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#48 久しぶりの遠征

 俺たちはポルトマーレを出て、ラッカ遺跡へと向かっている。


 街で感じていた潮の香りは、いつの間にか草花の香りへと変わっていた。

 適度に陽が当たっていて、ほのかに風が頬を撫でる。


 街道に沿って、靴越しに伝わる土を感じながら歩いていた。


 片手に地図を持っているので、迷う心配はないだろう。




 しかし、問題はこの依頼が「遠征」にあたるということだ。カノンの日記までに必要な報酬と残り日数を計算すると、この依頼には3日以上かけたくない。


 ――もう、俺には時間が残されていないのだ。


 今までこの依頼より報酬が安いものは何度か受けていたが、それは1日で達成できる範囲のものだったからだ。


 後日帳尻を合わせるにしても、少ない日数でカバーするのは不可能に近い。


 俺はこの依頼を2日で終わらせるためのシミュレーションを頭の中で始めた。


 時折、思考にちらちらとノイズが耳から入り込んだが、そんなことは気にしていられない。




 ――とはいえ、これは俺の都合だ。俺のために二人に無理をさせるわけにはいかないことくらいわかっている。


 俺だってもう一人前の魔法使いのはず。二人の手を引っ張ることくらいできるだろう。


「――ねえ、ねえってば」


 肩を軽く叩かれ、俺は我に返る。

 どうやらティアナに呼ばれていたらしい。


「ああ、すまん。なんだ?」


「魔物調査依頼なんだけど、必要な素材は――」



 * ――――――



 あれからどれくらい時間がたっただろう。

 3人で今日の依頼について話をしていたはずだが、はっきり言ってあまり覚えていない。


 俺たちは足を止め、地図をもう一度広げる。


 薄暗くなりつつある空の光で地図を読み取るのは難しかったが、どうやらラッカ遺跡まであと少しでたどり着けるらしい。


「二人とも、まだ歩けそう?」


 ティアナは俺たちに呼びかける。

 ちょっと足が痛い気はするが、そんなのは些細なことだ。


「――平気だ」


「私もまだ大丈夫」


「おっけー。それじゃ先進もう」


 二人の返事を聞いたティアナは再び背を向け、先頭へと立った。


 俺はフィリアに目を配る。足の動き、息遣いからあまり疲れを感じさせない。


 少しでも早く依頼を終わらせるために、ここで休んではいられないな。



 * ――――――



「ここがラッカ遺跡よ」


 ティアナは足を止め、蔦が絡まった白くてボロボロの建物群を指さす。


 街道沿いから少しだけ外れたところにあったこの場所は、あらゆる建物が吹き抜け上になっていて、外からでも中の様子がよくわかる。魔物の声どころか虫の音ひとつ聞こえない空間で、時と共に忘れられたような神秘さを感じさせる。


「本当にここか? 魔物の気配がしないぞ」


「ラッカ遺跡は一番大きな建物にある地下階段が入口。ここに魔物が屯する話は聞いたことが無いわ」


 ティアナはそう言って、前に進み始めた。


「みんな、進んでいい?」


「ああ」


 歩き疲れて痛む足をかばいつつも、俺は返事をする。


「ちょっ、ちょっと休憩したいかも」


 フィリアは杖を下に向け、眉を少しだけ下げた。


「ごめんね、アルトくん」


「いや、気にするな。ティアナ、やっぱり休憩しよう」


「おっけー。ついでに夕食にしよっか」


 ティアナは遺跡から少しだけ離れた、草の生えていない場所にクロスを敷く。


 俺一人だったらこれくらい無視して進んでいるが、フィリアが消耗しているなら仕方ない。


 せっかくだし、俺も今のうちに足を休めておこう。




「プチファイア」


 みんなで集めてきた枝に火をつける。


「そういえば、食材は残っているのか?」


「ある――っと言いたいとこだけど、実は残り少ないかも」


「大丈夫かよ」


「大丈夫大丈夫! というかさっさと食べておきたいかも。じゃないと痛むし……。ていうか、もし無くなったら現地調達でもおっけーでしょ」


 ティアナは調理器具を取り出し、夕食を作り始めた。

 大丈夫なのか――とは思ったが、作っているのはティアナだし、信じることにしよう。




 夕食を取り終え、しばらくした頃――


「みんな、そろそろ行こっか」


 ティアナは立ち上がり、広げた荷物を片づけ始めたので、俺たちも一緒に手伝う。


 最初は休憩をとらずに進むつもりだったが、休憩をとったおかげで足を回復させることができたので、結果的には良かったと思う。


 さて、ラッカ遺跡魔物調査開始だ。

 俺はふっと小さく息を吐き、気持ちを引き締めた。



 * ――――――



「へえ。こんな感じになってるんだな」


 大きな下り階段を目の当たりにし、思わず息を呑んだ。


 町でいつも泊まっている宿の階段とはスケールが全然違っていて、上からじゃ底が見えないのだ。


 かなり深く続いているのは間違いない。


「ライト」


 フィリアが唱えると、杖の先が淡く光りはじめた。


「アルトくんは、ここ来たの初めてだよね。暗いから気を付けて」


「ああ――って、フィリア来たことあるのか」


「うん。一回だけね」


「そうか」


「はぐれないでね?」


「もちろん」


 俺たちは慎重に階段をくだる。

 コツコツと響く音が、俺の焦る気持ちを静めてくる。


 下っていくごとに空気が湿っているのを感じる。だが、不思議とかび臭さは感じず、ある意味異様な体験だった。


 しだいに、フィリアの杖から放つ淡い光だけが見えるようになった。杖を地面に向け、足元を照らしながら階段をくだっている。


 星の光さえも遮られた空間。


「見える?」


 フィリアの声。


 顔はうっすらとしか見えないので表情が読み取れないが、声色は優しい。


「見えるよ。助かる」


 階段をゆっくりとくだっていくと、突然奥からオレンジ色の光が二つ見えた。俺は咄嗟に杖を構える。


「アルトくん大丈夫だよ。ただの燭台だから。真ん中に扉があるの」


「なんだ、魔物かと思ったよ」


 俺は安堵し、杖を降ろしながら再度階段をくだりはじめたとき、膝が一瞬、空を踏んだような感覚に陥った。

 下り続けていた感覚が抜けず、もう一段あるつもりで足を踏み出していたのだ。


 脱力感で前につんのめるところを持っていた杖で勢いを殺す。


「あっぶね、暗いってだけで恐ろしいな」


「アルトくん、本当に気を付けてね?」


「ああ、すまない」


 俺はフィリアの声の先と杖の先を交互に目線を移した。


 さっさと終わらせたいが――危ないし、気を付けないとな。




「ここだな」


 俺は燭台に視線を向ける。先はくぼみになっていて、一番奥に扉がひとつと、燭台が左右にそれぞれ配置されている。


「二人とも、準備はいい?」


「ああ」


 俺はティアナに返事をする。


 ラッカ遺跡調査依頼。ここにはどんな魔物が出てくるのだろう。不安混じりだったが、俺なら大丈夫なはずだ。

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