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【1990年12月中旬】

【1990年12月中旬】


 サンリオピューロランドへの遠足は、無事に実行へと移された。


 実際には、行きたがっていたのは美羽ちゃんだったそうだ。ただ、松本家の経済状況からして、とても言い出せる状況ではなくて、諦めの境地だったのを紗良ちゃんが心配していたわけだ。


 お母さんはだいぶ恐縮してしまい、謝絶されそうになったのをどうにか押し切ったという。


 オープンしたばかりのピューロランドはなかなかの混雑だったらしい。そんな中で、同行した桜庭さんが世話焼き役に回ってくれ、円滑で皆が大いに楽しめる行程にしてくれたとのことだ。


 そして、帰り道に、美羽ちゃんが中卒で働きに出るかも、との打ち明け話が出たという。その話は、桜庭さんからではなく、エルリアの口から聞かされた。


 帰りの電車の中で美羽ちゃんはずっと小さなキティのぬいぐるみを見つめていたらしい。


「ずいぶん迷っていましたわ」


「買うかどうかを?」


「ええ。最後まで、自分には贅沢だと。買って差し上げましょうかとの申し出は、断られてしまいました」


「じゃあ、自分の小遣いで?」


「ええ。梨乃さんが、記念になるのではと勧めて、ようやく決心したようです。」


 その光景は、容易に想像できた。


 欲しいものを欲しいと言うことに、罪悪感がまとわりつく。俺にも、覚えのある感覚だった。


「それで、高校の話になったのか」


「はい。紗良ちゃんが、来年は同じ高校に行けたらいいですね、と言ったそうです」


「……それは、刺さるな」


「美羽ちゃんはそうできたらいいな、と笑っていました。でも、そのあとで、たぶん働くことになると思う、と」


 俺は天井を仰いで黙り込んだ。


「そうかあ……、高校もきついか」


 俺の慨嘆に、エルリアはやや不思議そうな目を向けてきた。夜の居間のちゃぶ台では、みかんの山を三人で崩している状態だった。


「出自……、という表現はこの国ではおおげさですけど、家庭の状況で進路が分かれるのは自然なことではありませんの?」


「それは、そうかもしれないが……」


 俺の前世での死期近くには、高校無償化、いや、税負担化を巡る議論が大きく動いていた。だからどうだというわけではないが……。


「悠真が援助をしたいのなら、それもよいでしょう。ただ、美羽ちゃんだけなのか、どこまでを対象とするのかは、考えるべきかと思います」


「やるのなら、制度化すべきってことか」


 そこで、ばあちゃんが天井へ目を向けた。


「奨学金というのは、大学の話だったかしら」


「ええ、そうなります。しかも、あれは単なる借金です」


 エルリアの断言は、いつもよりも冷ややかな調子だった。日本における奨学金とは、かつては成績優秀者に対する無利子の学資貸し出しだった。そこからさらに進んで、有利子の学資ローンが行われるようになったのは、この時点から六年ほど前からとなる。


「それで、美羽ちゃんは、高校には行きたい気持ちはあるのかな?」


「残念そうに涙ぐんでいましたからそうなのでしょう」


「あそこは、母子家庭だったよな?」


「ええ。お母さんが過労で体調を崩していて、生活保護というのを受けるかも、との話が出ていました」


 美羽ちゃんのお母さんの、申し訳なさそうな表情が目に浮かぶ。


「高校向けの奨学金……、いや、支援金を設定しよう。ばあちゃん、こういった話も、西園寺さん方面に相談してもいいかな?」


「まず、利音ちゃんに声をかけてみましょう。内容的に、きみよさんも支援してくれると思うし」


 きみよさんというのは、西園寺法律事務所の所長で、孫娘である西園寺利音を遠隔操作している弁護士であるらしい。


「対象は、ひとり親家庭と、生活保護家庭くらいかな。来年については小金井市在住限定で、拡大させていく感じで。……まずは、高校進学に関わる費用と、ある程度の生活費まで。大学をどうするかとか、範囲についてはまた考えよう」


「それだと、二年後には貴也くんも対象になりますね」


「貴也くん……とは?」


「どうして知らないんですのっ。いつも勉強している男の子がいるでしょう」


「ああ、自習王子は貴也って名前なのか」


「貴也くんが自習王子って……、言いえて妙ね」


 ばあちゃんがころころと笑って、相談事はひとまず終了となった。


 後日、西園寺法律事務所側から、問い掛けが投げられてきた。


 ひとり親家庭だと富裕層も対象になるが、除外しなくていいのか、というのが質問の内容だった。メッセンジャー役としてやってきたのは、今回も利音さんだった。


「それにしても利音さん、バブル期の女子大生だというのに、派手さがないですねえ。ジュリアナ扇子を持って歩けとまでは言いませんけど」


「ジュリアナってなによっ」


 ジュリアナ東京と言えば、バブルの象徴だと思っていたのだが、もしかしてまだ存在していないのだろうか。そして、彼女は司法試験の勉強の合間に家業を手伝っている状態で、図書館籠もりの毎日だそうだ。


「そういうわけだから、労わりなさいな」


「はい。……アイス食べます?」


 お供えした雪見だいふくが平らげられるのを眺めつつ、俺は無い知恵を絞っていた。


「進学資金にお困りの、みたいな文言をつけましょうか」


「困っているかどうかは、どう判定するの?」


「申告があれば、ひとり親が超富裕層でもかまいません。……お金を減らしたくない、というならそれでもいいし、親と折り合いが悪くて自力で学資を確保したいと言うならそれもありです」


「公平性は求めない?」


「はい。審査は無しで。手間はかけたくありませんから」


「まあ、ひとり親であること、生活保護世帯であることは証明してもらえそうだから、いいのか。……ひとり親は、離婚でも死別でもOKってことよね?」


「ひとり親であるなら、偽装離婚の結果でもかまいません。……高校の授業料でそこまでする人はいないだろうけど、大学まで含めればあり得るかなあ」


「私大の医学部とかなら、あるでしょうね」


「であれば、上限の目安を設けますか」


「うん。高校も目安を設けて、それ以上の学費は出すかどうかを助成側で決められるようにしちゃえば? 金持ちの子が私立高校に入ったとして、学費を満額払う必要もないでしょうから」


「公平性は?」


「あんたがそれを言うのか……。こちらが必要だと認めたときには、面談を設けられるようにすれば?」


「あ、それはお金持ちへのハードルになりそうでいいね」


 なんとなく悪巧みモードになってしまったが、どうにか骨子は固まったのだった。


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