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#46 みんなで実食

 ティアナにカレーを横取りされたので渋々厨房へと向かう。すると、メイルさんが俺の器を手に取り、カレーを盛ってくれた。


「わざわざすみません」


「お気になさらず」


 食器棚から器を取り出し、カレーを盛る。


「メイルさん、あたしの分もいいですか?」


「いいですよ。新しい器持ってきますね」


 メイルさんは俺たち二人の前に器を置く。コトッと音を立てた器からは小さく湯気が立っていて、隣ではティアナが目をきらきらと輝かせている。


「本当に美味しい。いくらでも食べられるわね」


 彼女の器から、みるみるうちにカレーとパンが減っていった。




 では、改めて。

 パンにカレーを浸し、口に運ぶ。


「アルトくん、本当に美味しそうに食べるね」


「実際美味いからな」


「ふふ。私もお腹空いてきたし、食べようかな」


 フィリアは静かに立ち上がる。


「フィリアさんの分、盛っておきましたよ」


「ありがとうございます、メイルさん」


 フィリアはメイルさんから器を受け取ると、俺の隣の椅子にゆっくりと腰を下ろした。


「おっ、積極的だね」


「ちょっ、お姉ちゃん!?」


 姉の軽口にたじろぐ妹。


 積極的ってどういうことだろう。

 ――深く突っ込まないことにしよう。



 * ――――――



 フィリアはカレーをパンですくい、おそるおそる口に運ぶ。


「ん、すっごく美味しい」


「だろ?」


「スパイスと辛さと野菜の甘さ、そして肉のジューシーさが絶妙。アルトくん、カレーってすごいね」


 フィリアはもう一口運ぶと、しばらく器の中を見つめていた。


 ゆっくり食べているうちに、次第にフィリアのカレーからは湯気が落ち着き、舌を優しく刺激する香りだけが残っていた。


「――初めて食べたはずなのに、ほっとする味」


 飾り気のないフィリアの感想は、スパイスよりも強く胸に沁みた。




「本当にじゃがいもって食べられるのですね」


 あっという間に平らげたティアナと、ゆっくり味わうフィリアを見たマリーさんは、からになったパンのかごを両手で抱え、ぽつりと呟く。


「マリーさんも食べますか?」


 メイルさんの声が厨房からここテーブル席へと届く。丁度自分の分を盛っていたところだったようで、答えを聞く前にマリーさんの分も盛っていた。


「お願いします。みんながそこまで美味しそうに食べるものですから、気になってきました」


 マリーさんはカレーとパンを受け取り、同じようにパンを浸した。


「ん! すごく美味しいです。辛いけど、ほんのり甘くて、あったかいです」


 美味しそうに食べるというよりは、驚きの表情を浮かべているように見えた。


 俺もカレーを初めて食べたとき、同じようなリアクションをしていたと思う。


「けど、このパンだとちょっと油分を吸いすぎるかも?」


「どういうことですか?」


「パンの生地の話です。このパンですと、ジャムを塗るのには向いてますが、カレーという料理を考えたとき、カレーを吸わせるよりは絡む生地の方が美味しいと思うんです」


 マリーさんは俺とパンを交互に見て説明する。俺はルーの香りと味の絶妙バランスに重点を置いていたが、パンとカレーの相性か。パン屋らしい着眼点だ。




「うーん……」


 マリーさんは食べる手を止めずも、首をかしげている。


 まずそうにしているわけではないようだが――


「どうか、したんですか?」


「いえ、このままでも美味しいんですけど、もっとカレーを引き立てるパンの作り方を考えていたところです。カレーと上手く絡み合うためにはどうすればいいのかなと」


 マリーさんがカレーを半分ほど食べたところで、何かを思いついたのか、わずかに口元を上げる。


「メイルさん、このカレー持ち帰ってもいいですか?」


「持ち帰り……。理由を聞いてもいいですか?」


「カレーと合うパンの焼き方を師匠に相談してみたくて」


「そういうことでしたら、構いませんよ」


「ありがとうございます。上手く作れたら試しに持っていきますね。あっ、器は後で返します」


 マリーさんは器を大事そうに籠へ収めた。


 ぺこりと頭を下げると、その足取りはもうどこか急いでいる。


 カレーのためだけのパンを、頭の中で練っているのだろう。

 上手くいくようにと、強く願った。



 * ――――――



 マリーさんが帰った後。

 ふと宿屋の店主、メイルさんに視線を移す。


 カレーは――あまり手を付けていない。

 口に合わなかったのだろうか。


 俺は当てのない不安に苛まれる。


「えっと、どうでした?」


「味は十分だと思いますが、子どもには刺激が強い気がしまして」


「子ども?」


「はい。私たちが食べる分には問題ないと思いますが、子どもが同じように食べたとき、これでは辛すぎると思うんです。私たちが美味しく感じても、他の人にとって同じように感じるとは限りません」


 俺はいいと思ったのだが、商売となると違うのだろう。


 ここからは俺にはわからないところだ。


「新メニューにするにはもちろん味は重要ですが、仕込みの時間や仕入れのお金とお客様の注文。総合的に見て採算がとれるようにする必要があります」


 ということは、今回はお蔵入りになるのか――


 新メニューを考えるというのも難しいものだな。


「検討してくれただけでも嬉しいです。よければ、今度俺たちだけにでも作ってくれると嬉しいです」


 残念だが、こればっかりは仕方ない。次を考えるか、それとも、失敗か――




「せっかく提案してくださった美味しい料理を、提供無しにはしたくないですから」


「えっ」


 俺はメイルさんの言葉を理解できなかった。万人受けは難しいから、不採用にするんじゃなかったのか?


「今まで食べたことのない料理です。香り、味ともに十分でしょう。ただ、このままでは難しいので、私なりに改良しなければなりませんね。例えば、辛さを選べるようにするとか」


「ということは……」


「新メニューに採用しようと考えています。ありがとうございました」


 メイルさんはにっこりと微笑み、小さく頭を下げた。


「よっしゃあああああああああ!」


 カレーが採用されたことへの喜び。

 出そうと思って出したんじゃなく、自然と声が出る。


「こちらが依頼完了証です。今まで、この依頼を受けてくださった方は何人もいました。依頼完了証はこれで何枚目になるでしょうね。ですが、私のレパートリーに全く無いどころか、見たこと聞いたことすら無いものを考えてくれた方は初めてでした。よって、感謝を込めて報酬を上乗せしますね」


 メイルさんから依頼完了証とは別に、袋を受け取ると、「じゃり」という音と共に俺の右腕がぐっと下がった。


「中、見てもいいですか?」


「どうぞ。感謝のしるしですから」


 俺は袋の中を開ける。そこには、数えきれないほどの銅貨や銀貨が入っていて、少し動かすたびに子気味のいい音を立てている。


 あまりの額に、思わず身体をのけぞらせる。


「こんなに!? いいんですか?」


「はい。この依頼を下げるほどの提案が来たら、渡すって決めていたんです。本当にありがとうございました」


 メイルさんは俺たちの前に立ち、深々と頭を下げた。




「これは全部アルトがもらうべきだよ。悔しいけど、あたしたち二人じゃカレーなんてすっごい料理は思いつかなかった」


「確かに。アルトくんって、私たちが知らないようなことを知っていてびっくりするよ」


「褒めすぎだよ。でも、ありがとう」


 二人の言葉に、思わず視線を逸らしてしまう。こういうのは、どうにも慣れない。


「まっ、あたしはカレーが食べられればいいんだけど。メイルさん、また作ってくださいね」


「もちろんです」


 ティアナはすっかりカレーの虜になっている。これで、今後は好きなときにカレーが食べられるようになるはずだ。


 宿屋に、新しい香りが生まれた瞬間だった。


ここまでお読みいただきありがとうございます!

これにて新メニュー編は終了となり、日記を巡る資金集めは次の舞台へと進みます。

次の更新は3月末前後を予定しております。よろしくお願いします。

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