#50 成長と観察
「嘘だろ……。生きてるなんて」
4体のゴブリンが斧を激しく振り回しながら、こちらに向かってくる。
刃先が燭台に照らされてオレンジ色の光をちらりと輝かせていて、ゴブリン共が斧を振るたびに空気を切り裂く音が聞こえてくる。
もう一度祝詞を乗せた魔法を放つ時間は無い。
どうしよう……。
ワイバーン戦で右肩から大量に血を流したことを思い出し、思わず足がすくんだ。
「あたしが出るわ」
ティアナは剣を構え、突撃する。
ならば、俺は戦いやすいよう援護すればいいじゃないか。
ティアナはゴブリンに剣を振るい、鈍い金属音を何度も鳴らすも、奴が持っていた斧に防がれ続けている。
隙をつくように別のゴブリンがティアナめがけて斧を振り下ろした。しかし、ティアナはバック宙で距離を取り、空振り。
俺はティアナに当たらないよう氷魔法で援護する。当たらなくていい。少しの隙を作れれば、それだけで十分だ。
杖を構え、魔法陣を展開する。
「アイスニードル」
ティアナに当たってしまいそうな場所は避け、氷の矢を放つ。
――あの時の、ワイバーン戦の連携を活かして。
ゴブリンの顔面目がけて直線上に飛ぶ氷の矢に、奴らは斧を使って顔面を守る。
そうだ、それでいい。
ゴブリンの視界が防がれたこの瞬間を、ティアナは見逃さない。
「はああああっ!」
剣は、ゴブリンの胴を引き裂いた。剣先から、奴の血が雫となって宙を舞う。
「お姉ちゃん、しゃがんで!」
フィリアの声に反応し、即座に姿勢を低くする。
「コールドバルカン」
杖には、魔法陣が浮かんでいた。
フィリアの髪とリボンは、暗いながらも激しくゆれているのがわかる。
大量に降り注ぐ氷の弾丸はしゃがんでいるティアナの上を通過し、再びゴブリンへ襲い掛かった。
顔面を守るので精いっぱいだったのか、身体は傷だらけで明らかに動きが悪くなっている。
「とどめよ」
風に舞う花びらの如く、壁を蹴り、宙を舞う。
そして、勢いに身を任せて奴らの首を斬り飛ばした。
ティアナの着地と同時に、ゴブリンの首からは噴水のように血が吹き出る。
「討伐、完了ね」
ティアナは剣についた血を弾き飛ばし、鞘に納めた。
* ――――――
「お姉ちゃん、おつかれさま」
「フィリアも、すごかったじゃない」
「えへへ」
「アルトも、援護ありがとうね」
「ああ」
祝詞を乗せた魔法を耐えられたときはどうしようかと思ったが、誰もケガすることなく討伐できて本当によかった。
とはいえ、思っていたより時間がかかってしまったが。
「さて、素材を回収しないとね」
ティアナは手袋と小さなナイフを取り出す。
解体をしてくれる人がいるのは助かるな……。
「あれっ」
解体の準備を済ませたティアナが、ゴブリンの死体に向かって拍子が抜けたような声を上げる。
「どうしたんだ?」
「全部、魔石に変わっているわ」
「……本当だ。そういえば、高く売れるって言ってたな」
「そうなんだけど、これも調査結果として渡さなきゃいけないんだよね」
「じゃあ、これも含めて報酬が提示された額ってことか」
「――うん」
これらがすべて換金対象であれば、カノンの日記に必要な金額を大きく埋められるだろう。
しかし、魔石も調査対象として渡さなければならないとなると、依頼の達成度は上がるが報酬には貢献しない。
日記の期限が迫っている分、早く帰れるのは嬉しいが、報酬が変わらないんじゃあな……。
「解体の手間が省けたと思えば楽だけど、売れないなら意味ないわね。美味しい物食べたかったなあ」
ティアナはため息と共に肩を落とす。
「待って、二人とも」
「なあに?」
「どうした?」
「全部魔石って、変だよ。それじゃあ、このゴブリンたちは、魔王が直接呼び出したってことになるよね」
魔王? そんな話聞いたような、聞かなかったような……。
急に壮大な話をされてもよくわからない。
「そうなのか?」
「うん。だって、魔王はもう滅んだはず。なのに、こんなに魔石が出るなんて、おかしいよ。本当はもっと珍しいもののはずだよ」
「言われてみれば、そうねえ。何かの前兆かも」
ティアナは魔石を拾い、周りの燭台に照らしながらじっくりと見つめる。
俺も一緒になって魔石を見るが、ダイヤの形をした綺麗な石にしか見えない。
「あまり怖いこと言わないでくれよ」
過去に町を全て流された俺は、前兆という言葉に思わず強く反応した。
とはいえ、二人が俺より魔石に詳しいのは事実だ。アルカディアにいた頃は魔石を見たことがなかったから。
二人が自然発生じゃないというなら、そうなのかもしれないな。
「とにかく、あたしたちにできることは、これをギルドに見せることだけね」
「そうだな」
これが異変の兆行だとしても、俺たちだけではどうすることもできない。
調査の結果として、ギルドに提出した方がいいだろう。
――魔石が換金できないのは残念だったが。
「それじゃ、今回の調査依頼は終了か?」
「うーん……。これだけだと、調査として認められないかも」
眉を下げて答えるフィリアを見て、俺も肩を落とす。
「まじか……。早く終わらせたいんだけどな」
早く帰って報酬をもらいたい。
だが、いいかげんな仕事で報酬をもらう機会を失い、カノンの日記が遠のくなんてことは避けなければならない。
「少し奥に進んでみよっか」
ティアナの提案に、俺は頷いた。
この依頼、さっさと終わらせよう。
俺たちは、新たな調査結果を求めて、遺跡の奥へと足を踏み入れることにした。
――この時はまだ、後であんなに恐ろしい目に遭うとは、夢にも思っていなかったのだ。




