【1993年1月中旬】
【1993年1月中旬】
今年の成人の日は金曜日で、三連休の初日だった。
一つ下の世代を迎える形で、二次会のような集まりの場を用意していた。場所はたまり場として定着しつつある、カストルム小金井の二階である。
中学からのゲーセン仲間で、近所の法仏大学工学部へ進んだ雨宮瑠夏。
西城高校時代からの縁で、書籍通販事業にも関わってくれている、東都経世大学在学中の早乙女航。
瑠夏の幼馴染みで、龍栖神社に関心を持ち続けている高梨澄。
東都工農大学の農学部で、農業、水産業に加えて猫たちの繁殖方面でも連携している倉持芽依。
取り立てて縁をつなごうとしたわけでもないのだが、よく集まるメンバー同士で、自然と絡み合うような交流具合となっている。
一個上となる世代からは、久世湊、市川透、島崎結菜、桜庭梨乃さん、それに俺が参加していた。エルリアは、この時間はこもれび食堂に入っている。
去年も似たような感じだったが、カストルム小金井が五龍系の黒龍企画で買い取られたことで、気兼ねなく使える場所になったのも確かだった。
「おー、もう来てたんだ」
明るい声音を発しながら、やってきたのは瑠夏だった。
成人式には晴れ着で参加したと聞いているが、あっさりと着替えを済ませたようだ。それでも、どこか晴れやかな空気はあるから不思議である。そして、その手にはなにやら大きめの荷物が抱えられていた。
「何を持ってきたんだ、それ」
「これはねえ、ワープロ。ここに置かせてもらおうかと思って」
「それはかまわんが……、親指シフトか」
まだウィンドウズが普及する前のこの時期、マイコンとも呼ばれていたパソコンと並行して、文章作成に特化したワープロと呼ばれる機種群が存在している。専用機だけに、パソコン向けとして定着していた一太郎などよりも、高度な文書作成機能を有している傾向もあった。さらには、キー配置なども文書作成に最適化されている。
日本のメーカーは、こうやって専用機を異常発達させて、ガラパゴス的立ち位置に迷い込むことが多い。この時代のワープロも、やがて一掃されることになるが、現時点ではレポート作成などの用途で非常に重宝されている。
「あたしがいない時は使っていいからね」
「ほう、それは助かる」
「みんなに使ってもらったほうが機械もうれしいだろうし」
その言葉に反応したのは、エルリアだった。
「ちょっと使ってみたかったのです。教えてもらえますか」
「うん、もちろん」
パソコンは、プレイタウン・フラッシュの管理向けには導入されていて、わりと自由に使える状態だったが、確かにエルリアが触れるマシンはなかった。こもれび食堂に導入してもよいのかもしれない。
そんなことを考えていると、瑠夏が冷蔵庫からパピコを取り出して、割った一本を投げてきた。
「お、ありがとな。乾杯?」
「成人、ありがとー」
おどけた口調で応じると、瑠夏はアイスを吸い始めた。机の向こうでは、ワープロの起動が始まっていた。
「そーいや、格闘ゲーム大会は連覇したらしいな」
「そうそう、まあ、強敵もいなかったし、無人の荒野を往くようなものね」
「悪役っぽいセリフだなあ」
パピコを咥えながら、瑠夏はぱちんと指を鳴らした。
「いいね、悪役。どうせならボスとして振る舞おうかな」
「連勝記録持ちが悪役ってのもなあ」
「なら、次からは四天王に任せよう。ちょっと忙しくなってきてるし」
「それは、いよいよラスボス風味が……」
「勇者様の到来を待ち伏せする感じで進めようかな。告知とかできるかな?」
「近隣のゲーセンに、貼り紙でもするか」
「うん。勇者が現れなければ、四天王で争えばいいわけだし」
「まあ、瑠夏がそれでいいなら」
にやりと笑った瑠夏は、パピコを食べ終えるとそーちゃんに相談してくると、フラッシュへと向かった。
すれ違うようにやってきた芽依は、晴れ着のままだった。
「瑠夏ちゃん、いい笑顔だったけど、なにかあったの?」
「ゲーム大会に絡んだ悪巧みを思いついたとこだな。……成人おめでとう」
「ありがとー。で、養殖の話なんだけどさあ」
「厳粛だっただろう式の後に、いきなりその話かい」
俺の指摘に、相手の成人ほやほやの女子が口を尖らせる。
「えー、ゲーム大会よりはいいでしょうに。……それでね、成長途上の餌の配合のことなんだけど」
なにやら、まとめて育てようとするときの餌について、行き詰まっているらしい。
「だから、俺がわかるのは、好適環境水で海魚がよく育つこと、その理由はおそらく海よりも環境負荷が小さいからだろう、ということまでだって。その他は、むしろ海で養殖している人間に聞いた方がいいんじゃないか」
「そっか、魚を育てるという意味ではそういう方面もありなのか」
「むしろ、今まではどちら方面に頼っていたんだ?」
「熱帯魚飼育から学ぶ方向性だったのよね。でも、そっか、海での養殖こそが学ぶべき先達か」
どうやら、袋小路に迷い込んでしまっていたようだ。脱出の手がかりになるといいのだけれど。
「ところで、猫の話なんだがな」
「ミケちゃん一族ですね。とりあえず、ハチさんをお婿に迎えたんでしたっけ」
ハチとは、ミケに替わって沢渡邸に出入りしているハチワレのオス猫である。性格が良く、ばあちゃんに馴染んでいて、かつての生活圏からミケとの血縁は無いか、ごく薄いと思われ、婿に選ばれたのだった。
「ああ、次の世代が生まれているよ。……このやり方だと、血が偏るかな?」
「第一世代の娘さんたちに、それぞれ別の連れ合いを確保すれば問題ないでしょう。次のお相手は、工農大にいる野良の子から探す予定なんですよね?」
「近隣から探すと、血縁かもしれないのでね」
「工学部と農学部から探せば、その心配はないですね。血脈の管理はできそうですか?」
「生まれたオス猫は去勢するか、どこかに譲るかで考えている。繁殖期にテリトリー分けする考え方でいいんだよな」
「良いと思います。世代が進んだら、畜産系の人にアドバイスを貰いましょう。牛や豚よりは、馬の生産者の方がいいかもしれません」
牛や豚は、同じ配合をくり返す場合が多いようで、血統を作っていこうとするなら、確かにサラブレッドの考え方に近いのかもしれない。
周辺の農家から出ている話も聞きたかったが、さすがに話題が仕事に偏りすぎる。俺は、芽依のために食べ物を確保することにした。持ち帰った皿をじっと見て、問い掛けが投げられてきた。
「悠真さん、あたしには食べ物を与えとけばいいと思っていませんか?」
「……多すぎたか?」
「いえ、いただきますとも」
食べ始めたところで、久世が声をかけてきたので、俺は一旦その場を離れた。
と、部屋の隅で周囲を観察しているらしい人物……、高梨澄が視界に入った。
「よお、成人おめでとう」
「おめでたいことかどうかはよくわからないけど……、ありがとう」
「まあ、どれだけの意義があるかは、確かにわからないな。……龍栖神社の観察は進んでるかい?」
「ある程度は……。縁起が、まだ腑に落ちていません」
「縁起……、というのは、成り立ちってことか。龍栖神社の龍は、川だよな」
「でも、玉川上水が開通する前から、龍栖神社はあそこにあったのです」
「多摩川は、五龍と呼ばれていたらしいが、武蔵野段丘の真ん中を通っていた時期があったとは考えづらいしな。そこを、どう物語として辻褄を合わせる?」
「そうですね……。「ほりかねの井」というのをご存知ですか?」
「いや、初耳だ」
「平安の時代から、武蔵野では井戸が知られていました。すり鉢状に掘って、そこから更に竪穴を掘っていたとか」
「崖下のハケから出る伏流水を取り出すわけか」
「ええ。その井戸を、龍と呼んでいたのではないかと」
「五龍のうちの土龍といったところか。それなら、確かに成り立ちそうだな。ただ、玉川上水ができてしまえば……」
「はい、価値はなくなったと思います。その跡地だった、とも考えられます」
「物語としてはありだな。……小説にでもまとめるのか?」
「どうでしょう。絵本にでもしましょうか。でも、世に出したいわけでもないんですけど」
「まとまったら、ぜひ見せてくれ」
「考えてみます」
そう応じる表情は、まんざらでもなさそうだった。デキが良ければ、自費出版的に手掛けてみるのもいいかもしれない。
そう考えていたら、戻ってきた瑠夏が近づいていた。
「なになに、めずらしい取り合わせじゃない。なんの悪巧み?」
瑠夏と俺とは、いったいお互いをどう捉えているのやら。
「ん。龍栖神社の縁起の設定を話してた」
「あー、川じゃない方がおもしろいって話?」
「そうそう。で、絵本かなにかにまとめたら見せるように言われていた」
「お、焚きつけるねえ。絵本ってどんなの?」
瑠夏の問いに合わせて、澄も首を傾けた。
「画風にもよるが……。パソコン向けの、ノベルゲームみたいなものもいいかもしれない」
「ノベルゲームって?」
「絵があって、メッセージウインドウに地の文やセリフが表示されるような」
「オホーツクに消ゆ、みたいな?」
「さすがに例えが古すぎるだろ」
「でも、方向性としてはあんな感じ?」
「まあ、そうだな」
そこで瑠夏が、少し表情を改めて口を閉ざした。おそらく、西城高校のゲーム同好会で作られていたアダルトゲームのことでも思い出したのだろう。
一枚絵とテキストで進んでいくアドベンチャーゲームと呼ばれる類型は、推理物や探検をテーマにして、パソコン向けゲームの初期から存在していたが、最近は下火になっている。一方で、やや過激なアダルト要素を加えた分野は、妙に勢いが出始めていた。
実際には、新しいメディアが登場する際に、エロ系コンテンツが先導役になるのはありふれた話である。俺の前世でも、そういった作品の中からストーリーが評価され、アニメ化される作品が出ていたと聞いている。そして、ヒット作を重ねると、最初から全年齢向けの作品を手掛けるようになっていく。……そんな話を、どこかの現場で一緒になった派遣スタッフがしていた。俺自身は、生活に追われる中で、自分用のパソコンを買ったのはだいぶ後の時代になってからだった。
アダルト要素がない状態で、ストーリーとマッチしたCGを準備できれば、いい作品になるかもしれない。売れるかどうかは別にして。
一方で、どうあっても避けるべきなのは、龍栖神社を題材にしたエロゲーを作られることだった。それだけは許容できない。
「何の話ですか?」
ひょいと話に入ってきたのは早乙女航だった。彼とは同い年の瑠夏が、ものすごく分かりやすく目配せしてくる。
澄の創作の話を、少なくともこの場では航に話すな、という意味だろう。エロゲー制作の実績がある人物だけに、その判断には素直に従っておく。
「龍栖神社の縁起について、議論していた」
「それは、興味深い題材になりそうですね」
さらりとそう言ってくるあたりが、この人物の油断のならないところである。
「ところで、通販事業の件なんですけど」
話題の転換が早いのは、そのためにやってきたということか。
「おう、どうした?」
「今まで、二階の隅の一部屋を使わせてもらってたじゃないですか」
「ああ」
「そろそろ、スペースを広げられないかと。売れそうなものを、確保しておくようにしたいんです」
「広さは、どれくらいが望ましい?」
「できれば、三階か四階を丸々」
「フロア全域か? それは、なかなか広いな」
「在庫と梱包と、発送前の置き場を分けたいんです。このまま受注が伸びると、今のままだと効率が悪いんで」
テナントで埋まる流れは想像しづらいし、いざとなれば二階のスペースを空けることもできる。
「わかった。四階を使ってくれ」
「お、マジですか」
「その代わり、テナントの引き合いが来たら撤収できるように、整理はしておいてくれよ」
「頑張ります」
「伸びそうなのか? 人の確保は?」
「何人か、知り合いに声をかけてます。恵里菜も、手が空いてる時には手伝ってくれるだろうし」
そこで、懐かしい名前を聞いた。山原恵里菜さんとは、ゲーム同好会でイラストと音楽などを担当していた人になる。
「山原さんは、今日は?」
「家族と過ごすそうです」
俺は思わず意外そうな顔をしたのだろう。航がにやりとした。
「意外とお嬢様なんすよ」
「ほほう」
澄が少し反応したようだが、話は転がらなかった。そこは、つながりがあったんだったか。
いずれにしても、成人式を終えた一個下の四人は、なかなかの人物揃いだった。その雑多さは、頼もしさを感じさせてくれるものだった。
近所にある西友の地下食料品売場と長崎屋の地下にある東急ストアをはしごして、おやつと飲み物を買い足して戻る途中で、見知った人物に遭遇した。金髪碧眼のその人物は、淡々とした視線を向けてきた。
「エルリア、交代かい?」
「ええ。梨乃さんと入れ替わりです。……ひとつ持ちましょうか?」
「ああ、頼む。これはアイスだな」
エルリアがちらりとポリ袋に視線を落とす。
「ベルモアですね」
「澄のリクエストでね。これは確かに、大人数で食べたほうが楽しいからな」
個包装のロールアイスは、前世では食べたことがなかったが、いい味である。
「みなさんと旧交を温めたいのですが、少し早めに抜けさせてもらうかもしれません」
「ばあちゃん、具合は良くないのか?」
「ええ。今日は紗良ちゃんが遊びに来てくれているのですが。あとは、ハチもいますし」
杉森紗良ちゃんと松本美羽ちゃんは、ばあちゃんにとっては既に孫娘のような存在で、訪問が負担になる関係性はない。それでも、付き添っていたいのだろう。ハチは、しばらく前には猫ハウスに滞在してくれていたのだが、今では沢渡邸に戻ってのんびりと過ごしている。
「ばあちゃんに寄り添ってくれて、助かるよ」
「いえ、こちらも不義理を埋めてもらえて助かります」
そう話しているうちに、プレイタウン・フラッシュの前まで到達した。暗くなりつつある通りでは、無音のアヴェツーの対戦映像が映し出されていた。
「この風景も、すっかり定着しましたね」
「だな。当初は、苦情もあったようだが」
商店街の外れに位置するカストルム小金井は、市域の北側への抜け道的な道路に面している。通学や通勤に使う人もいたわけで、嫌悪感を示す場合も見られたという。
ただ、そこもやはり慣れの面が大きかったようで、最近は特段の働きかけもないそうだ。まあ、別の経路を選んだ人もいるのかもしれない。
二階に戻ると、瑠夏と芽依がエルリアに絡んできた。対して、同じ年代の澄と航は、少し距離感があるようだった。まあ、それもまた自然な状態なのだろう。
久世と透、それに結菜と一緒に、買ってきた食料を冷蔵庫に入れる。
「あ、ベルモア。おいしいですよねー、これ」
「イタリアンジェラートもあるぞ」
「いいねー、まずアイスを食べようか。じゃあ、ジュース類は入れておくね」
「お、シャッセとはいい趣味だな」
俺にとっての新商品は、同時に懐かしいものだったりするから、ややこしいところである。中でもジョルトコーラは、不思議とくせになる味わいだった。




