フィリアは手に持った杖を構え、しゃっと音を鳴らせた。
「あら、先生になるのね」
「ちっ、違うよお」
「アルトにいろんなこと教えてあげてね。先生?」
「もう、お姉ちゃん……」
二人の間に意味深なやりとりが繰り広げられているが、気にしないことにしよう。
* ――――――
湿った空気が喉を通る真っ暗な遺跡の中で、俺たちはフィリアの魔法を頼りに奥へ奥へと進んでいる。
フィリアに軽く探知魔法のコツを教わった俺は、上手くできるかを試すつもりだ。
足場が平地で歩きやすいので、暗ささえ何とかできれば試しながら進むにはちょうどいい。
「ミドルサーチ」
魔法陣を展開し、フィリアに教わった通り魔力を流し込むと――
「あれ、近くに2つ反応がある」
俺が報告すると、ティアナの方から金属をこするような音が響いた。フィリアも杖を構えていて、二人とも時が止まっているかのようにぴたりと動かない。
俺ももう一度探知魔法を使おう。
「ミドルサーチ」
――やっぱり近くに反応が2つ、いや。俺の目の前だ。
だが、近くに魔物はいない。いるのは――
ティアナとフィリアだ。
「もしかしたらなんだけど、反応があったのは二人かもしれない」
「もー、警戒して損したわよ」
うっすらと、ティアナが剣を鞘に戻しながらため息をついたのが見えた。
「あはは……。でも、アルトくんもミドルサーチが使えるようになっちゃったってことだね」
「いや、使えると言ってもどこに反応があるかわかるだけだ」
「それでもすごいよ。私は何度も練習したもん」
フィリアの顔が杖の魔法に照らされ、うっすらと浮かび上がる。
微笑んではいるが、眉が下がっている気がするのは気のせいだろうか。
「まだまだフィリアに頼るだろうけどな」
「うん。私も、アルトくんに仕事をとられないようにしなくちゃね」
「とるつもりはないよ……」
何はともあれ、俺も探知魔法が使えるようになってよかった。
フィリアと比べたら精度は低いかもしれないが、今はまだこれで十分だろう。
魔物ではないとわかり、俺たちは再び遺跡の奥へ進んだ。
* ――――――
しばらく歩いていると、再び燭台の光が見えてきた。
燭台は突き当りに見え、そこから左右に伸びる道沿いを照らしているようだ。
これで真っ暗な道とおさらばできる。そう思えた俺たちは、自然と足が速まっていた。
燭台まで、あと数十歩先だ。
――いや、油断させるためのものかもしれない。
「待って」
俺の声に合わせて二人は足を止める。
「こういうときこそ、慎重にならないとな」
一応、探知魔法を使っておこう。
俺は杖を前に出し、魔法陣を展開した。
「ミドルサーチ」
周囲の情報が脳に直接送り込まれる。
とはいえ、得られる情報はほんのわずかだ。
だが、それでいい。
あまりに多くの情報が流れ込むと、処理しきれないからだ。
目の前に反応が二つ。これはフィリアとティアナだから無視して、あとは――
「燭台がある突き当りを右に曲がった先に一つだけ反応がある」
気付けてよかった。真っ暗な道に浮かぶ燭台の先で、明かりに寄って来た冒険者を捕まえる蜘蛛のごとく、待ち伏せされていたのだ。
「アルトくん、ありがとう」
「フィリア、判別できるか?」
「やってみる。魔法は同時に発動できないから、ライトを消すね」
フィリアは杖を構えると、周囲の明かりがぱっと消えてしまった。
十数歩先の燭台の光が、激しく揺れるフィリアの髪とリボンをうっすらと照らしていた。
「ミドルサーチ」
長いようで短い時間。
俺とティアナは、フィリアの”答え合わせ”の瞬間を待機している。
「これは、魔物の反応だよ」
「二人とも、でかした」
ティアナは鞘から剣を抜く。
「次の調査はこいつの素材だな」
俺も杖を構えた。
祝詞の準備は、いつだって構わない。
だが、先にやることがある。
「その前に、魔物を確認していいか。どんな攻撃が効くのか、ヒントがほしくて」
「気を付けてね」
俺は先頭に立ち、慎重に燭台が見える突き当りへと近づいた。確か、ここの右側にいるんだっけな。
足を進めるたび、燭台がどんどん近くなってくる。
そして、突き当りの壁越しに、ほんの少しだけ顔を覗かせた。
――奴の姿を確認する。
二足歩行の魔物なのだが、泥のようなものをまとっていて、ちゃんと姿を捉えることができない。
身長は、俺たちと同じくらいか。さっき戦ったゴブリンよりは大きいので、少しだけ圧倒される。
顔を引っ込めると、二人の顔が近くにあった。
「どんな魔物だった?」
「わからない。初めて見る魔物だ」
魔物の姿を確認して弱点になりそうなものを叩き込むつもりだったが、正体がわからない以上、俺としてはどうしようもない。
できることと言えば、とにかく強力な魔法を撃つことくらいだ。
「それなら、あたしも確認するね」
続いて、ティアナも魔物の姿を確認するため、壁からちらりと顔を覗かせる。
「えっ……」
壁から片目だけを出したティアナの顔はみるみる青ざめてゆく。
そして、すぐに顔を引っ込め、俺たちに向き直った。
「ナイトストーカー、Cランクの魔物よ。あたしたちに勝てる相手じゃない」
「Cランクって、確か――」
「あの時――6人で戦ったワイバーンがDランクだから、それより強いことになるわ」
一瞬の沈黙。俺たちは目を合わせる。
「逃げよう」
フィリアの呼びかけに、俺とティアナは無言で頷く。その時――
「ギュイイイイイン!!!」
奴の方向から、生き物の鳴き声とは思えない奇声が響いた。
その声は、確実にこちらへと向けられていた。




