【1992年12月】
【1992年12月】
しばらく前から、コンサル会社代表の財前研二が立ち上げた「平成革新の会」が話題となっていた。
この団体は、直接の政治活動をするわけではなく、道州制といった将来像や規制緩和への姿勢といった観点から、議員の格付けをして政治改革を促そう、とする活動になる。
その原資を、会員からの月額会費に頼る建付けはいかがなものかと思うが、この時点では一定の期待感が存在するのは間違いない。
この組織には、後に事民党の幹事長や外務大臣も歴任する後の「タフ・ネゴシエーター」こと持木氏、やがて民本党から事民党へ移る中島氏、民本党で厚生労働大臣を務める後の「ミスター年金」こと中妻氏なども参加していた。
政治家を格付けするというコンセプトは、債券の格付け会社的な発想なのだろうか。これだけの人材を擁しているのだから、この時点で注目されているヤマト新党と合流すればいいじゃないか、という気もしてくる。
ヤマト新党の細海氏は、少数政党の党首でありながら首相になり苦労して崩壊することになる。この勢力が国政に出てヤマト新党と合流し、中道保守的な灯を点していたなら……、というのは、合理的な財前氏には無理な相談だったのだろう。いや、でも、確か都知事選に出て敗北するんだったっけか。
ともあれ、俺にとって国政は遠い話である。そして、会費制で一般の人に政治に参加してもらおうとの考え方は、後の政参党のやり方にも通ずるのかもしれない。
政治方面のその他の話としては、事理民本党の最大派閥である竹上派が分裂し、大沢太郎氏が率いる成田グループが設立された。この大沢氏は「政界の壊し屋」との別名を持つことになる人物で、様々な組織を立ち上げては、自ら壊していく展開が待っていそうだ。
経済界に続いて、政界でも激動の時代がやってこようとしていた。
先だって話題に上がっていた銭湯の話に絡んで、結菜が連れてきたのは、存続活動を主導する人物だった。
「こちらが、ちーちゃん。大の銭湯好きなの」
「結菜ちゃん、紹介が雑……。有馬千尋と申します。銭湯好きなのは、その通りです」
エルリアも一緒に、とのことだったので、顔合わせ場所はゲーセンではなくこもれび食堂となっている。
「で、用件としては、存続活動への協力を求めてる、という理解でいいのかな?」
「そうなります。関わり方は別の相談としまして」
「そこは、正直なところ今の経営者次第だよな……」
利用客は減ってきており、閉める方向性は打ち出されているようだ。
そこで、エルリアが口を開いた。
「この話を聞きまして、その銭湯に行ってみました。最初は、たいへん困惑しました」
エルリアは、どこか遠い目をしている。
「他者のいる脱衣所で衣服を脱ぐというだけでも勇気が要りましたのに、皆さまがあまりにも自然に振る舞っているものですから、かえって逃げ場がありませんでした」
「それはまあ、銭湯だからな」
「ですけど、あの湯船に入った瞬間、少し分かりました」
彼女は、湯気の記憶を追うように目を細めた。
「大きな湯に、知らない者同士が肩を並べる。身分も、職業も、年齢も違う方々が、同じ湯に浸かっている。以前のわたくしには、あまり想像のできない光景です」
確かに、貴族の令嬢であれば、なかなか立場の違う他人と入浴を共にするケースは考えづらいだろう。
「そして、湯の中では皆さまはほぼ無防備になる。その在りようは、こもれび食堂とも、似ているかもしれません」
「似てるかな?」
「はい。どちらも、心身を休めて、回復するための施設と考えてよいでしょう。有償、無償の違いはありますが」
千尋嬢が、ぱっと顔を輝かせた。
「そうなんです! お風呂って、ただ身体を洗って温まるだけじゃないんです」
千尋嬢は、我が意を得たりという表情で身を乗り出した。この感じなら、詳細に話を進めてもよさそうだ。
「その銭湯のある、南口のあの辺りは再開発の話が出てるよな?」
「うん、本決まりではないみたいだけど。……ただ、駅前が最初で、あそこは第二期ってことになるのかな?」
彼女の推す銭湯は武蔵小金井南口の、馴染みの和菓子屋である亀屋さんの裏手にある。南口は駅前にはタクシー乗り場があるだけで、まったく開発の手が入っていない状態だが、ようやく計画が進んでいるらしい。ただ、バブル崩壊の影響もあって、どうなるのか微妙なところである。
「銭湯を閉めたとしても、売りたいわけじゃないんじゃ、手の出しようがないな」
「そこをなんとか。再開発までの期間限定で借り受ける、とかどうかな?」
「やけに具体的だな。君は、銭湯の経営がしたいのかい?」
「いや、そういうわけじゃ。ただ、広いお風呂はいいなーと思って」
それはまあ、大筋としては同意である。
「お風呂と、スペースがあるのなら、できることはありそうですけれど」
こちらに視線を向けるエルリアの言う通り、借りられるのなら良い条件の物件だと言えた。
龍栖神社の外周に設置したこもれび食堂&猫ハウスと、フラッシュのある雑居ビルはどちらも小金井の北側で、南側に拠点を置けるのなら、それもありである。北口と南口はすぐだろうと思うかもしれないが、開かずの踏切によって南北の意識は距離以上に分断された状態となっている。実際には、朝夕を除けば閉じている時間はそこまで長くないのだが、心理的な影響は大きい。
「場所として借りて、こもれび食堂を展開するのはありだと思う。ただ、銭湯の経営は……」
「えー、お風呂が重要なのにっ」
話を持ち込んだ千尋嬢としては、まあそう言うだろう。
「どれくらいの資金が必要かによりますけれど、検討をしてみてもよいですか?」
「エルリアが乗り気なら、それは別に構わない。資金は確保できると思う。ただ、こもれび食堂をもう一つ開くとして、さらに銭湯も経営するとなると、人手が結構かかりそうだが」
「それは確かに……」
「でもでも、検討の余地はあると考えていい?」
期待のこもった眼差しを向けられると、無下に否定はしづらい。
「まあ、先方の意向も踏まえて、考えてみてもいいかもな」
「それはなにより。じゃあ、あちらに話をしてみるね」
満足げな千尋嬢は生命力に溢れる感じで、身近にはあまりいないタイプとなっている。とりあえず、流れに任せてみるとしよう。こもれび食堂ともフラッシュとも違う居場所が生まれるのなら、それもまた悪くない。




