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【1993年5月】


【1993年5月】


 ゴールデンウィーク中の5月4日、カラオケ大会を仕立て直したアニソン祭りが開催された。


 曇り空だが、肌寒いほどではなく、屋外イベントにはむしろありがたい天気だった。


 神楽台に布を張った舞台で、カラオケの機械を借りてきての開催となる。無料イベント扱いなので、大規模な興行と比べればやりやすい状態ではある。


 境内はそこそこに広いとはいえ、近隣には住宅もある。騒音への配慮も含めて、午後の二時間ほどの開催としている。屋台はその前後の時間帯も営業する形となった。


 事前エントリーとしては、美羽ちゃんの持ち歌である「ムーンライト伝説」を始め、近年のアニメから「不思議の海のナディア」や「サイバーフォーミュラ」「勇者特急マイトガイン」「きんぎょ注意報」「らんま1/2」「無責任船長タイラー」「機動戦士Vガンダム」「幽遊白書」といったタイトルの主題歌が並んだ。さらには、「エースをねらえ」や「銀河鉄道999」「超時空要塞マクロス」などから、既に懐メロの風情を纏う歌も挙がっていた。


 後に主題歌がアニソンの代表格となる「新世紀エヴァンゲリオン」は、この時点ではまだ放送されていない。ガンダムの劇場版三部作が公開されてから既に十年が経過し、AKIRAなどもあったものの、いわゆるアニメブーム的な動きとしては小康状態にある時期だった。ここ小金井に拠点を持つスタジオジブリも、前年に「紅の豚」が公開されたものの、後年ほどの熱狂は集めていない。


 この時期には、まだマンガやアニメはくだらない、価値のないものだとの一般的な感覚は残っており、アニソンもまた、楽曲の中で評価の一段低い存在だったようだ。まあ、高尚な音楽を至上なものと捉える人々からすれば、他のジャンルも低いものなのだろうが、階層的に一番下に位置づけられてしまっているようだ。


 アニメが本当の意味で広く受け容れられるまでには、ここから三十年ほどの年月が必要となる。シネコンの普及、推し活的な考え方から劇場アニメが大きな興行収入を獲得するようになり、さらに、新型コロナウイルスの世界的な蔓延とサブスク配信の普及が重なって、世界的な潮流となっていく。


 アニメ産業には、より発展してほしい気はするが、流れがずれてしまうと、最終的な結果も変わってしまうかもしれない。関わるとしても、ある程度までに留めておいた方がよいのだろう。


 先陣を切った美羽ちゃんは、いつもより少しだけ緊張しているようだった。


 手にしたマイクのコードを気にしながら、舞台の端に立つ。客席というほど整ったものではないが、参道脇に並べた椅子や、立ち見の子どもたちの視線が一斉に向けられていた。


「がんばってー」


 声を上げたのは紗良ちゃんだった。すぐに、こもれび食堂の常連である子どもたちも真似をする。


「がんばれー」


 その声で、美羽ちゃんの表情が少しだけほぐれた。


 イントロが流れ出す。曲目は、美羽ちゃんの十八番の「ムーンライト伝説」である。


 音程は完璧とは言いがたいが、声には勢いがあり、なにより楽しそうだった。


 美羽ちゃんは、途中で少し歌詞を追い損ねたらしく、画面を見つめる目が泳いだ場面があった。それでも、すぐに立て直したのだから、度胸もあるのだろう。歌い終えると、会場から大きな拍手が起きていた。


「上手だったよ」


 舞台を下りてきた彼女に、紗良ちゃんが声をかける。


「ちょっと外した」


「楽しかったからいいじゃない」


「そうかな」


「そうです」


 きっぱりと言われて、美羽ちゃんはくすぐったそうに笑った。


 この子は、少しずつ人前に立つことに慣れてきているようでもある。アイドルというのは飛躍しすぎかもしれないが、進路はあまり限定しなくてもいいのかもしれない。


 続いて、氏子さんの一人が「銀河鉄道999」を歌った。子どもたちには古い曲だろうが、大人たちの受けは妙に良かった。さらに、久世が半ば強制的に引っ張り出されかけて全力で逃げる一幕もあった。


 その代わりとばかりに、エルリアが舞台に上がることになった。


 巫女装束ではなく、淡い色のワンピース姿である。だが、背筋を伸ばして立つだけで、妙に舞台映えした。


 このアニソン大会は神事ではなく、龍栖神社は場所を貸している状態である。だから、自分は歌わない、との茜音さんの強い主張は、受け容れざるを得なかった。調整の結果として、トリを務めることになったのはエルリアで、選曲は「愛・おぼえていますか」だった。


 最初の一声で、境内の空気が少し変わり、Aメロで注目がさらに強まる。振り付けも大きすぎず、巫女舞で身につけた所作が混じるせいか、どこか儀式めいて感じられた。


 歌い終えた瞬間、拍手が起きた。頬が少し上気している様子は、お世辞ではなく美しかった。


「歌付きの巫女舞みたいだな」


 俺がぽつりと言うと、近くにいた茜音さんが少し考え込んだ。


「神楽は、本来はそういうものだったのかもしれません。いずれにしても、見事な舞台でした」


 拍手は長く続き、エルリアが深々と礼をして退場するまで、境内に響いていた。


 アニソン祭りと言いつつ、のど自慢的な要素が強いのかもしれない。まあ、方向性としてはそちらの方がよいだろう。


 そのためには、観客側の盛り上げも考えたほうがよいだろうか。ただ、後の世でいうヲタ芸や、フェス的な大暴れ方面に寄ってしまうと一般客が入れなくなりそうだし、お作法についても考えていくべきかもしれなかった。


 少し肌寒くなった夕暮れ時、片付けに参加してくれた有志の中に夏目康隆の姿があった。


「だいぶ疲れているようだな。切り上げてもらってかまわないぞ」


「いやいや、就職方面で成果が出てないからね。せめて、役に立ちたいんだ」


「今年の就職戦線は、だいぶきついみたいだな」


 この二年前には、「就職戦線異状なし」という映画が公開されているが、作中で描かれていた状態が正常だとしたら、ここからの十数年は異状続きということになる。


「それでも、選考が進んでいる人はいるからねえ……。兄貴みたいには、いかないもんだね」


 ぽつりと康隆が言った。


「健吾は、また別だろ」


「そうなんだけどさ。普通に大学に行って、普通に就職して、普通に働くんだと思ってた。でも、その普通が、急に狭くなっている感じがする」


 就職戦線は既に土砂降りだが、ここから氷河期がやってくるわけだ。時代の空気の変化についていける者ばかりではなかった。


 現在は、就職協定と呼ばれる新卒採用のルールは存在していて、正式な内定は十月だが、実際には内々定はもっと早くに出される。春先から企業説明会という名の面接会を各社が開催していた。


 前世での俺も、この時期にはだいぶ苦闘していた。翌年以降に比べればまだましだったと言われても、納得感はない。


「目指しているのはメーカーだっけ?」


「そうなんだけど、なかなか敷居が高くてね。システム会社方面も回ろうかと思ってる」


 システム系も様々だが、主流となるシステム構築系は、受注した大手が下請けに回し、それがさらに下請けに回る四次受け、五次受けといった構図がまかり通る世界となる。そのどこに入るかで、状況はまったく変わるわけだが……。あまり干渉しすぎるのもよくないだろう。


「いいところに入社できるといいな」


「うん、とりあえずがんばってみるよ」


 不安を吐き出したためか、少し表情が明るくなったようでもあった。



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