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【1993年9月下旬】


【1993年9月下旬】


 今年も秋分の日に、龍栖神社の秋祭りが開催された。ここで初めて披露されたのが、小金井鹿島神社の巫女舞である。


 桐島姉妹の妹である茜音さんは、國學道大の文学部史学科で神道関連……、特に神社の運営の研究をしている。再興した龍栖神社を神職として取り仕切っているので、実地と研究が混然一体となっているわけだ。龍栖神社の巫女舞復興を卒論の題材としてまとめ、今回は小金井鹿島神社の巫女舞を創り出そうとしている。


 いにしえより伝わる巫女による舞は、明治期にほぼ途絶えてしまっている。現在では、昭和になってから当時の宮内省主導で作られた「浦安の舞」や、同じ時期に当初は男舞として作られ、のちに改作された「悠久の舞」などが知られている。


 土地に古くから伝承されている神楽を題材にする場合もあり、龍栖神社はどちらかと言えばそちらの類型なのだが、小金井鹿島神社の巫女舞は、新たな発想で作られたものとなっている。


 小金井鹿島神社は、鹿島神宮から勧請された武神である武甕槌命を祀っている。また、鹿島神宮には剣豪の塚原卜伝が編み出した鹿島新當流が伝わり、さらには香取神宮と共にそれ以前から武術と深い縁があったとされている。


 さらには、巫女となって舞を奉納する人物が剣術の遣い手だったために、方向性は定まったそうだ。視線を向けていた神楽台では、勇壮な剣の舞が披露され始めた。


 見事な完成度なのだが、この力強く華麗な舞は、この少女以外に受け継いでいけるのだろうか? まあ、こちらは一人舞扱いで、複数人用の他の舞も準備中らしいのだが。


 優美な龍栖神社の巫女舞に慣れている参拝客は、抜き身の剣を構えた剣舞に魅了されているようで、少し離れた参道までざわめきの声が聞こえてきていた。


「見事な勇壮さだな」


 感心しているのは、市川透である。この人物は、翁敬義塾大学のFSC、藤沢湘南キャンパスでの学生生活も終盤戦で、行政の道へ進もうとしている。


「だよなあ。ちょっと勇ましすぎる気もするが、まあ、個性があってよいのかもしれない」


「巫女舞は伝統あるものなんだろうから、新規に作るのはどうなのかなと感じていたんだが、茜音さんに聞いたら、よく舞われているのは、戦前戦後くらいに作られたものなんだってな」


「そうらしい。明治維新で一度、地域に根ざした宗教的なものの力が衰えて、断絶があったみたいなんだ」


「明治と言えば、国家神道のイメージが強いんだが」


「茜音さんによれば、神仏習合の解消こそ明治初期に行われたものの、欧米からキリスト教禁教の解消を含めた宗教の自由を求められ、いったん弱体化したらしい。その後、神道は宗教じゃないということにして、明治も終わり近くになってから力が入れられる感じだったみたいだ」


「そこで復興したから、いったんは途切れたわけか」


「ああ。神楽の一部として残ったものはあるみたいだが、実際はそこが再始動ってことだな。そう考えれば、今から作っても悪いことはないさ。龍栖神社は水の舞、小金井鹿島神社は武術の舞と、祀られている神様との関連もあるし」


「千年続けば、今も五十年前も些細な差だな」


 前世で俺が死んだ時点までは、三十年ほどの時間がある。龍栖神社の舞にしても、誕生したばかりの小金井鹿島神社の巫女剣舞にしても、そこまで続けるためには、継承していく必要があるわけだ。


「続けられれば、だがな。……ただ、まあ、続けることは目的でもない。途絶えたとしても、記憶は残るはずだ」


「記録もな」


 透が見やった先では、ビデオカメラが回っている。前世の通りの展開を辿れば、各種の記録映像はネットの海に放り込まれ、共有財産となっていくはずだ。そう考えて、祭りや技術検討会、さらにはゲーセンでの大会なども、できるだけ映像を残すようにしていた。


 テレビ番組などの録画も保持したいが、そこは著作権との兼ね合いもあるので、自前の映像を残すべきだろう。


 と、市川がふっと空を見上げた。


「将来か……。バブルが崩壊して、少子化の兆しもある。日本は今後、どうなっていくのかな」


 現状は、高度経済成長の時代から続いていた護送船団方式が崩壊しつつある状態である。この後、一気に中国への製造業移転による空洞化や、半導体・家電産業の崩壊などが生じて、不良債権処理が滞るのも影響しての「失われた三十年」へと突入するわけだ。


 一方で、この時点においては単に不景気がやってきた、と捉える向きが多かったかもしれない。この人物が若者らしくない悲観的な見方をしていると取るべきか。


「透は、都庁志望だったよな。結果はそろそろか?」


「いや、まだもうちょっと先だな。……同期の民間就職組は、だいぶ苦労してるみたいだ。先週、市役所の試験も一応受けてきたんだが、だいぶ流れてきてる感じだった」


 前年の就職戦線にも既にバブル崩壊の影響は出ていたが、この年は土砂降りと評されている。そして、来年以降は長期にわたる氷河期に突入していくことになるのだが、この時点でその未来を見通せている者は少ないだろう。


「東京都に入ったら、なにをしたいんだ?」


「希望が出せるとしたら、都市企画局とか労働経済局あたりだろうかな。ただ、どうも最初は都税事務所とか都立学校とかに配属される場合が多いらしい」


「そういうもんなのか」


「ただ、受験で一緒だった面々の情報によると、最初に都庁に配属されると、丁稚みたいにわけもわからず使い潰されるケースもあるらしくてね。どっちがいいかはわからんなあ」


「なるほど……。そっか、大学には都庁に行った先輩はいないわけか」


「ああ。藤沢湘南キャンパスは、うちらの代が一期生なんでな。受験で一緒になった組から情報が取れてよかったよ」


 競争関係にあるはずの相手とすぐに打ち解けてしまうあたり、さすがの社交力というところか。


「同期の就職組は、やっぱり厳しいかな」


「まあ、技術検討会絡みだと、久世や島崎さんは理系だし、そもそも修士課程に進むだろうからな。高校で一緒だった文系の奴らは、阿鼻叫喚って感じだな」


「だよなあ」


 今年度の就職組で、俺の周囲で心配なのは夏目兄弟の弟、夏目康隆くらいである。桜庭梨乃さんは、このままこもれび食堂運営要員として囲い込もうとしていた。


「まあ、無事に都庁に入庁したら、龍栖神社への便宜を強力に図ってくれ。……でも、巫女舞と関係ある部門は都にはないか。強いて挙げれば、生活文化局か?」


「合格前から、汚職への誘いは勘弁してくれ。……だが、実際には、都政に関わってくるとしたら、沢渡商会の方なんじゃないのか」


 沢渡商会については、特に触れ回ってもいないが、隠してもいない。龍栖神社を買い取り、こもれび食堂と猫ハウスを建てた経緯は、把握されているだろう。そして、カストルム小金井の入手についても。


「買い被りはやめてくれ。俺は場末のこの町でひっそりと生きていくつもりなんだ」


「まあ、そういうことにしておいてもいいんだが……。高卒徒手空拳のはずがビルのオーナーで、学際会議を仕切っている異常さは自覚しておいたほうがいいぞ」


「いや、相続で銀座のビルを保有してるとかに比べれば、塵みたいなもんだろう。技術検討会も、お遊びみたいなもんだし」


「塵だとしても、それで終わるようにも見えないんだが。……お、終わるようだな」


 市川は今回も仕切り役の一員となってくれている。氏子勢の組織化も進んでいて、そこそこに分業もできるようになっていた。


 市川と別れた俺は、軽食や飲み物の振る舞い所、屋台のあるエリアに足を向けた。年数を重ねて、賑わいも出てきている。特に収益も求めていないため、そこは気楽な運営となっていた。


 社務所に入ると、奥の間に案内された。そこには、ベッドが準備されていて、ばあちゃんの姿があった。


「あら、悠真。……気を使ってもらっちゃって悪いわね。でも、楽しげなお祭りの様子が見られて、本当によかった」


 枕と座布団を積み上げて、そこに背を預けている。そして、視線は窓に向けられていた。神楽台では、龍栖神社の巫女舞が始まろうとしていた。


「この巫女舞が定着しているのも、ばあちゃんの伝えてくれた記憶のおかげだよ」


「あれは、茜音ちゃんのお手柄よ」


「それはそうなんだけど、青袴の件もそうだし。幾人かの年輩の人たちから、あの青さが懐かしいという感想をもらったよ」


「そう。間違いじゃなかったのならよかった」


「これからもずっと見守ってくれれば」


「そうね、そうできたら……」


 俺は、ばあちゃんの肩に手を置いた。その肩が薄くなったように感じられたことを、俺は意識して否定した。


 目を窓外に向けると、巫女装束のエルリアの視線がまっすぐにこちらに向けられているように感じられた。



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