11・親愛なる隣人・2
「あれ?お兄ちゃん、何してるの?」
洗濯物を小太郎の部屋に搬入しに来たみちるは、兄の部屋で行われているその行動に目を丸くした。
小太郎の部屋を侵食しているのは、無数の段ボール箱だ。先程から掃除機の音が断続的に聞こえてくることに、一階のみちるは気付いていた。
「い、いや。上の倉庫の掃除と整理をだな」
なぜか慌てた口ぶりで小太郎は答える。
「あ、掃除してくれていたんだ。珍しいね」
不思議に思うのも当然だろう。坂井家では食事の世話から掃除もみちるに任せきりだっったから。だが、兄の掃除というある種の奇行を、妹は好意的に受け取ったようで、深くは追求しなかった。
このダンボール箱は、ちょうど小太郎の部屋の上に位置する部屋とも呼べない空間の追いやられていた荷物だ。
「あー!懐かしい。昔のアルバム?」
小太郎は段ボールの空きに、他の箱からの荷物を詰め込んでいる最中だった。それ故、様々な中身が床を支配し、広がっていた。
両親が律儀に取っておいた小太郎とみちるの小学生の時の教科書やノート。その中には坂井家のアルバムもあった。兄の普段しない掃除という不審さよりも、その中身の思い出に心は惹かれたようで。
洗濯物を小太郎のベッドに早々と置くと、みちるの興味はそのアルバムに移った。
「わぁ。お兄ちゃんも私も若いね」
今もその最中にあるにも関わらず、その言動は奇妙なものに聞こえ、小太郎は軽く笑みを零す。
めくるページの中には、両親が撮りためた幼い頃の小太郎とみちるが収まっている。
正直、小太郎もその写真の中の記憶は無い。だからこそ、後でこうして認めるために写真というものは存在するのだろうが。
懐かしむような顔でみちるは1ページ1ページをめくる。
今よりも無垢な顔の小太郎。生まれたばかりのみちるの壊れそうなほどの小さい身体。
アルバムの中の写真の数は、ふたりの歴史だ。
「ん?」
ここで小太郎は妙な違和感に包まれる。
恐らく小太郎が小学生頃くらいまでの写真が、このアルバムには収められているだろう。小太郎、みちる、それぞれの幼年期がそこかしこに張り巡っている。
写真の中の顔が増えていることに気付く。それは決して人数が増えている訳では無い。
一枚の写真に収まる人間の密度が増し始めているのだ。
隣のみちるの表情が、過去の自分達に思いを馳せ、柔和なものから徐々に表情が歪み。やがてはその顔を朱に染め始める。
小太郎いるところにみちるあり。そのおかげで一ページあたりの写真の中の人数が多く見えていたのだ。
小太郎の背中に乗るみちる。
みちるのままごとに付き合う小太郎。
小太郎の胸の中でよだれを垂らしながら寝るみちる。
極めつけは。
幼いみちるはその行為に何の疑いも無いかのように。
そのことにみちるも気づいたのか。
「・・・あ、ああ。まだ家事が残ってたんだった」
顔を真っ赤にさせながら、みちるはそそくさと立ち上がると、小太郎の部屋を後にした。
兄妹、しかも小さい頃の話だ。何も恥ずかしがることも無いと思うのだが。
そんなことを思いながら、小太郎は掃除を再開させた。
小太郎が小部屋の整頓を始めたのは昔を懐かしむわけでもなく、純粋に掃除がしたくなったわけでもなく。その理由は数時間前に遡る。
「アリスンさんってどこに住んでいるの?」
坂井家の朝食の中、テーブルを共にするアリスンに向けて、みちるの何も知らいない故の無垢な質問が投げかけられた。
「・・・ここから少し遠い場所だ」
その質問に、アリスンは思わず箸の手を止め、返答。少し、その額に焦りの雫が滲んでいるのが確認できる。
地球からヴェノゼリス星系までの気の遠くなるような膨大な距離を「少し遠い」、か。小太郎は思わず味噌汁を吹き出しそうになった。
今、アリスンの立場は日本ではない国から来た旅行者という体になっている。
が、みちるのセリフは小太郎にも気になるところであった。アリスンの話では、エルトリアの超技術を含むマシン等々は調整という名目でエルトリアに運ばれているはずだ。今のアリスンの状況は必要最低限の装備を除いて、着の身着のまま。
つまるところ、今現在アリスンはどこに身を置いているのかという話だ。
みちるが台所でいそいそと作業しているのを見計らい、小太郎はアリスンに耳打ち。
「・・・アリスン、今、どこに住んでいるんだ?」
当然、アリスンには地球の住民票など無いだろう。
「・・・コタローと出会った場所があるだろう」
それは今でも鮮明に覚えている。
巨大ロボを操る宇宙の犯罪者を追ってやってきたアリスンが辿り着いた場所。ここから離れた場所にある公園だ。
昼は人が憩いの場を過ごす公園だが、夜はその目的を休む。それが幸いし、ロボットとアリスンの存在を知られることはなかった。もっとも、それはアリスンの周囲にその存在を漏らすことのない処置のおかげでもあったが。
「あそこには身を隠せる草むらもあるからな」
その公園は緑豊かな場所でもある。開けた場所と同様に、緑樹の豊かな場所でもある。
「サバイバル技術の訓練だと思えば、苦ではない」
と、自慢気にアリスンは胸を張る。
アリスンはエルトリアの軍人。フィギュアムに搭乗してなくとも、恐らく小太郎と戦ったところで負ける理由は無いだろう。
小太郎がひとり暮らしならば、自分の家に堂々と招くことも考えたが、妹がいる身ではそれは得策ではあるまい。
そこで小太郎は思い出した。
一時アリスンを匿うために坂井家の物置部屋にアリスンを置いたことがあった。
「もう間もなくエルトリアからの増援が来る。それまでの辛抱だ」
そうは言うが、軍人とは言えアリスンは年頃の少女である。
そこで思い立ったのが、小太郎の部屋上部にある倉庫を兼ねた空間である。
幸いにもアリスンはリングを持っている。様々な超技術が詰まった複合機能リングだ。それはフィギュアムという兵器に搭乗するために身体を縮める能力も有している。
コア化と呼ばれる機能だ。まさしくフィギュアのような人形サイズにまで身体を縮小させるのだ。その状態であれば、人形サイズなど匿うことが出来るのではということだ。
「・・・流石に、そこまで世話になるわけにもいかない」
「前にも言ったと思うけど」
アリスンにとって、小太郎はこの地球に来て初めて接触した原住民であり、一番長く共に過ごした人間である。
「困った時はお互い様だ」
アリスンが不意の事故により地球に留まることになった時も、小太郎は手を差し伸べた。アリスンはそのせいで小太郎が瀕死の重症を負ったことを悔いていた。それにより、少なくともエルトリアの領域に足を突っ込んでしまったことを。
ただ、この少年はそれすらも意に介さないだろう。
それくらい、優しく。強い。
それが、怖いのだ。
また、致死量に値する傷を負うのではないのかという懸念。
エルトリアの技術は、ある種、死を超越した部分まで到達している。小太郎の生存がそれを証明している。
だが、これ以上彼をこちら側に引き入れることは、望まれることではないのかもしれない。
だが。
遠い世界から来た自分に、変わらぬ優しさを向けられることもまた、アリスンは嬉しいのだ。
「・・・ならば、エルトリアからの是応援が来るまで、だ。そこまでの間なら、世話になろう」
そんなわけで、坂井家の倉庫の整理を行っている。
半端なダンボールの隙間に別のダンボールからの荷物を引っ越し、スペースを開ける。周囲に昔の教科書やらが飛び出ているのはそのためで。
何とか荷物の圧縮を成功させる。取り出した教科書に昔を懐かしみ、少しの間作業が滞ってしまった以外は。
改めて荷造りしたダンボールを倉庫に戻す。ダンボールの数が少なくなった分、スペースを圧迫する隙間が広がる、はずだ。
小太郎は敢えてダンボール箱を入口から手前に配置し、壁を造った。その奥に隙間を確保するために。そこをアリスンの仮の居場所にするためだ。
だが、それでは壁が邪魔となり、そのスペースに入ることは出来ないだろう。普通の人間ならば。
スペースへの出入りは、エルトリアの超技術でもって行う。
アリスンの腕のリングの機能のひとつ。サイクルマシンの応用らしいが、その理論が小太郎に理解が出来るものであるはずがない。
要するに、壁に穴を空けて出入りするのだ。その空けた穴も、巻き戻しによって塞がる。ドアを自由自在に空けて移動できると言い換えることもできる。
「・・・本当にいいのか?」
手のひらサイズに変化したアリスンが、小太郎の顔を見る。
コア化。
フィギュアムへの搭乗形態。
小太郎の手の中で動くそれは、まさしく動く人形だ。相変わらず、何度見ても不可解な現象だ。
「当たり前だろ」
そう言いながら、小太郎は手のひらに乗せたアリスンを、押入れの中に導く。
押入れの中もまた、ダンボールの収納場所。
その箱の上に乗り、アリスンは天井を一瞥。ちょうどこの天井の壁を隔たった向こうが倉庫だ。そして、整理されたダンボールの壁の中心部辺り。
アリスンは掲げたリングを天井側に向けて、操作。すると。
天井にまるで工具で切り抜かれたような穴が開く。
アリスンはダンボールの地面を蹴り、跳躍。軽やかな動きでその穴の中に飛び込む。
そして、穴の向こうからアリスンが顔をのぞかせ。
「・・・改めて礼を言う。ありがとう」
「何か物入りならば言ってくれ」
アリスンはもう一度口をありがとうと動かし、リングを操作して穴を塞いだ。
天井の向こう側には、クッションとかバスタオルを置いておいた。小さいサイズならば、それで寝るには不自由しないだろう。
サバイバル技能は小太郎達地球人よりは長けているとは言ったから、そんなに気にすることでもないとは思うが。
アリスンが天井裏に向かってから暫く経つ。もしかしたら、そうは言っても疲れていたのかも知れない。
小太郎もそろそろ就寝のため、部屋の電気を消す。
ベッドに身を沈め、視線の先の遠い宇宙からの友人を捕らえながら、小太郎は静寂に身を委ねた。
「・・・太郎。小太郎!」
静かな、それでいて急かすような声で小太郎の肩を揺らす振動に、小太郎は気付いた。
「・・・ん、んん?」
身をよじるように、小太郎は目を醒ます。
窓から漏れ出る月夜の光から察するに、時間は未だ夜のようで。
一瞬、その視線の先に捕らえた影に、小太郎は身体を強張らせた。
整った顔が小太郎を見下げている。
薄桃色の髪は、月光に照らされ、神秘的な輝きすら放っているようだ。それが自重により垂れ、自分がアリスンにのしかかられているのだと気付く。
それは人形サイズなどではなく、確かな温もりを持った人の大きさを保って。
小太郎の心臓が早鐘のように鼓動を打つ。
アリスンの表情が強く、鋭利な戦士のそれに思えた。その姿に小太郎はただごとではない物を感じ、身を引き締めながら身を起こす。まさか、何かのトラブルか。最悪、あの『化け物』が姿を現したのか。
アリスンは手に何かを持って、小太郎の部屋にいた。
「どうした?」
小太郎がそう言うが否や、アリスンは手にした本らしき物を小太郎の眼前に突きつけた。
「悪いが、倉庫の中にある箱の中身を改めさせてもらった」
アリスンが、そう言いながら手の中の物を指で示す。
それは、坂井家兄妹のアルバムのようだった。
「これだ。君は、け、け、」
不可解な言葉を発しながら、そのアルバムを開く。
「結婚していたのか!」
まったくの理解できない言葉を、起き抜けの微睡みの思考が処理できるはずもなく。
「・・・・・・」
僅かな無言。数秒。夜の静寂。
「・・・はあ?」
思わずそんな声を口を突いて出る。夜目に慣れない視界。小太郎は側のスタンドに触れ、僅かな光を灯す。
そのアルバムの中には、小太郎とみちるの『幼い頃』が収められている。
それが、アリスンの激昂と何の関係があるのだろうか。
「・・・ちゃんと説明してくれ」
誰が誰と結婚しているのか。自慢じゃないが、嫁どころか彼女すらいたことないのに。
「この、君と、き、き、き、」
闇の中でもわかる、茹だるように顔を灼熱に共したアリスン。
「キスをしている相手は誰だ!?」
ページの中、収まる写真の更に奥には、子供の頃の小太郎と唇を合わせているふたりが確かにいる。
「・・・これ、妹だけど」
小太郎の言葉に、アリスンはアルバムの中に視線を向けるも、戻って来る目は鋭さを残したままで。
アリスンは、小太郎に妹がいることを知っているはずだ。その手料理を振る舞われたのも。まあ、写真の中の顔は、昔のものだから、それがみちると結びつかなかったのかも知れないが。
「同じことだ!君は妹と結婚しているのか!?」
と、世にも恐ろしいことを口にした。
「思えば兄妹にしては仲が良すぎると思っていた!」
ページの中に視線を落とすアリスンは、ひたすらに無念に滲んでいて。
それに反するように、小太郎の不可解は増していて。
「男女で、き、き、キスをするのは婚姻の儀の時で無ければならない!」
・・・成程。
アリスンは幼い頃の子供のじゃれつきを真に受けている、と。こんなの、小太郎だってキスにはカウントしていない。していたらやばいだろう。
むしろ、この写真を見て思い出したくらいだ。おそらく、昼間掃除の時のみちるの反応も同様に。幼い頃の凶行を恥じ、早々に立ち去ったのだろう。
小太郎は、懇切丁寧にこの写真に映っている事柄を説明。これは、ただの小さい頃の幼い故の遊びなのだと。
「・・・そ、そうなのか」
冷静さを取り戻したアリスンは、力なくアルバムに視線を落とす。
「・・・私には兄妹もいないし、こうして写真に過去を収めたこともない」
それを聞いて、小太郎はなんとなく納得した。アリスンは、どこか浮世離れした様子があった。それは地球とエルトリアの差にも思えた。でも、そうではないのだと。
「うらやましいな。こうして仲睦まじい写真を残せる家族が居るということは」
前に少しアリスンの生い立ちを聞いた。軍人一家の娘として育てられたアリスン。どことなく厳しい躾をなされていたのもその時知った。清廉なその立ち振舞いと、その言葉遣いもそこからきているのだろう。
「す、すまない。寝ているところを起こしてしまって」
先程とは一転。しきりに謝罪に走り、アリスンの慌てた様子が可笑しい。
「で、では、改めておやすみっ」
アリスンは急いでコア化すると、手慣れた動きで押し入れに飛び込み、天井裏へと消えていった。
戦士としての強く、頼りがいのある姿しか見てこなかった小太郎には、とても新鮮に思えて。
小太郎はアリスンの行方をただ追っていた。




