【1992年11月】
【1992年11月】
雑居ビルである「カストルム小金井」をうちで確保できたことで、プレイタウン・フラッシュは継続して運営できることになった。
これまで、店長は社長が兼任するような形での事実上の空席だったのだが、天川颯一郎ことそーちゃんが正式に店長に就任した。三浦社長と相談の上で、うちの仕事も一部担ってもらう形での正社員採用となっている。
本人もやる気を見せていて、月に一度の格闘ゲーム大会を企画し、自らリングアナ的な実況を行っていた。来月の告知ポスターが貼られる様子を眺めながら、そーちゃんに声を掛ける。
「なにも、ボス自ら貼らなくてもいいのに」
「ボスはやめてくれって。どちらかといえば、悠真が上役なんだろう?」
ちらりと抗議めいた目線を送ってくるが、そこまで本気ではなさそうだ。
「いや、フラッシュは引き続き三浦さんが見てくれるから」
「でも、そっちもなんか社長で、あの神社の持ち主だと聞いたぞ」
「それは確かにそうなんだけどさあ。俺は、ここでは午前担当のバイトでしかないって」
「まあ、いまさら畏まった対応なんかできないからな。引き続きよろしく頼むぜ」
「こちらこそ」
なんだかくすぐったい感覚が生じたが、この明るい人物が貴重な存在なのは間違いなかった。
「初回の大会は盛り上がったんだが、全体を通すとやはり経営は苦しいなあ」
「まあ、値上げはしづらいしなあ」
この時代のゲームセンターの料金は、一回百円が基本となっている。「アヴェニューファイター2」を始めとする対戦ゲームが流行っていて、このプレイタウン・フラッシュでも積極的に押し出しているため、客の入りはそこそこいい。ただ、社長の方針でメダルゲームを扱っていないので、収益面ではいまいちなのだった。
「ゲームごとの導入費用も高くなっているし……、そーいや、退役するゲームをあまり廃棄するなって話が出てるけど、あれはどういう意図なんだ?」
「時代の象徴的なゲームは基板としてだけじゃなく、遊べる状態で保存しておこうかと思ってね。それは、フラッシュの財布じゃないから気にせずに」
「保存って……、ゲームだろ? そんな大げさな話なのか?」
そーちゃんは首を傾げた。
「大げさかもしれないけど、きっと大事なことでね。今はただの古いゲームでも、十年、二十年経てば、その時代の証言者となるだろうから」
「ゲームがか?」
「映画や音楽と同じだよ。書物は国会図書館に入るし、映画や音楽は今の時代の物は残るだろうけど、ゲームは遊べる状態で残さないと、意味がないからな」
「そういうものか」
「もちろん、達人によるプレイ動画として残すのもありだけどな」
別のマシンで動くように残すという考え方もあるが、アーケードの実機でないと意味がない場合もある。
「でも、場所を食うぞ。さすがに全部は無理だから、選別もしなくちゃならないし、維持も必要だし」
「部品も、意識して確保しておいた方がいいわけか」
「そうだな。治具も必要だし」
「となると、退役ゲームは、部材もまとめて悠真のおもちゃ箱行きってことか」
「せめて、もうちょっと格好いいネーミングにしてくれ」
「じゃあ、カストルム宝物庫」
「悪くないな」
苦笑が二人の間にこぼれた。
「ただなあ、筐体を持っていかれるとなあ」
通常のゲーム入替えの際には、基板だけ差し替える場合が多い。退役させるタイトルを稼働状態のままで保存するとなると、筐体の新規調達が必要になるのだった。
「そこもうちで負担すると提案してるんだけど、社長がうんと言ってくれなくてな」
「まあ、そういう状態なら、収支は気にせずに盛り上げていけばいいのかな?」
「ぜひ、それで頼むよ、ボス」
「なんだかなあ」
頭を掻きながら、そーちゃんはカフェコーナーへと向かった。自販機の他に、コーヒーサーバーも用意されている。
「ブラックでよかったんだったよな」
「ありがと。……カフェオレも好きなんだけどね」
前世では、三十代まではブラックコーヒーを飲む意味がわからなかったのだが、四十代に入ると逆にほぼブラック専門になっていた。現状は身体の若さのせいもあってか、どちらも楽しめる、いいとこ取り状態となっている。
そこに声をかけてきたのは、工具箱を片手にした結菜だった。大学でも機械いじりに没頭しているはずなのだが、隙間時間にこうしてやって来ている。
「休憩時間?」
「おー、ゆなっち。いつもありがとうな」
「ん。気分転換になるから問題ない」
「ホントに助かるよ」
頭を下げたそーちゃんが、もう一つ紙コップを持ってきた。三人でテーブルを囲むと、周辺の電子音とコーヒーの香りが心を落ち着かせてくれる。
「ふぃー、心が安らぐなあ。欲を言えば、たまには銭湯に入りたいんだが」
「ん? 入りに行けばいいんじゃないの?」
「勤務が午後から夜の早めまでだからなあ。なかなか行きづらいんだ」
「休みの日に行けばいいんじゃ?」
「休みは休みで、他にやりたいこともあるしなあ」
ゲーセンは、基本的には年中無休なので、店長の休みは他のスタッフのシフトに依存してしまうのだろう。
コーヒーを啜りながら、問い掛けを投げる。
「銭湯って、南口の?」
「そうそう。あそこなんだが……、廃業話が出ているみたいでな」
「へー」
俺がそう応じると、フラッシュの店長が苦笑した。
「反応うっすいなー。存続運動も起こってるんだぞ」
そうは言われても、この辺りでの銭湯という業態はひとまず廃れて、いずれスーパー銭湯として蘇る。その流れの中では、あまり思い入れはない。鋭く反応したのは、むしろ結菜の方だった。
「存続運動って、千尋ちゃん?」
「お、そんなに有名なのか?」
「いや、家が近くでね。ちょっと、話を聞いてみようかな」
そんなやり取りを聞きながら、俺はコーヒーの香りを楽しんでいた。




