#45 いざ、実食!
メイルお手製のカレーができあがり、俺たちは厨房にある鍋をカウンター越しに覗き込む。
できたてのカレーからは白い湯気が立っていて、香辛料の香りも相俟って食欲を強くそそられる。
「すげえ美味そう……。あとはカレーをつけるパンだな」
「それでしたら、保冷箱に保存してあるものを温めましょうか」
メイルさんは保冷箱からパンを取り出す。それらを温めようとしたとき――
「こんにちはー! ご注文のパンをお届けに来ました」
扉から「チリン」となる鈴の音と共に、入口に姿を見せたのは、全体的にモダンな服装の上から紺色のエプロンを身につけた女性だった。茶色のポニーテールがふわりと左右に揺れる。
「あっ、マリーさん。いつもありがとうございます」
ポニーテールの女性はメイルさんにパンを手渡した。
「遅くなってすみません。今日は注文が多くて」
「いいんですよ、大変だったでしょう?」
「大丈夫です! と言いたいとこですが、急いだのでちょっぴり疲れました」
彼女は肩をすくめるようにしながら、小さく笑った。
「マリーさん?」
彼女とメイルさんとの会話を聞きながら、俺は思わず首をかしげる。
どこかで聞いたような名前だ。それに、彼女の姿はどことなく見覚えがあるような……。
「アルトくん。忘れたの? 露天市場のパン屋さんだよ」
近くにいたフィリアは額に手を添えながら答えた。声色から呆れられていることが伝わってくる。
「ああ、思い出した。そうだったな」
美味しいパンを格安で売っていたところだったな。
俺は無意識に右手を後頭部に回し、擦っていると、マリーさんがこちらの様子に気付く。
「あっ、あのときの! お久しぶりです!」
ぺこりと頭を下げられ、俺もつられて頭を下げる。
――忘れていたことは黙っておこう。
「ところで、みなさん揃って何をなさっていたのですか?」
「宿屋の新メニューにカレー作ってたんです」
俺は得意げに答える。
「作ったのはアルトじゃなくてメイルさんでしょ」
「いーや、俺が教えたから実質俺も一緒に作ってるからな」
ティアナの指摘に、つい反論をする。
「へえー。美味しそうな香りがすると思ったら、新メニューだったんですね」
マリーさんは空になったカゴを抱え、無意識に取手を指でなぞっている。視線はこちらと厨房をきょろきょろしていて、興味を示しているように見えた。
「よければ、一緒に食べますか?」
カレーにハマる人が続々と増えてくれたら嬉しい。そんな思いで俺はマリーさんに提案をする。
一度食べたら誰もがまた食べたいと思うはず。
「いいのですか!?」
「もちろん。メイルさん、いいですよね?」
「いいですけど、ちゃんとじゃがいもの安全性を確認してからにしてくださいね」
――そうだったな。だが、カレーに溶けたじゃがいもを食えばわかるだろう。
やろうとしていることは、ほとんど毒見だ。だが、安全を証明するにはこれが一番わかりやすい方法だと思う。
「えっ、どうしてわざわざ毒入れたんですか!?」
マリーさんは引き気味だ。
「皮と芽を取れば食べられるんですよ」
「――信じられないです」
俺が説明しても、マリーさんは態度を変えなかったのを見て、眉が下がる思いだ。
「アルトくん、毒物が食材として出されていたら普通はそう反応するよ――」
フィリアのフォローが、いつもより痛く感じた。
逆に、メイルさんの受け入れが早すぎたのかもしれないな。
* ――――――
「それでは、さくっとパンを温めますね」
メイルさんはあらかじめ準備していたパンを温め始めた。
届けてもらったばかりのパンは使わないらしい。
「パンにつけて食べるんですねえ」
マリーさんはメイルさんの動きを目で追いながら、つぶやく。
じゃがいもが入っていることに引いていたが、興味はあるようだ。
「そうです。よくわかりましたね」
「なんとなくわかりますよ」
マリーさんは頷く。
食品を扱ってるから、食べ方の理解も早い――のは関係ないか。
* ――――――
「アルトさん、パンが良い感じに温まりましたよ」
メイルさんはカレーを器に盛り、食卓へと運ぶ。
それに合わせて、俺も食卓の椅子に腰を下ろした。
器がコトッと音を立ててテーブルの上に置かれると、スパイスの香ばしさが一気に鼻を抜けた。
「――食べていいんですか?」
「どうぞ」
メイルさんの返答を受け、俺はパンをちぎる。
一口大の大きさになったパンを、カレーにじっくりとひたす。
すぐ横にはティアナにフィリア、メイルさん、マリーさん。
みんなに見られながらの食事に、言葉に表せない気まずさを覚える。
「そんなに見られたら食べづらいよ」
「ああーごめんね。あたし、どうしてもじゃがいもが食べられるのが信じられなくって」
「私も」
ティアナとフィリアは、俺とカレーを交互に見比べている。
それなら、堂々と食べて証明しようか。じゃがいもが食べられるということを。
俺は、パンでカレーをすくいとり、落とさないよう口に運んだ。
始めは辛みが口いっぱいに広がり、後から野菜の甘みと肉の旨みで優しく中和されていく。
スパイス、野菜、肉が絶妙に混ざり合った懐かしい味は、アルカディアにいた頃を鮮明に思い出させる。
「――ああ、これだよこれ」
あまりの美味さに思わず頭を伏せ、小さく震えた。
「へえ、じゃがいもって本当に食べられるんだあ」
「アルトくんは躊躇なく食べてるから、本当に大丈夫なんだね」
二人は妙に疑っていた割に、目の前で食ってしまえば案外すんなり納得したようだ。
「本当に美味しそうに食べますね」
メイルさんは目を細める。
「実際美味いですよ。新メニューにいけます」
むしろ喜んで食べるから新メニューとして採用してくれ。
「こんなに美味しそうに食べられると、あたしも食べたくなるわね」
「食ってみるか?」
「うっ、うん。試し! 試しだからね」
ティアナはパンをちぎり、カレーを掬い取る。
――俺の器から。
「おいっ。俺のカレーからとるな!」
「だってぇ、新しく盛るのもめんどいし……って、何これ美味しい!」
「だろ? ――じゃねえよ! ああ、俺のカレーが……」
ティアナにカレーの大部分を横取りされ、俺は渋々お代わりすることになったのであった……。




