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#49 ラッカ遺跡調査開始

「開けるよ」


「うん」


 扉のちょうど左右にある二つの燭台と、フィリアの杖から放たれる光源だけが頼りの、真っ暗な遺跡の入り口。

 ティアナは目の前の扉にゆっくりと手をかけた。


 扉を動かすたび、重苦しい高音が鳴り響くと共に、ぬるい風が頬を撫でる。


 いよいよ、か……。


 これから調査依頼が始まるのだ。俺は杖を握りしめ、ごくりと唾を呑み込んだ。



 * ――――――



 扉の向こうは燭台がまばらに配置されていて、階段を下るときよりは明るく感じた。よく見ると、燭台には火がついているわけではなく、上に光る石のようなものが埋め込まれているようだ。


 ぼんやりと映る光のおかげで、周りをよく見渡すことができる。


 中は迷路のように入り組んでいて、道が何本かに枝分かれしていた。右側には梯子はしごがかかっていて、立体的な空間を演出している。

 天井が高いせいか、上は真っ暗闇で、明かりは壁伝いに配置された燭台を頼るしかない。しかも、場所によっては燭台の光が届いてすらいなかった。


「道が全部見えるわけじゃないのか。油断禁物だな」


 暗やみの緊張感で焦る気持ちが次第に奥へ沈んでいくのを感じる。


「そうね。見えない場所はフィリア。お願いしていいかしら」


「うん。けど、私が照らしてる間は魔法を使えないから、戦闘は二人にお願いしていい?」


「もちろんさ。ティアナも頼んだぞ」


「おっけー」




 俺たちは前へと進み始めた。ティアナが先導し、俺とフィリアが後ろに続く形だ。

 燭台の光が続いているところではフィリアの光魔法を消して進む。こうすることで、魔力を温存できるだろう。


 歩くたびに床がコツコツと音を鳴らす。


 遺跡と言われているからにはもっとボロな場所を想像していたが、ラッカ遺跡は思っていたよりもいたみが少なく、暗さ以外に障壁となり得る要素が見当たらない。


 それでも、床にひび割れが全く無いというわけではないのだが。


「思ったより歩きやすいな」


「そうかな?」


「遺跡と言うくらいだからもっとボロボロな場所を想像していたからな。見る感じ、ここは風化が少なくて、足場も安定しているだろ?」


「そうなの? これが普通だと思ってたよ」


「いや、俺もよくわからん」


 俺とフィリアの依頼に関わる――というより、もはや雑談かもしれない。


 もちろん、普段より声のトーンは落としている。


 複雑な構造かつ上にも足場があることから、奇襲される可能性があることくらい俺でもわかる。


 アルカディアで魔法技士になるための訓練をしていた頃と比べると、すっかりこの地の「掟」に馴染んできた気がする。


 魔物と対峙するということ。それは、己の命を賭けるということ。アルカディアの「飛翔制御射撃」のような試験ではない。


 そこにあるのは、本物の「命のやり取り」だ。


 争いや流血とは無縁だった過去の俺に今の状況を説明したらどう思うだろう。


 それこそ本当に「おとぎ話」だと笑うだろうな。



 * ――――――



「静かに」


 小さく、それでいて鋭い声で注意を呼びかけられた。

 俺たちは足を止め、周囲に気を配る。


「魔物の気配がするわ。フィリア、探知魔法をお願い」


 ティアナの指示に、フィリアは無言で頷く。


「ミドルサーチ」


 フィリアが杖を前に掲げる。

 燭台の光のおかげで、ぼんやりと魔法陣が展開されているのが見えた。


「近くに魔物が4体。たぶん、壁を曲がった先」


 フィリアは燭台に移る十数歩先の壁を指さした。

 突き当りには右側に通路が伸びているのがわかる。


 曲がり角か……。魔法を撃つにしてもカーブは難しいな。


「魔物の種類はわかるか?」


「わからない。魔物がいることしか……。どうする?」


「位置がわかってるなら先制しよう」


 待ち伏せも悪くないが、その間ずっと気を張っているとその分消耗するし、何より時間の無駄だ。それより、短期決戦で一気に仕留めた方がいいだろう。




「魔物の素材を持ち帰るのが今回の依頼だから、戦闘は避けられない」


 俺は二人に目線で合図を送り、杖を構えた。


「アルト。いきなり魔物の前には出ないこと。わかった?」


「言われなくてもわかってるよ……」


 敵の位置がわかっている分、これはチャンスでもある。準備もせず前に出るのは得策ではないだろう。


 俺は杖を構えていた手を強く握りしめ、足音を殺しながら前へと進む。二人も、俺の後ろを慎重についていく。


「角で魔法を叩き込む」


「じゃあ、あたしが生き残っている分を倒せばいいってことね」


「任せた」


 角についた俺たちは、おそるおそる壁越しの魔物を確認する。そこには、ゴブリンが奴らの身長ほどの大きな斧を構えて集まっているのが見えた。


「なんだ、ただのゴブリンか。俺一人で十分だ」


 以前からゴブリンは大量討伐を行っており、戦い慣れている。こいつらなら大丈夫だろう。


 いつも通り、祝詞の準備をする。

 属性は、使い慣れている氷でいいだろう。



 冷酷なる氷の精霊よ、か弱き我に力を――



「アルト、待って」


 ティアナの小声に、祝詞が遮られる。


「なんだ?」


「斧を持てるゴブリン、おそらく強化ホブ個体よ」


強化ホブ個体?」


「ええ。他のゴブリンより知能が高く、力も強いわ。それが4体もいるんだもの。あたしたちより格上だと思ってちょうだい」


「ただのゴブリンじゃなかったのか。それを聞けて良かった」


 普通のゴブリンより強いというなら、不用意に壁から体を出すべきではなさそうだ。


 とはいえ、魔法は本来杖を構えて正面に放つもの。カーブを描くように攻撃する都合のいい魔法なんて――


 いや、ある。

 風魔法だ。


 正面には高い壁。そこに当てれば、空間が広がる右側――強化ホブゴブリンへと突き進むだろう。


 味方を巻き込む危険があるからしばらく封印していたが、格上に不意打ちの攻撃を叩き込むにはこれしかない。


「私も一緒に先制するよ。アルトくんほど上手にはできないけど、私だって祝詞を使えるもん」


「待ってくれ。俺はこれから風魔法を使う。暴発して二人を巻き込むかもしれないから、少し離れてほしい」


「なら、離れたところで戦うよ」


 フィリアは杖を構え、魔法陣を展開した。杖の光は遺跡の暗闇にかき消され、周りの燭台がぼんやりと魔法陣を照らしている。


「アルトくん、先にお願い」


「ああ。任せてくれ」


 俺は握りしめていた杖に魔力を込めると、ぱっと魔法陣が浮かび上がった。それに風の力を乗せ、浮かんだ魔法陣は緑色に染まっていく。



 疾風の精霊よ、か弱き我に力を――



 風よ切り裂け、雲来の竜巻――



「ヘル・サイクロン」


 緑の魔法陣から出現した竜巻は、俺の髪や服、そして思い出のペンダントを激しく揺らす。あまりの風力に俺自身まで巻き込まれそうになり、足を曲げて必死に踏ん張る。


 そして、魔法陣から離れた竜巻は大きな物音を立てて前方へと突き進んだ。正面の壁に阻まれ、行き場を失った竜巻は、形を矢のように鋭く姿を変え、強化ホブゴブリンの元へ――


 次第に、ゴブリンたちの悲鳴が俺たちの元まで響く。何もないはずの場所から祝詞を乗せた風の魔法を飛ばしたんだ。奴らにとってはひとたまりもないだろう。


「これで終わりじゃないよ、コールドバルカン」


 フィリアは氷魔法で追い打ちをかけた。放たれる氷の弾丸は正確にゴブリンの身体を捉える。


 ――前よりずっと精度が上がっている。陰で練習したんだな。


 4体のゴブリンはその場に倒れ込む。


「やった!」


 そう確信した瞬間――




 倒れていたはずのゴブリンたちが、立ち上がった。


 そして、持っていた斧を横に振り、雄叫びを上げてこちらに向かってきた。



次の更新は 4月12日 の予定です。

予定次第で11日に前倒しするかもしれませんが、その時はよろしくお願いします。

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