12・親愛なる隣人・3
そのアリスンの表情は、とても健やかで。見えない喜びがその身体を覆っているように見えた。
「エルトリアからの連絡が来た。いよいよアルベール小隊としての任務が始まる」
その言葉は、エルトリアからフィギュアムを含む増援が戻ってきたことを示している。
アリスンがこの地球に来た理由。
それは人類の的である『ヴィードル』と呼ばれる異種生命体の出現を感知すること。そして、現れ次第、残存兵力で駆逐、準滅。
聞けば、その『ヴィードル』はヴェノゼリス星系でしか出現が確認されていない化け物。地球圏に出現したデータは無いのだという。
そのため、監視を含め、地球にエルトリアの兵力を置くのだという。もちろん、その正体は地球には知られないように。
確かにあんな化け物、その正体が明るみに出たらパニックになるに違いない。
だが、少なくともアリスン達にはそれに対抗しうる力がある。その点では安心だろう。
「そこで、コタロー。君に話がある」
アリスンはその身体をコア化させたまま、小太郎を見上げている。
「キミを我らが艦に招きたい」
聞けば、この地球大気圏外にその巨大戦艦は係留しているのだという。
バニシングフィールドという、外部からその姿が視認できない機能を使い、停止。地球の技術力では、その存在をレーダーで感知することも不可能らしい。
その戦艦が地上に降りず地球の外、宇宙に留まる理由は、『ヴィードル』の出現を監視のため。そこはこの地球でのアリスンの『家』となる場所だ。
「・・・え。でも」
小太郎も、自分が瀕死の重傷を負った時、そのエルトリア軍艦とやらに運び込まれ、お世話になった。でなければ、今こうしてここには居まい。
「・・・やはり、嫌な思い出のある場所は、嫌か」
少し、アリスンの顔が陰る。
「い、いや。違うんだ」
慌てて小太郎は両手を振る。
「・・・その戦艦も、エルトリアの技術が詰まった物なんだろ?俺が足を踏み入れるのは良くないんじゃ」
エルトリアの超技術は、地球の技術を凌駕している。たったひとりの人間に漏れるだけで、それは瞬く間にその存在が明るみになるだろう。アリスンのその言葉は、小太郎を信頼しているからこそ出た言葉だろう。だからなおさらだ。
「これは、セトラ教官の指令でもある」
「・・・え?」
セトラ教官。アリスンの上官。
ベアル・セトラ。それはアリスンたちを束ねる立場が上の人間で。
機械のように冷静で、あらゆる物の取捨選択を的確な判断で行える、ある意味軍人というものは彼女のような存在のことを指すのだろう。
それは、敵を素早く駆逐する命令を淀み無く放ち、何が必要で不必要かを瞬時に判断する選択を非常にも突きつける。
小太郎が彼女に抱いた印象はそんなものだ。
最初、出会ったばかりのアリスンにも似た感覚を覚えたが、その実、内面はまるで違う。
アリスンは言動や行動こそ軍人の意味を体現するように冷静で的確だが、その中身は柔らかく、温かい。
ベアルも、もしかしたら見かけで判断するような人では無いのかも知れない。だが、今の小太郎には、その本質を見ることは出来ないでいる。
あれほど拒否していたエルトリア外の存在の流入を、ベアルは認めたのか?だったら、その意味は?理由は?
小太郎には何の力もなく、むしろアリスンたちの足を引っ張った。
こうしてアリスンはここに居て、明るく努めているが、その身体にのしかかる罪は消えたわけではないだろう。
エルトリアの技術を地球に漏洩。原住民との接触。『ヴィードル』駆逐のためとはいえ、ディメンジョンデバイスの貸与。上官の命令違反。その罪状は上げれば暇がないのだという。
だが、アリスンは規律よりも小太郎の命を優先した。それが小太郎には嬉しかったのだ。
地球の存在がエルトリアには良く思われていないにも関わらず、その考えを改め、エルトリアにとっては何の価値も持たない小太郎を救おうと身を呈して『ヴィードル』に立ち向かった。
ベアルの選択は、地球の危機よりも、隊員の命だった。それはある意味正しいだろう。ここはヴェノゼリスから遠く離れた、エルトリア軍の管轄を離れた権威の及ばない地域だ。アリスン達が地球を守る意味は無い。
『ヴィードル』は、宇宙に巣食う、生命の残滓すらを食らう怪物。地球も、その毒牙にかかるひとつの文明にすぎない、不幸に成り下がる星だったはずだ。
それを、アリスンが救った。
命令違反による状況の鎮圧には意味はない。
ベアルはそう言いたげにアリスンに咎を付けた。
地球での任務が、その罪を軽くするための処置なのだろう。
現在。
この地球でエルトリアの技術が漏洩した場合。真っ先に疑われるのは小太郎だ。エルトリアと接触した人間は小太郎しか存在しないからだ。
その際、情報の漏洩源は事実か事実でないに関わらず、小太郎に疑いの目が向けられる。
アリスンの友人が言った言葉だ。その時、小太郎の記憶はアリスン達と出会った思い出ごと消去される。その後、アリスン達がこの地球に居た痕跡ごとすら消え去るだろう。
そんな危うい存在であるはずの小太郎を艦に招く?にわかに信じがたい。無論、小太郎はアリスン達の存在を詳らかにするつもりは無いけれど。それはベアルにとっては招かれざる客になるのではないのか。
「キミに迷惑をかけた、我々なりの謝罪だ」
それは、逆に言えばいつでも小太郎の記憶を消せる、ということなのだろうか。
「無論、キミが良ければ、だが」
アリスンは少し気恥ずかしそうに小太郎を見る。
そういうしがらみを抜きにしても。
この地球の外にはエルトリアの軍艦が漂っているのだとアリスンは言う。興味は惹かれるのは確かで。
「ちなみに、セトラ教官は居ないので、安心していいぞ」
と、アリスンは悪戯っぽく笑った。
・・・ならば、なおさら小太郎を呼ぶ意味が分からない。てっきりベアルに呼ばれたものだと理解していたからだ。
小太郎は少し考えて。
「・・・そうだな。じゃあ、せっかくだから」
その言葉に、アリスンは一際大きな笑顔で答えたのだった。
幸い今日は休みなので、どこかに出かけても自由の身だ。それが例え地球の外だろうと。
「・・・みちる。ちょっと出かけてくる」
兄の言葉に、リビングでお茶を飲みつつ、くつろいでいる妹の顔が動く。
「あ、うん。行ってらっしゃい」
まさか、その行き先がこの地球外だとは夢にも思わないだろう。
小太郎はそそくさと自室に戻る。
部屋には人間サイズへと戻ったアリスンが居た。その姿は久しく見ていない、エルトリア軍の軍服だ。初めて出会った時の姿は少し懐かしい。
「準備はいいか?」
そう問うアリスンは、その姿に違わぬ聡明さで、小太郎の気も引き締まる。
すっ、と。小太郎の目の前にアリスンが手を差し出す。
その意味を測りかねていると、アリスンは頬を染めながらも小太郎の右手をその手で取った。まるでフォークダンスを踊る時のように、宙で手が重ねられたその手は、仄かに温かい。
「・・・ここより停留する艦に向かうため、空間跳躍を行う。物理的に接触していなければ、キミを取りこぼしてしまうからな」
「・・・大丈夫なのか?それ。空間跳躍って」
アリスンのことを疑う訳では無いが、それは生身で行うことを禁じられている行為のはずだ。
空間跳躍は、フィギュアム等、機械に搭乗しているのが前提の装置。生身で行う危険性を説いていたはずだ。
その心配を小太郎の顔から読み取ったであろう。アリスンは、薄く笑う。
「それは長距離、行き先が不明瞭な場合を指す」
と、アリスンは続けて。
「短距離、そして行き先が決まっている場合はその限りではない。ディメンジョンデバイスでの保護で事足りる」
・・・成程。こうして手を繋げば、小太郎もその保護の範囲内にいる、と。
「では、行くぞ」
アリスンがリングの盤面を口元に寄せ、
「・・・・・・」
アリスンが何かを言おうと口を開きかけた時。
「コタロー」
アリスンの目が横にずれ、小太郎から視線が外れる。
「・・・もう少し寄るといい。跳躍中、物体の距離と密度が高ければ高いほど、身体に掛かる負担は減る」
アリスンに言われ、小太郎はわずかにアリスンに近づく。
「もっとだ」
え?でも、それでは。
にじりにじりと。少しずつ。ミリ単位でアリスンまでの距離は縮めるも、彼女からのOKは出ない。
・・・これ以上は。
小太郎の目の前に、アリスンがいる。まるで寿司詰めの満員電車内のように。当然、ここはただの部屋で、アリスンと小太郎の他に人影はない。
仄かに鼻をかすめる、香り。それがアリスンの放つ物なのは、疑う余地は無いだろう。そんな香りを放つ物は、この部屋には存在しないからだ。
アリスンの手を握った中すうらが湿って、熱を持っているかのようだ。それが伝播し、小太郎の体内にまでも熱をもたらす。
薄桃色の髪の艷やかさが眼前にまで迫り、宝石のような輝きを放つアリスンの目が眩しい。上気したアリスンの視線は小太郎には向かず。
「・・・では、行くぞ」
その覚悟を持って、小太郎の身体が別の緊張で塗り潰された。
「モード、空間跳躍」
瞬間。小太郎の全身を何か、熱くもなく、冷たくもない感覚が襲う。それは、小太郎が一度体験した感覚でもある。
「・・・手を離すなよ。異空間でバラバラになるぞ」
その、笑みを浮かべつつ言う可愛い脅しに、小太郎はアリスンの手を握り込む。
次の瞬間には、小太郎の意識は闇に落ちた。
トントントン、と階段を昇る音が鳴り。
「お兄ちゃん?」
ガチャ、と扉を開けながら、みちるは部屋の主に声をかけた。
「いい忘れてたけど、帰りにできればお買い物に・・・って、あれ?」
部屋の中に兄の姿はおらず。
「・・・いつの間に出たんだろ」
不思議そうなみちるの言葉は、部屋の中に消えたのだった。




