【1993年1月上旬】
【1993年1月上旬】
龍栖神社での初詣は、だいぶ賑やかなものになってきていた。
巫女舞の舞台はだいぶ奥まった場所にあったのだが、発注していた組み立て式の舞台が完成して、参道での披露が実現している。今回は神社の敷地内での別場所への設置だが、運搬をしやすい構造としているため、持ち出しも可能な見込みだった。
お汁粉やお雑煮の提供に加えて、少しだけ屋台も出ているけれど、のどかな雰囲気は保たれている。屋台では鷹岡さんのご夫君が育てた東京うどを素材にしたフリットも供されて、人気となっていた。
穏やかな空気が、境内には流れている。結菜の新作である四輪の電動カートでやってきたばあちゃんも、うれしげな表情だった。
「賑やかでいいわねえ。初詣なんてひさしぶり」
その言葉通り、ひさびさの外出である。体力の低下は否めず、活動量もだいぶ低下している。
その関係もあって、これまでばあちゃんが一手に引き受けていた巫女装束の手入れなどは、桜庭梨乃さんがやってくれている。ぬいぐるみ作りを趣味としているだけに適任で、着付けも順調に習得中だそうだ。対して、神社を束ねる茜音さんは手先がだいぶ不器用で、完全にギブアップ状態と聞く。人には向き不向きがあるということなのだろう。
時期的に暖かいわけではないが、風も緩やかで穏やかな日差しが降りてきている。和服でのセグウェイ的な乗り物の扱いも、もう慣れたものだった。神社と沢渡家の往来は四輪カート型、神社敷地内では立ち乗り型と、使い分けられている状態である。
「巫女舞も、だいぶ華やかになったのねえ」
確かに、ここしばらくで所作も含めてさらに綺麗になってきた印象がある。水色の袴によって、清々しさが際立ってもいた。
「しっかり見られてよかったわぁ」
「今後も発展していくと思う。楽しみにしてほしい」
「そうね……。ええ、きっともっとよくなっていくわ」
言い淀んだのは、体調面への不安からだろうか。
舞い終えたエルリアと紗良ちゃんがやってきて、ばあちゃんを接待所へと誘う。俺も付き添う形で同行した。
接待所に入ると、ばあちゃんは用意されていた椅子に腰を下ろした。以前なら、むしろ率先して立ち働いて、客に声をかける側だった。現状では、桜庭さんが湯呑みを並べ、美羽ちゃんが盆を運び、瑠美ちゃんママが子どもたちの動線を見ている。
「みんな、よく動いてくれるわねえ」
ばあちゃんは、少し眩しそうにその様子を眺めていた。
「トミさんが育てた場所ですから」
エルリアが、そっと膝掛けを直す。
「私は、そんな大したことはしていないわよ。ご飯を作っていただけ」
「大切なことです」
その言葉は、静かだが強かった。
ばあちゃんは少し困ったように笑い、それから巫女舞の舞台の方へ視線を向けた。
「エルちゃんも、すっかりこの土地の人になったわねえ」
「そうでしょうか」
「そうよ。最初は、迷子みたいだったのに」
エルリアは、一瞬だけ言葉に詰まった。この世界に来たばかりの彼女は、確かに迷子だったのだろう。戸籍もなく、家もなく、ただ俺とばあちゃんの家に転がり込んできた異世界出身の人物。
それが今は、巫女舞を率い、こもれび食堂を動かし、子どもたちや氏子さんに囲まれている。
「トミさんが、居場所をくださったのです」
「そう思ってくれるなら、エルちゃんも誰かの居場所を作ってあげてね」
「……はい」
エルリアは、いつもより素直に頷いた。ばあちゃんは満足そうに目を細めた。
「味見向けにもらってきましたよ」
紗良ちゃんによって持ち込まれたのは、山うどのフリットだった。
「これが、鷹岡さんのとこの山うどね。どんな仕上がりか楽しみにしてたの」
「抹茶塩と柚子塩が選べるらしいですよ」
「それは、迷っちゃうわね」
「それとこちらのフリットは、芽依さんが陸の上で試験的に育てた鮭を使った試作品らしいです。ちょっとつまみぐいしたら、いい風味なんですよ」
どうやら、紗良ちゃんは意識的に明るい話題に誘導してくれているようだ。この子もまた、気遣いのできる人物である。
場がにぎやかになったところで、俺はその場を離れた。
参道に目を配っていると、声をかけてきたのは、銭湯存続運動過激派の有馬千尋嬢だった。
「悠真さん。この神社は、すごい巫女舞なのねえ」
「だよなあ。手作りでここまで復活させたのは、見事だなあ」
「エルちゃんが主導したの?」
「エルリアと、神職を務めてくれてる桐島茜音さんだな。高校時代の一個上の先輩だ」
「そうなんだー。実は、坂下の小金井鹿島神社を親戚筋がやっていてね。相談に乗ってもらえたりするかな?」
「それは構わないと思うが……。確か、あんまり祭事は盛んじゃないところだよな」
龍栖神社を譲り受ける際に、近隣の神社の概況はざっと調査していた。国分寺崖線下の地域の野川近くに位置する小金井鹿島神社は、敷地こそなかなか広いのだけれど、ごく簡素な祭事ぶりとなっている。
「そうなんだけど、もう少しどうにかできないかって話はあるみたいで。……この、移動式の神楽台もすごいなあ」
垂涎しそうな勢いで、なんだか微笑ましい。
「ところで、銭湯は使わせてもらえそうなんだって?」
「そーなのよー」
武蔵小金井駅南口にある銭湯の借り受け交渉は進んでいる。こもれび食堂の方向性を是としてもらえていて、南口の再開発計画が進んでいることを見据えた期間限定での利用との話になりそうだ。
「銭湯とこもれび食堂、学童的活動の混合施設になりそうだが、既存のお客さんは離れるかな?」
「スペースを分ければ、問題ないんじゃないかな。銭湯は、これまでは夕方くらいからだったけど、少し遅くしてもいいかもしれないし。こもれび食堂は、夜の六時くらいまでだっけ?」
「そこの細かいところは、エルリアと詰めてくれれば」
「はーい。で、茜音さんというのは?」
この朗らかな人物を、俺は龍栖神社を束ねる茜音さんのところへ連れて行くことになった。
茜音さんは、金田と避難誘導についての打ち合わせをしていたところだったので、そこに千尋嬢を放り込んだ。人見知り気味なところは薄れてきた茜音さんだが、社交性が高まっている金田がいれば問題ないだろう。これを機に、金田を南口側への進出計画に巻き込む流れを目指そう。
参道に出ると、駐車中のばあちゃん向け乗り物二台を覗き込んでいる老齢の人物がいた。
「どうかされましたか?」
破壊工作の疑い、というわけではないのだけれど、警戒心が働かなかったと言えば嘘になる。
「こいつらは、どうやって制御している?」
「制御……ですか? 油圧などを使った機械的な動きだと理解していましたが」
「電動なのに、か?」
「そうですね。バッテリーでモーターを動かしている状態かと」
「バッテリで、モータをな。……お前さんが作ったのか?」
「いえ、これは足が弱っているうちのばあちゃんの移動用に、友人に作ってもらったものです。先輩の作りかけを再利用したとか」
「この、カートタイプのものもか?」
少しチョロQ的なその車両は、歩道で運用される想定で、プラスチック製の簡素な造りとなっている。そのため、車検対象ではなくナンバープレートはついていない。
「ええ。この神社と、近くの自宅との往来用です」
「整備もその学生がやっているのか?」
「はい」
「工農大の学生か?」
「はい、そうです」
「名前は?」
「作った友人の、ですか?」
「ああ」
当たり前だろう、と言わんばかりだが、不思議と嫌な感じはしない。
「島崎結菜という者です。工学部で、機械系です」
「島崎……。知らんな」
その言い方からして、関係者なのだろうか。老齢の人物は、カートの足回りを覗き込むようにして、少し膝を曲げた。老紳士といった風貌のわりには動きが軽い。
「旋回はどうしている?」
「左右のモーターの出力差、だったと思います」
「ふむ。なら、段差には弱いな」
「そう聞いています。ただ、基本的には歩道と境内だけですので」
「入口に段差があっただろうが」
「正門でない、子ども向け施設から入っています。そこは、スロープにしてあるので」
「環境を調整するってか」
厳しい評価なのか、認めているのか分かりづらい声だった。
「福祉機器に興味がおありですか?」
「いや、似たようなものをいじったことがあるだけだ」
「お仕事で?」
「道楽だな」
そう言って、彼はようやくこちらを見た。
「作った学生に伝えておけ。筋は悪くないが、使う者が年寄りなら、壊れた時にどう止まるかを先に考えろ」
「伝えておきます」
「そうしろ」
くたびれた背広を着たその人物は、立ち去り際に手を上げていった。何者だろうか。いずれにしても、預かった言葉はしっかりと伝えることにしよう。




