【1993年11月上旬】
【1993年11月上旬】
ロシアのエリツィン大統領が訪日し、ドーハの悲劇がこの世界でも起きた十月が過ぎ、婚礼の準備は整った。
いくらなんでも早くないか、という話はあるのだが、ばあちゃんの病状が悪化していて、急がざるを得ない状況だった。既に恋仲だったので、早めるだけだという説明は、信じてもらえたのだろうか?
龍栖神社の本殿で、和装のエルリアと俺の前に立っているのは、もちろん神職姿の桐島茜音さんである。
「いくらなんでも、わたしが結婚式を取り仕切るのは、無理筋なんじゃない?」
「そんなことないですよ。神主として、立派に活動されているわけですから。当然じゃないですか」
「ぐぬぬ……」
低声でのやりとりを聞いて、背後に控える美羽ちゃんと紗良ちゃんが笑いをこらえている。この年少組の二人は、巫女としての参加となっている。美羽ちゃんは巫女舞を苦手にしているが、給仕役といった方面は器用にこなしてくれていた。
それでも、茜音さんが祝詞を読み上げ始めると、場の空気はすっと引き締まった。
龍栖神社の本殿は大きくはない。だが、磨かれた床と、静かに揺れる榊の葉と、外から聞こえる人々の気配が、不思議な重みを作っていた。
隣に立つエルリアは、白無垢ではなく淡い色の打掛をまとっている。金色の髪を完全に隠すことはせず、和装の中に異国の気配が混じっていた。
それが、今の俺たちらしいのかもしれない。
式には、中学・高校時代の友人と、技術検討会で交流を深めた人たち、それにこもれび食堂で交流した人や龍栖神社の氏子さんたちも参列してくれて、賑やかな状態となっていた。黒の和装姿の榊木さんと、創始会系人脈から忠司さん、ヤスさんも来てくれていて、さらには、猫たちの代表となるミケ、あるいはシャルロットの姿も、蒼衣さんの腕の中にあった。神後の親分からは、参列を見合わせるとの連絡をもらっている。けじめということなのだろう。
久世は妙に神妙な顔をしていて、市川は式次第を観察するような目をしていた。結菜は、なぜか本殿の建具や金具の方にも注意を向けている。瑠夏は、目が合うとにやりと笑った。
こうして見ると、俺の周りにはずいぶん人が増えたものだと思う。
かつては、ばあちゃんの家とゲーセンと、エルリア、それにミケだけが世界の大半だったのに。
ばあちゃんは、披露宴が行われる予定の沢渡家で待ってくれている。そこまでは、徒歩の花嫁行列で向かう予定だった。所要時間は、五分程度となる。
「今後の冠婚葬祭の儀式の際には、こもれび食堂か猫ハウスを使うのがいいかな」
「ええ、七五三などでの会食にも対応するとよいかも。食事は仕出しを頼めるでしょうし」
と、行列を先導してくれていた美羽ちゃんが振り向いて、口を尖らせた。
「ちょっと、そういう相談は後でいいってば。今日は、二人のハレの日なんだから、もうちょっとドラマチックに」
「ドラマかあ……」
「努力しましょう」
他人事のようなエルリアの言葉に、美羽ちゃんは首を振り、紗良ちゃんはくすりと笑みをこぼした。
そんな会話をしているうちに、沢渡邸の姿が見えてきた。幸いにしてこの後も天候は崩れない見込みで、宴のメインは庭で行われる予定だった。
皆の案内を美羽ちゃんに任せた俺たちは、広間に置かれているベッドへと向かった。ばあちゃんは、起き上がるのもきつい状態になっているが、そんな中でも嬉しげな笑みを浮かべていた。
「まあ、ふたりともかっこよくて綺麗で……」
「トミさん、あなたが受け容れてくれたから、今日のわたくしがあります。これからも、見守ってください」
「ええ、もちろん。でも、あなたを受け容れると決めたのは、悠真なのよ。二人で仲良くね」
「ばあちゃん……」
俺の想いは、言葉にはならなかった。細くなった手が伸びて、俺の頬に触れる。
「いいのよ。ありがとう……。さあ、みなさんにごあいさつしてこないと」
「はい、ゆっくりしていてくださいね」
ばあちゃんの手を握ったまま、エルリアがこちらを見つめてくる。哀しげな視線に頷きを返し、夫婦になった俺たちは親しい人たちの方へと足を向けた。




