【1992年1月中旬】
【1992年1月中旬】
年末年始は穏やかに過ぎ、その日がやってきた。1月15日。成人の日である。
後にはハッピーマンデー制度で一月の第二月曜日になる成人の日だが、この時代はまだ15日固定で、今年は水曜日だった。
成人式とは、なんとなく後の世でいうリア充が行くイベントのように感じられる。実際、前世で生活苦の中にあった俺は、参加する気にはなれなかった。だが、エルリアが晴れ着を用意した上、俺に対しても榊木さんからの和装圧力が強い。これはもう、諦めるしかないだろう。そして、同世代に会いたい人物がいないといったら嘘になる。
小金井市の成人式は、年季の入った公会堂で開催される。ここで成人式に参加するのは、俺にとっては中学の同級生が中心となる。服装は和洋様々だが、久世湊、夏目康隆、中神さんを含めた小金井翠中の同期とひさしぶりに顔を合わせることになった。その他では、島崎結菜も小金井在住組だった。
和装姿の中神さんは、エルリアとカメラの前でポーズを取って、うれしそうだった。大学が横浜で、今はそちらに住んでいるそうだ。現状の龍栖神社の活動を話したら、また参加したいと言ってくれた。楽しんでほしいところだが、まじめな人なので、裏方に回って汗をかいてしまいそうでもある。
その他、当時は交流していなかった中学の同級生の幾人かから声をかけられた。龍栖神社関係の取り組みを評価してくれる元同級生もいれば、知り合いがこもれび食堂を利用したんだと話してくれた初見の人物もいた。まあ、話しかけてくるのは好意的な人で、反感を持っていれば接触してこないのだろうけど。
二次会的な集まりは、北口の雑居ビル、カストルム小金井で開催する運びとなった。西城高校組に加え、一個下世代も何人か合流している。
「成人はめでたいんだが、なんだか先行きが怪しいよなあ」
市川透の声に危機感の響きはない。この人物は、行政機関への就職を志向しているので、景気悪化の影響は民間ほどには出ないだろう。ただ、高みの見物という感じではないのは、やはり同時代を生きているためか。
「大学進学組は大変だなあ。俺も大学に行ってから消防を目指していたらどうなっていたことか」
豪快に笑うのは、卒業以来の対面となる金田だった。
「現場に出るには、早い方がいいって言ってたもんな。……それにしても、がっしりしたなあ」
「まあ、鍛えてなんぼって話はあるから。江東区への配属でなかなか来れなかったんだが、そろそろ落ちついたし、また顔を出させてもらうわ」
「助かるよ」
そう返すと、金田は少しだけ真顔になった。
「消防だと、出動ばかりじゃなくて地域の人たちと触れ合うんだがな。改めて思うんだ。あのこもれび食堂は、いい活動だと思う。……最近、不景気だろ? どうしても、子どもが苦しむケースはあるわけでな」
「実社会を見た金田からそう言ってもらえるのは心強いよ。同様の活動拠点を増やせるといいんだけど、簡単にはいかないかもしれない」
「そこは焦らず、まずは周囲からでいい気がするがな」
学生の頃の陽気に傾いたキャラからは、少し転じつつあるようだった。社会経験は、人を変えていくものなのだろう。
その少し奥では、久世と結菜が、なにやら機械の話で盛り上がっていた。
「そりゃあ、最初から量産時の整備性まで考えた設計にできれば苦労はないけどさあ」
「できるだけ、という話だって。災害時には、やっぱり電気駆動の方が汎用性は高くなるから。できれば部材も共通化されていると……」
「言いたいことはわかるんだけどね」
俺は、声をかけてみることにした。
「今の話は、電動カート以外にもなにかを作ろうってこと?」
「まあ、丸めればそうだな。電動バイクの計画はあるみたいだけど、電動ミニカーとか、ラジコンヘリとか」
「災害時というのは?」
「ガソリンの流通が滞れば、電動の方がいいだろ?」
「それは、まあ確かに。……バッテリーだけじゃなく、色々共通化して、さらには自動運転もできるようになるといいんだけど」
「自動運転? ラジコンヘリも?」
「輸送にもいいし、熱源から人間だと認識できれば、海や山の捜索と救助にも使えるよね」
「SFが過ぎるんじゃない? そりゃ、自動車の自動運転の研究はやってるみたいだけど」
「ミサイルの誘導じゃ実現してそうだから、やがて民生向けでも実用化の時期は来るだろう?」
「そりゃあ、工業用のセンサーなんかもあるから、荒唐無稽とまでは言わないけど……」
そこで、雨宮瑠夏が入ってきた。
「割り込んでごめん、興味のある話題なんで。アメリカとか、日本でも磁気マーカーを使った自動運転……、追従方式や、白線で判別できるレーンで試験してるみたいな話を聞くね」
「ほほう。となると、自動運転は機械科よりも情報工学の方になるのか」
瑠夏は、沢渡邸の近所にある法仏大学の工学部に進み、人間科学志望だったのが、情報工学系に惹かれているようだ。
「学際的な話なんじゃないかな。でも、自動車の自動運転はだいぶ大掛かりで、あまり手は出せないと思う」
「実車を使って公道でやるのならそうだろうけど、電動カートや、ラジコンカー、あるいはヘリでやってもいいだろうし」
「それは、磁気で?」
「いや、カメラの自動映像認識で、対象物を判別する感じで」
「結構、ハードル高いと思うなあ」
「基礎研究だけでも、意味があると思うが」
「興味を持つ人はいるかもしれないけど、研究費が確保できるかどうか」
「やるとなれば、寄付講座くらい出すぞ」
理系組の三人が顔を見合わせる。いずれもまだ学部生だし、手に余る話かもしれない。
「ちょっと飛躍したかもしれないが、気に留めておいてくれ。他にも、おもしろいテーマがあれば、支援できることはあるかもしれない」
「ん、承知した。四月から俺らの代は研究室に入るから、もう少し視野も広がると思う」
「期待してるよ」
いずれ公道の自動運転や、ドローンと呼ばれる飛行機械兵器が現実のものとなる。製造コストや制御技術の壁はあるにしても、研究が行われるのは悪いことではないだろう。
冷蔵庫から飲み物を取り出したところで、早乙女航と夏目康隆が旧交を温めているところに遭遇した。この取り合わせでは、瑠夏の始めた西城高校のゲーム同好会で、アダルトゲーム制作を巡って小トラブルが発生した筈だ。和やかな様子を見ると、関係性が破綻したわけではないようだ。
「やあ、ここの交流は続いてたのかい?」
「いや、同じ大学だと初めて知ったよ」
「懐かしくて、盛り上がってました」
「それはよかった。……航、怪しい道に連れ込むなよ」
「いやだなあ、人聞きが悪い。そちらも健全な方に留まってますし」
「ほう……。山原さんとは今も?」
「ええ。絵も上達してますよ」
かつて見せてもらった絵も充分に上手だったが、さらなる境地に達しているわけか。どんな方向に進んでいるのかは、あまり突っ込まないほうがいいだろう。
「それにしても、エルさまの晴れ着姿は綺麗だねえ」
「ホントに。恵里菜が見たら、創作意欲を刺激されるでしょう」
まあ、眩しくないと言ったら嘘になる。
「そう言えば、こないだ兄さんに会ったぞ」
「ああ、そうなんだってね。結局、父と子の再会は実現しなかったよ。ぶつかっているけど、似たとこもあるのかな、なんて思うんだ」
「かもな。いつか和解できるといいんだが」
健吾の経済的自立に関わっただけに、他人事だとは言えない面もあるのだが、仲良くできるのならしてほしいというのは本音だった。俺自身は、前世でも今世でも、父親とはいい関係は築けなかったわけだが。
この夏目康隆は、引き続き時間を見つけてこもれび食堂への手伝いに来てくれている。一方の早乙女航とはゲーセン及びカストルム小金井での交流が中心だったので、すれ違い状態だったようだ。航は人懐っこい気質なので、これを機に交流は深まっていくのかもしれなかった。
今日の集まりの中で、純粋な文系の大学進学者は、この二人と中神さんくらいだった。卒業時には就職戦線には異状が……、いや、どん底まで崩壊してそれが常態になり始める時期となる。
ただ、それを二十歳の門出を祝うこの日に告げる必要はないだろう。
翌日が稼働日だけに、夕方から少しずつ人が帰り始めて、最後に残ったのは市川透と久世湊だった。
「この三人は、バブル崩壊の影響は受けなさそうだな。市川は行政方面だし、悠真は実業家だもんな」
「いや、行政の道に入るのも、決して容易ではないぞ」
「そうかもしれんが、景気との連動は比較的少ないだろ?」
「まあ、そりゃあそうだ」
「国家公務員を目指すのか?」
「そうだなあ……。入れるかどうかは別にして、一分野、一組織で生涯を送るっていうのも、ちょっときつい気もしていてな」
「把握してから、研究者や政治家に転じる気もするが……、どこかの自治体ってことか」
「今のところは、そう考えている」
おそらく、区市町村ではなくて都道府県……、そして身近なところなのだろう。
「久世は、理系だから就職事情も違うだろうが、研究畑か企業に進むかは見通せているのか?」
「現状でははっきり見通せないが、とりあえず院には進むだろうなあ。……それより、悠真は何をするんだよ」
「そうだ。今日こそは聞かせてもらうぞ」
ここで二人に連携されると、なかなかに防御するのは難しい。
「そんなに野望はないが、身近なところから少しでもよくしていきたいと思っている」
「小金井だけってことはないよな」
「小金井も広いと思うがな」
「韜晦はいいから。……日本は、今後どうなると思う? バブル崩壊もそうだが、産業空洞化の話もあるからな」
産業空洞化は、80年代なかばの円高の頃に問題視され始めたが、いったん沈静化して、また再燃しかけている。未来知識を持つ俺からすると、この後の不良債権処理の中で大小の製造業がリストラ、廃業、中国への工場移転で大騒ぎをし、日本から製造業の基盤が失われる展開が見えている。
「まあ、苦しいよなあ……。有望なのは、自動車のトップレベルと、半導体の製造機械くらいか」
「家電やパソコンは苦しそうだよな。けど、半導体は調子いいんじゃないのか?」
「価格競争に入ると、厳しいだろう」
実際には、韓国メーカーが主導する値崩れに対応できず、業界全体が崩壊する流れとなる。ここで精密な半導体に特化すれば勝ち筋が見えたのかもしれないが、CPUをインテルに握られてしまって、ジリ貧だったと思われる。
「日本は崩壊するのかな」
久世の呟きには、冗談とも本気とも取れない響きがあった。実際、この頃には、少子高齢化による先行き不安もあって、バブルから反転したような悲観論が見られている。
「いや、そこまで悲観する必要もないだろう。内需は存在するわけだし」
「でも、エネルギーも食料も輸入頼りだろう?」
「それはそうなんだけどな」
不良債権処理による大手を含む金融機関の連鎖倒産、製造業の海外移転による空洞化及び破綻、就職氷河期突入に、政治の不安定も重なっては、バラ色の未来を描けという方が難しいだろう。
「だからこその、一歩ずつの改善か。……事理民本党と、ソーシャル党やコミュニズム党の対立はどうなっていくんだろうな。どちらも極端に過ぎる気もするが」
「極端な右派と、極端な左派が目立っていて、その主張がぶつかっている感じだよなあ。アメリカべったりもどうかと思うが、共産陣営に入るのもぞっとしないし」
「ただ、対立軸が生まれれば、分かれざるを得ないだろうからなあ」
「そこから、相手の全否定になりがちなのが、日本の良くないところなのかもしれないな。一定の国防は必要だし、企業を強くすることも重要。だけど、福祉も大切だし、働き手の財布が潤うことにも大いに意味がある。そしてなにより、平和が一番。……そこから優先順位付けをすべきなのに」
「確かに、二項対立的になってしまっている気はするな。……悠真は、その間を進む形になるのか?」
「いや、中間を取ることが正しいわけでもないから、是々非々とならざるをえない。それでも、政治的立ち位置なら民ソ党に近いかな」
民ソ党こと民本ソーシャル党は、民間労組を支持母体に持つ中道左派の政党で、前世で俺が命を落とした後の国民民本党に近い存在となる。
「事理民本党でも、ソーシャル党やコミュニズム党でもない道を歩むか……。政治は詳しくはないが、茨の道に思えるが」
「両方から嫌われるだろうな」
前世での俺の死後、日本はどうなったのだろう。あのまま、多党化への道を進んだのか、それとも事理民本党の右派が巻き返すまさかの展開が生じていたのか。どうであれ、積極財政への道を進んでくれていたらいいのだが……。そして、この世界でも、同様の展開をたどるのだろうか。
「この後の政治はどうなると思う?」
久世の問いに応じたのは、透だった。
「荒れるだろうな……。これまでの日本の政治体制は、冷戦構造を基盤としていたんだと思う。それが崩れそうであるからには、構図も変わるだろう」
「より現実的な道へと進むのかな」
「そうあってほしいが」
俺の記憶によれば、事理民本党の一部が分裂し、左翼側の比較的穏健な辺りとくっついて、対立軸が作られていく流れとなる。だが、そちら陣営はまとまりきらず、極左勢力と組むことになって、崩壊するのが定番の流れである。
事理民本党は、政治腐敗と内紛で崩れかけては、危機バネで盛り返す。そしてまたまた腐敗と内紛に明け暮れるが、対抗勢力は固まりきらない。第三の道を探る勢力が出ては消え、あるいは事理民本党に飲み込まれていく。不毛な無限ループのような状態になるはずだった。
その間、官僚がしっかり国の舵取りをしてくれていたらよかったのだが、財務省が財政規律を重視して働き手に負担を積み増し、それを元手にバラマキをして……。
改めて記憶をなぞってみると、本当にひどい時代である。
とはいえ、覆すほどの実力が俺にあるはずもない。せめて、身の回りの人たちに自衛するための助言をしていけるようにはなりたいものだ。
そこからの話は、若さに任せた暴論的な展開となった。透がまだ二十歳になっていなかったために、酒抜きでの談義となったのだが、内容としては酩酊状態に近かったかもしれない。
ただ、遠慮のない議論と脱線を否定しないその時間は、俺にとっては貴重な体験だった。




