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【1991年8月下旬/9月】


【1991年8月下旬】


「悠真、ひさしぶりだな」


「ああ、本当に」


 沢渡邸の客間には、夏目健吾の姿があった。


「学業の傍ら、ファンドマネージャーをしてもらって助かってるよ」


「ファンドマネージャー呼ばわりはやめてくれ。運用主体はあくまでも資金の拠出側で、俺は銘柄選定の補助と実務手続きをしているに過ぎない」


 小首を傾げて問いを投げたのは、忠司さんだった。


「……それをファンドマネージャーと言うんじゃないんですかい?」


「いや、ファンドマネージャーは組み上げたファンドを運用する立場で、まったく違うんだ」


「まあ、呼び方はどうでもいいんですがね。この先も対応するつもりはあるのかを確認させてください」


「ああ、やらせてもらいたい。悠真の認識じゃ、まだ仕込み段階なんだろう?」


「うん。あと五年くらいは、買い足しつつホールドしてもらうつもりでいる」


「その状態なら、大した手間もかからない。修士課程を終えて就職するとしたら、そこでもう一度相談させてもらおう」


「2年後ってこと?」


「まあ、修士はわからんけどな。その後、なにをしたくなるかはもっとわからん」


「そりゃそうか。……今回の帰国で、ご両親とは?」


「母親とは会った」


 帝都大学至上主義の親父さんとは、和解には至っていないということなのだろう。


「康隆とは?」


「会ったよ。元気そうでなによりだ。最近の日本の流行りを教えてもらった」


「若貴兄弟とかですかい?」


「ああ。あとは、ジュリアナ東京とかか」


「最先端だな」


 バブルは弾けているはずなのだが、実際にはバブル的文化の本番はこの頃である。まあ、株以外は一気に下落したわけではないから、無理もないとも言える。


「それで、五龍系は国内の資産はほぼ売り払ったんだよな?」


「うん。神社を買い取ったから、その土地建物があるにはあるけど、まあ、担保になるからね」


「売れるもんなのか?」


「元々、神社を閉じて宅地開発する予定だったんだ。これから土地が下がっても、まっさらな土地にすれば買い手はつくと思う。売る気はないけど」


「それなら、担保としての価値は堅いわけか」


「逆に、国内での動きはそれくらいで、あとはアメリカ株頼みなんだけどね」


「責任重大だな。創始会系も、同じ傾向っすか?」


「まあ、そうですな。坊っちゃんほどすっぱりと切ってはいませんが、大火傷する心配は無用です」


「……どちらも、株一辺倒でいいのかな?」


「金融の専門家からすれば、別の道があるのかもしれないけど、現状は株だけで進めてほしい。5年くらいで大半を換金することになりそうだけど」


「それも問題ない。少しずつ換金でもいいし」


「それは助かりますな。土地が激しく下がったら、仕込みに回すかもしれませんので。……それと、以前から伝えてはいますが、創始会系の資産は再編成する予定です」


「ああ、暴対法への対応だよな」


 既に国会で成立していて、来春に施行される見込みとなっている。創始会の資産は切り離され、関連性の薄い企業を経て再編されるはずだ。


「それに伴い、あっしらは五龍から離脱する可能性があります」


「別の道を歩むってことか」


「坊っちゃんのお眼鏡に叶わなければ」


「どういうことだ?」


「今後の運営方針を出してもらおうとしている。どこまで協調できるかは、その内容次第って話になってる」


「ほほう、それは興味深い。袂を分かつとしたら、俺はどう動けばいいんだ?」


「そこは、好きに相談してくれれば」


 忠司さんはふっと息を吐いた。


「坊っちゃんは、こうやって突き放すんですぜ」


「いや、神後の親分がそうしろって」


「そうは言いましても……」


 そのやり取りに、健吾は苦笑をこぼした。


「じゃれ合いはよそでやってくれ。まあ、話がまとまったら今まで通り。まとまらなかったら、創始会系は餌食にしていいってことだな」


「そういうことだね」


「坊っちゃん。そりゃひどいですぜ」


 さらに苦笑が重なり、詳細の話が始められた。銘柄は大枠を指定し、細部はお任せとしてあるが、対面する機会には説明しておきたいようだ。


 シンガポールでの学生生活を終えつつあるこの人物は、落ちついた空気を纏っている。シカゴに向かっても、気後れすることはなさそうだった。眩しくも見えるが、人の往く道は異なるものだ。あまり気にせずに歩んでいくとしよう。




【1991年9月】


 八月の終わりにばあちゃんがまた体調を崩して、入院する流れとなった。診断は夏バテとのことで、短期間で戻ってくれていた。


 エルリアはだいぶ心配しており、また、治癒魔法が病気や体力低下には効果がないことを気に病んでいるようだった。通常なら、加齢によるものだからとある程度は納得せざるをえないところだが、白魔法を使える身としては、別の悔しさがあるのかもしれない。彼女がばあちゃんを看病している姿は、どこか幼い女の子が母親に甘えているようにも映った。


 そんなある日、龍栖神社境内の猫ハウスにやってきたのは、技術検討会に参加していた、東都工農大の農学部所属の倉持芽依嬢だった。


「にゃんこ、かわいいです」


「そうそう、繁殖についても聞きたいんだ。このミケは優しいけど勇敢なにゃんこでね。子孫を残せたらと思うんだけど、アドバイスをもらえるかな」


「畜産はあまり詳しくないんだけど……。今いる子たちは、一族ですか?」


 答えたのは、エルリアだった。


「シャルロットとその娘たちです。男の子二匹は貰い手があって、離れています」


「ミケ……? シャルロット……?」


 彼女の目が泳いだが、エルリアと俺の沈黙ぶりでなにごとかを察したらしい。気を取り直したように、倉持さんの質問が再開された。


「それで、避妊手術の方針はどうされてます?」


「今のところ、手術は同居するオス猫だけにしようかと。今回のきょうだいの男の子二匹は、貰い手の希望で手術はせずに譲る予定です」


「多頭飼いで血が濃くなりすぎると、危険性が高まりますから、よいと思います。……そうすると、今後のお婿さんはどうされます? よそからもらい受けるか、一時的に招くというのもありかもしれないですね」


「競走馬みたいだな」


「確かに。サラブレッドは種牡馬とかけ合わせますけど、牛や豚の経済動物は人工授精になりますから、その傾向は強いですね」


「一頭だけ招くようにすれば、血統管理ができる、と?」


「そこまでやるのなら、そうですね。ミケコちゃんと、その娘さんたちで暮らすエリアを分ける、というのもありかもしれません」


「それで母系を作っていくってことか……。ありがとう、なんとなく形が見えてきたよ」


「どういたしまして。でも、あたしの今日の来訪はその件ではなく……」


「そうだった。実は、ここの近くの農地で、子どもが栽培体験をさせてもらえそうなんだよ。その場合の作物は、なにがいいかな。できれば高付加価値なものがいいんだけど」


「それは、野菜やお芋とか、そうでなければ果樹とかですか?」


「そこはちょっと、鷹岡さんとも相談を」


 厨房で作業をしていた鷹岡さんに来てもらって、顔合わせを行った。


 彼女の旦那さんは、多摩で作られている「東京うど」の農家さんで、それ以外にも畑を持っている。うどの出荷は安定しているので、畑作は余録的な状態らしい。


「子どもたち向けの体験農場を作るのもいいし、手がかからない果樹なんかもいいかなって。相談に乗ってもらえると助かるわ」


「あたしでは知識が足りませんが、わかりそうな先達につないで助言を得ることはできると思います」


「お願いね」


 ほわっと笑った鷹岡さんは、作業に戻っていった。あまり物事を性急に進めるタイプではないし、家庭での調整も必要だろうから、じっくりと進めるのがいいだろう。


「農家の方と直接交流できるのは、いい経験になります。……って、それももちろんやりますけど、まずは陸上養殖の話を」


「ああ、そっちの話もあったね。試してみるの?」


「海水を薄めるべきですか? 水に塩分その他を足す感じでしょうか」


「なんとなく聞いた話だと、いくつかのミネラルを足せばよかったような」


「カリウム、カルシウム、ナトリウムくらいかな……」


 これも確か、どこかの研究成果だった気がする。名前は……、そう、好適環境水だったか。ただ、この人物が陸上養殖を成功させるかどうかはわからないし、見守っていくとしよう。


 と、途中で離脱していたエルリアが厨房から食事を持ってきた。


「今日の献立、味見されますか?」


「いいのっ? ありがとう。おいしそー」


 即座に着席して食べ始めるあたり、明朗さが漂う。


「これが、子どもには無償提供? お金払うから毎日食べに来たい」


「お母さんにも無償提供なんですけど、払ってくれる方もいらして」


「いくら?」


「その場合は、三百円と設定しています」


「えー……、それはさすがに安すぎるって。お母さん価格はそれでいいけど、猫ハウス目当てで来る人とか、単に食事をしたい人向けにも提供しちゃえば? 場所を分けてもいいんだし」


「儲けたいわけではないんですけれど」


「そうは言っても、お金は大切だと思うけど」


 現状のこもれび食堂と猫ハウスの運営費は沢渡商会から出ているので、コスト意識は薄い状態にある。ただ、仮にこの試みを広げていくとしたら、一定の収入を確保できる仕組みをつくるのはありなのだろう。プラスには持ち込めなくても、マイナス幅が少ないに越したことはないのだから。


 儲けるためではなく、続けるための収入だと考えれば、納得もしやすいのかもしれない。



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