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【1993年6月】


【1993年6月】


 このタイミングで、解散総選挙が行われる流れとなった。いわゆる「嘘つき解散」である。


 引き続き大きなテーマとなっていた、腐敗を招きやすいとされる中選挙区制の見直しを中心とした選挙制度改革が先送りされた。大きな反発が起きる中で、野党側が内閣不信任案を出すのは自然なことなのだが、竹上派での抗争もあり、成田氏らが不信任に賛成したのである。


 ここで与党の事理民本党は分裂気味となって、離党組が「新党はやがけ」、「再生党」をそれぞれ設立し、政界の混迷度は増していく。


 ここからの一連の動きは、いわゆる55年体制の終わりの始まりだと考えられていた。ただ、その後の展開を考えると、単に役者が替わって存続したとも言えそうだ。


 政治情勢が変わったようで変わっていない中で、環境が変化しようとしているのはファンド方面だった。


 創始会から分離して、ヤスさんと忠司さんを中心とする組織体を創設する流れとなっているのである。


「それで、方向性は決まりました? 連携度合いをどうしようかってだけの話ですから、私利私欲でもそれはそれで問題ないんですが」


「つれないこと言うなよ。……どうせやるからには、意味のあるものにしたい。神後のオヤジは、町と一家、その係累を守った。もちろん、過激なこともしてきたわけだが、基本はその目的のためだと思っている」


 ヤスさんの言葉に、今日もきっちりしたスーツ姿の忠司さんも頷いている。この日の会談は、にゃんこ喫茶の打ち合わせスペースで行われていた。


 現状は、ハチとシャリーの子どもたちが駆け回り始めて、広間には常連さんたちが集っているところだ。


 対して、会議室では年長組がのんびり過ごしている。ヤスさんの足元にはシャリーが、忠司さんの膝にはリリィが座っている。


「オヤジにとっての一家、つまり創始会の構成員は、要するに困って頼ってきた者たちだったんだと思う。それなら……、俺はそういう連中を先回りして救ってやりたい」


「先回り……?」


「ああ。悠真は、優秀な人材を支援する方向なんだろ? それはきっと正しいことなんだと思う。ただ、俺は考えてしまう。優秀じゃないマジメなやつや、やんちゃした連中はどうなるんだ、と」


「それは……、苦境にあって、そのせいで実力を発揮できない人の社会への船出は応援しようと思うけど、やはり原則は自己責任かな、と捉えていた」


「お前の考えを否定したいわけじゃないんだ。だけど、そういう連中に少し手を貸すことで、道を間違えずに済むかもと思う。そんな受け皿を作る原資にしたい」


「受け皿とは、どういう?」


「そこは、これからの検討だが、ゆるい企業体になるかな。賢い人間でなくても役に立てる分野はあるだろう。警備とか、不動産管理とかもそうかもな」


 語弊がある言い方ではあるが、確かに営業やコンサル、ベンチャー系の業務とは求められる資質が異なるだろう。仕事をこなす能力というより、むしろ時間を守る、嘘をつかない、荒事に走らないといった方向性か。


「納得しました。差し支えなければ、今後も連携させてください」


「ああ、頼むぞ。既に資産の迂回作業は終えていて、間もなく正式に発足する運びとなる」


「名付けはどうするんです?」


「始まりを表す創始会の名称の方向性を活かして「イニシャル」としたい。「イニシャル基金」といったところか」


「いい名ですね」


「悠真の方は、どうするんだ。沢渡商会グループで行くのか?」


「いや、それはちょっと……。龍栖神社にちなんで、多摩川を表すらしい五龍にするか、あるいは別の名を考えるか」


「五匹の龍か。それも、物々しい名付けだな」


「いや、そうするつもりはないのだけれど」


 多摩川が龍になぞらえられているのは、災害を巻き起こす暴れ川だったためだろうか。沢渡商会を発展させるにしても、あまり暴れる存在とはならないように気をつけたい。


 無事に旧創始会ファンド方面との打ち合わせを終えて、カストルム小金井に戻る。二階で一息ついた俺は、四階へと向かった。


 ノックをして扉を開けると、パソコンの前にはひさしぶりに顔を合わせる人物の姿があった。


「山原さん、ひさしぶり。ちょっと邪魔させてもらうよ」


「おひさしぶり。……邪魔もなにも、あなたの会社の建物でしょうに」


「そうは言っても、管理者は航だからね。今日は、出荷絡みの作業?」


「いいえ。パソコンを借りて、ちょっと絵を描いていたの。……まずかった?」


「いやいや、問題ないよ」


 少し陰のあるこの人物だが、特に苦手意識はない。頷いた山原さんは、画面に視線を戻した。


 この四階フロアには、航からの申請もあって、パソコンを二台導入している。表計算ソフト……、Lotus123を使った受発注と在庫管理が目的だが、空いている時間に有効活用してもらった方がいい。


 フロアは、在庫エリアと出庫準備エリアに分かれ、準備エリアは大学別に区分されている。注文が入れば出荷ごとにビニール袋に入れられ、出荷票が送付状も兼ねている状態だった。そして、奥には備品が入っているらしい段ボールが積まれていた。


 出荷予定の書籍を眺めていると、扉を開けて入ってきたのは航だった。


「ゆ、悠真さん。今日はどうされました?」


「いや、にゃんこハウスで打ち合わせをしたついでに寄らせてもらったんだ。特に問題はないかな」


「はい、今のところは。受注は増えてきていますが、回らないほどではなく」


「それならよかった。パソコンは足りているかな?」


「ええ、もちろん。あ、恵里菜は隙間にちょっと使わせてもらっている状態でして」


 なにやら、焦っている感じである。航は、管理を任されている場所を私用に使わせていると見られるのを気にしているのだろうか。こちらとしては、むしろそのくらい自由に使われた方が、拠点としては健全だと思うのだが。


「この受注量なら、常時使う必要はないだろうし、有効利用してもらって問題ないさ。二階の方は、ワープロで充分だし」


「ありがとうございます。ほどほどにします」


 やり取りの間に、手伝ってくれているらしい同年代の人物が入ってきた。邪魔になるのもよくないので、お暇するとしよう。


 なんにしても、航にこちらの事業を任せられるのは助かる状態だった。


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